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影の記  作者: 水鳥川 陸
第四章 居場所
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第二話

小虎が小さく鳴いた。

晃は、畳に手をつき、食い入るように影を見つめる。

と、見覚えのある波紋が現れた。

そしてその向こうに了祐の姿が-。


「見えた!」

『晃、お前っ、何してんだよ』

「・・・これは」


見られていることに気づいた了祐が息を飲む。

同じように、後ろから覗き込んだ赤井にも見えているようだが、さすがの赤井も驚いて上手く言葉が出てこない。

そんな中ただ一人。

晃は迷うことなく影に向かって手を伸ばした。


「!!」


まるで本当の水面のように、自分の手が吸い込まれていく。


「晃!」


とっさに呼んだのは了祐か赤井か、もしくは両方か。

分からなかったが、どちらでも構わなかった。



手を伸ばす、あと少しだ。

顔も肩も影の中に飛び込んで、そしてようやく彼と間近で向き合えた。

どちらが逆さなのか、平衡感覚がわからない、仄暗く不思議な世界。

耳が痛いのは、音が無いからだと気づく。

日常、自分たちを取り巻く生活音がない。

自分を呼ぶ赤井の声が、少し反響して聞こえた。

でも、目の前の了祐は見える。

その手をしっかりと掴んだ。

了祐は必死に振りほどこうとするけれど、絶対に離さない。


「・・・なんでこんなことが出来るんだよ、お前」

「知るか。でも出来た。やっとお前に触れた。・・・了祐、お前はちゃんと生きてここにいる。俺は弱いけどお前を助けたい。ここはお前の居場所じゃない。必ず出してやるから、だから一緒に行こう」

「お前を犠牲には出来ないよ」

「・・・何回言ってもわかんない奴だなぁ。犠牲じゃない。俺たちは、仲間だろ?」


そう言って笑う。

その時、自分が背後から引かれる感覚に気づいた。

見上げれば、赤井が自分の腹を必死に引っ張り上げている。


「早く戻れ!」


了祐がひどく焦っている。


今まで声は聞こえていたけど、こんな風に焦った顔で喋っていたのか。

何だかおかしくてまた笑ってしまう。


「お前は本当に馬鹿だ。戻れなくなるぞ」

「大丈夫だよ、俺たちならきっと大丈夫だ。・・・だからもう少し、辛抱しろよ」


そこで一気に影から引き摺り出された。

赤井が息を切らしている。

流石に本当に危なかったのかもしれない。


「お前、思ったより根性ある奴だったんだな。揶揄って悪かった。・・・了祐のことも見せてくれてありがとな」


そう言って、晃の頭と影の頭の部分をポンポンと叩いた。


「最初に言ったが、さっきのはあくまで俺と医者の推測だ。最悪の場合の想定で、そう決まった訳じゃ無い。ただ、こんな状況はもちろん医者も今まで見たことがねぇそうだ。お前たちにも実際に会ってみたいと言ってる。会えばもう少し何か分かるかもしれん、とな」


それに今の出来事もまた、術を解くための重要な鍵になるかもしれない。


晃はその言葉に立ち上がった。


「じゃあ行きます、今すぐ」

「・・・行って何か分かるっていう保障はねぇぞ」

「分からなければ、術をかけた刹那って奴を探して術を解いてもらいます」

「素直にはいそうですか、と聞く奴じゃねえだろうな」

「無理ならそいつを倒します。そうすれば、了祐は元に戻るはずですよね?」

「恐らく。・・・ただ、その保証もねぇがな」

「なら、やってみるしかないでしょう」


赤井は薄く笑ったが、その目は真剣そのものだ。


「お前がそいつを殺すつもりか。さすがにそれは無理だ。根性だけじゃどうにもならねぇ。・・・了祐に勝った男だぞ」


晃もまっすぐに赤井を見返した。


「・・・戦うのは俺だけじゃない。了祐と一緒です。俺では無理でも了祐なら勝てる可能性がある。それなら、俺は了祐にこの体を渡しても構わない」

『晃!』

「・・・はっきり言っておく。そこまでお前がお前自身を保っていられる保証もない。お前は刹那を殺す前に、了祐にすべて取って代わられるかもしれない。それでも行くか?」

『・・・』


了祐は何も言えずにいる。

一方の晃は、深く息を吸い込んで、そして満面の笑みを見せた。


「俺は了祐のことを信じます。了祐を信じる自分自身も信じます。・・・言ってませんでしたっけ?俺の勘は、本当によく当たるんですよ」


一瞬の間ののち、赤井が呆れたように笑った。

そして了祐の影を見やる。


「負けたな、了祐。こいつは石頭のお前より数段上の頑固者だ。・・・いい相棒、みつけたじゃねぇか」

『・・・』

「もう止めねぇよ。やりたいようにやってこい。・・・そして必ず、二人で帰ってこい」

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