第三話
それから赤井は、懇意の医者が住む町を地図で教えてくれた。
壊滅した九頭見の里の場所は今も捜索中だそうで、そちらについては追って連絡をくれるという。
「この医者は、幕末に”裏”の治療を引き受けてくれた人だ。了祐はほとんど怪我をしなかったから知らないだろうけどな。今はそんな過去を消して・・・まあ、完全に断ち切れてはいねぇみたいだけども、田舎の爺医者としてのんびり生きてる。腕と知識は俺が保証する」
あと、併せて一つ頼みたい。
赤井はそう言ってもう一つの場所を指さした。
医者の住む町のすぐ隣町だ。
「ここに”雪”がいる」
『・・・”雪”が?!・・・生きているんですか?』
反応したのは了祐だ。
”裏”は最終的に全て滅したと思っていた。
赤井もそのように言っていたのではなかったか。
「生きてるよ、一応。実家に戻って・・・今は座敷牢で暮らしてる」
『!!・・・どうして』
「自分で望んだんだとよ。このままだと自分は人を殺し続けるから、と。・・・あいつは無理を重ねて心が壊れちまったんだ。俺も会いに行ったが、会えなかった。一番お前に懐いてたから、お前になら会うかもしれねぇ。もし会えたら・・・済まなかったと、もう大丈夫だと伝えてほしい」
『・・・了解、しました』
身支度といっても左程無く、小百合が用意してくれた握り飯が増えた程度である。
二条直隆から拝領した軍資金もあるので、とりあえず宿に困ることもないだろう。
「それじゃ、そろそろ・・・」
言いかけたところに、奥の間で何やらゴソゴソやっていた赤井が戻ってきた。
片手に刀を持っている。
「了祐が刀を持ってるだろうが、いつもちゃんと出てくるとも限んねぇだろ。お前も自分の身はある程度自分で守れ。これ貸してやるから」
渡された刀はきちんと手入れされていて、素人の晃でも上等な刀だと分かる。
「いいんですか?俺、全然刀なんて扱えませんよ。・・・折っちゃわないかな」
「やったんじゃねぇから。ちゃんと返せよ。折ったら修理代も工面してから戻ってこい」
何だか二条屋敷での場面を繰り返しているような気がするが。
でも、きっと皆、自分たちに無事帰れと言ってくれているのだろう。
「それと、これも晃に」
空いた右手に、何か小さいものが押し込まれる。
紙きれのようだ。
慣れない刀を何とか腰に差し、その紙切れを開けてみる。
中に書かれた内容に、晃は目を丸くして赤井を見上げた。
「どうするかは任せる」
『・・・?』
了祐の影が不思議そうに小さく揺れたが、結局何も言わなかった。
了祐は、赤井の話を聞いてから、めっきり口数が減っていた。
晃との接触をなるべく減らそうとしているようだった。
だからこそ赤井は安心して自分にこの紙切れを渡したのだろう。
了祐に見られる心配がないから。
晃は笑って応える。
「任されました。ご安心を。・・・それじゃ、行きます。了祐も、ほら」
了祐の影が、赤井に頭を下げたのが分かった。
『行ってまいります』
***
赤井は、彼らの姿が長屋の先を曲がって見えなくなるまで見届けた。
幕末のあの時代、赤井は冷静で冷酷な判断をせざるを得なかった。
その癖は簡単に抜けるものではない。
そしてその頭で考えれば、今回彼らが成功する可能性は限りなく無に近い。
だがしかし、晃のあの行動力は自分の想定を超えるものでもある。
自分は先ほど、二人の実力差は明らかだと言った。
それは、本当に確かだろうか?
もちろん剣の強さの話ではない。
晃が時折見せる、あの意思の強さは何なのか。
そもそも、晃なんて名前、偶然にしては出来すぎているだろう。
「影と光、とはねぇ・・・」
晃は、”影”として生きてきた了祐を導いてくれる光なのだろうか。
単なる可能性の問題ではなく、自分もあの二人を信じてみたいと、そう思った。
「絶対に死ぬんじゃねぇぞ、二人とも」




