第二話
小虎が小さく鳴いた。
晃は、畳に手をつき、食い入るように影を見つめる。
と、見覚えのある波紋が現れた。
そしてその向こうに了祐の姿が-。
「見えた!」
『晃、お前っ、何してんだよ』
「・・・これは」
見られていることに気づいた了祐が息を飲む。
同じように、後ろから覗き込んだ赤井にも見えているようだが、さすがの赤井も驚いて上手く言葉が出てこない。
そんな中ただ一人。
晃は迷うことなく影に向かって手を伸ばした。
「!!」
まるで本当の水面のように、自分の手が吸い込まれていく。
「晃!」
とっさに呼んだのは了祐か赤井か、もしくは両方か。
分からなかったが、どちらでも構わなかった。
手を伸ばす、あと少しだ。
顔も肩も影の中に飛び込んで、そしてようやく彼と間近で向き合えた。
どちらが逆さなのか、平衡感覚がわからない、仄暗く不思議な世界。
耳が痛いのは、音が無いからだと気づく。
日常、自分たちを取り巻く生活音がない。
自分を呼ぶ赤井の声が、少し反響して聞こえた。
でも、目の前の了祐は見える。
その手をしっかりと掴んだ。
了祐は必死に振りほどこうとするけれど、絶対に離さない。
「・・・なんでこんなことが出来るんだよ、お前」
「知るか。でも出来た。やっとお前に触れた。・・・了祐、お前はちゃんと生きてここにいる。俺は弱いけどお前を助けたい。ここはお前の居場所じゃない。必ず出してやるから、だから一緒に行こう」
「お前を犠牲には出来ないよ」
「・・・何回言ってもわかんない奴だなぁ。犠牲じゃない。俺たちは、仲間だろ?」
そう言って笑う。
その時、自分が背後から引かれる感覚に気づいた。
見上げれば、赤井が自分の腹を必死に引っ張り上げている。
「早く戻れ!」
了祐がひどく焦っている。
今まで声は聞こえていたけど、こんな風に焦った顔で喋っていたのか。
何だかおかしくてまた笑ってしまう。
「お前は本当に馬鹿だ。戻れなくなるぞ」
「大丈夫だよ、俺たちならきっと大丈夫だ。・・・だからもう少し、辛抱しろよ」
そこで一気に影から引き摺り出された。
赤井が息を切らしている。
流石に本当に危なかったのかもしれない。
「お前、思ったより根性ある奴だったんだな。揶揄って悪かった。・・・了祐のことも見せてくれてありがとな」
そう言って、晃の頭と影の頭の部分をポンポンと叩いた。
「最初に言ったが、さっきのはあくまで俺と医者の推測だ。最悪の場合の想定で、そう決まった訳じゃ無い。ただ、こんな状況はもちろん医者も今まで見たことがねぇそうだ。お前たちにも実際に会ってみたいと言ってる。会えばもう少し何か分かるかもしれん、とな」
それに今の出来事もまた、術を解くための重要な鍵になるかもしれない。
晃はその言葉に立ち上がった。
「じゃあ行きます、今すぐ」
「・・・行って何か分かるっていう保障はねぇぞ」
「分からなければ、術をかけた刹那って奴を探して術を解いてもらいます」
「素直にはいそうですか、と聞く奴じゃねえだろうな」
「無理ならそいつを倒します。そうすれば、了祐は元に戻るはずですよね?」
「恐らく。・・・ただ、その保証もねぇがな」
「なら、やってみるしかないでしょう」
赤井は薄く笑ったが、その目は真剣そのものだ。
「お前がそいつを殺すつもりか。さすがにそれは無理だ。根性だけじゃどうにもならねぇ。・・・了祐に勝った男だぞ」
晃もまっすぐに赤井を見返した。
「・・・戦うのは俺だけじゃない。了祐と一緒です。俺では無理でも了祐なら勝てる可能性がある。それなら、俺は了祐にこの体を渡しても構わない」
『晃!』
「・・・はっきり言っておく。そこまでお前がお前自身を保っていられる保証もない。お前は刹那を殺す前に、了祐にすべて取って代わられるかもしれない。それでも行くか?」
『・・・』
了祐は何も言えずにいる。
一方の晃は、深く息を吸い込んで、そして満面の笑みを見せた。
「俺は了祐のことを信じます。了祐を信じる自分自身も信じます。・・・言ってませんでしたっけ?俺の勘は、本当によく当たるんですよ」
一瞬の間ののち、赤井が呆れたように笑った。
そして了祐の影を見やる。
「負けたな、了祐。こいつは石頭のお前より数段上の頑固者だ。・・・いい相棒、みつけたじゃねぇか」
『・・・』
「もう止めねぇよ。やりたいようにやってこい。・・・そして必ず、二人で帰ってこい」




