第一話
長屋に戻ると、赤井が路地で近所の子供に木刀で剣術を教えているのが見えた。
晃が近づく気配に気づいたのだろう。
顔を向けた赤井は、ほんの一瞬動きを止め、そして片手を上げてみせた。
「よしっ、今日は解散」
子供たちが一斉に散っていく。
「おう、いいもん食わせてもらったか?」
「まあ、そうですね」
赤井は高らかに笑うと、容赦なく晃の背中を叩く。
「全く、そんな見た目じゃ全然金持ちと知り合いっぽく見えねぇんだよ。もっと背筋伸ばしてしゃんとしろ、こら」
「・・・だから痛いですってば」
「相変わらず根性ねぇ奴だなぁ。”影”はどうだ。・・・実家は見られたか?」
家族のことを聞くではなく、実家を見たかと聞く。
やはり全て知っているのだろう。
はい、と答えようとするより早く、晃が口を挟んだ。
「違う、了祐です。もう”影”じゃない。ちゃんと名前で呼んでください」
『晃・・・』
大きく目を見張った赤井の顔が、ゆっくりと笑顔に変わる。
「・・・そうか。そうだよな。悪かった、了祐」
『いえ。実家にはきちんと別れを告げることができました・・・これで悔いはありません』
「ご苦労だったな。とりあえず中に入んな。お前らの話も聞きたいし・・・俺も大事な話がある」
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昨日この長屋を出てからの出来事を、赤井に説明する。
恐らく知っていたであろう佐野家の末路。
二条未華子との出会い。
ちなみに晃が投げ飛ばされ続けた件になると、案の定大笑いした。
「もっと鍛えろよ、お前。俺が教えてやろうか?」
「結構です。全力で遠慮します」
そして二条直隆に現状を話したことを伝えると、赤井はそうか、と一言だけ述べた。
『まずかったでしょうか』
「お前らが相手を見て決めたことだ。俺はとやかく言わねえよ。ま、二条んとこは先代ん時から人が良すぎて危ういって言われてたくらいだが、弟も似てんだなぁ。・・・その金も有り難くもらっとけ。これから、間違いなく必要になるからな」
あまりにもはっきりと言い切る赤井に、晃は首を傾げる。
「どういうことです?」
赤井は、すぐには答えず、晃とその影-了祐を交互に見比べた。
「俺は、お前らについての自分の考えを、信頼できる医者にも聞いてみた。出た答えは一緒だ。・・・多分、お前らにはあまり時間が残されてない。このままいくと了祐の意思とは関係なく、晃の体を了祐の影が乗っ取ってしまうかもしれん」
「・・・!!」
『・・・!!』
「高度の忍術は、そこから影響が波及することが多い。了祐がどう思うかに関係なく、影は実体がなきゃ本来存在できない。だから実体を求める。そんな中に現れた晃は、影にとっちゃ絶好の依り代だったんだよ。そして宿屋で、佐野家で、二条家で・・・既に何度も影が表に出始めている。晃は宿屋の一件から了祐の声が耳元で聞こえるようになったと言ったな?猫を介さずとも聞こえるようになったと。影との距離が詰められてんだよ」
晃も了祐も言葉が出ない。
「了祐が晃の体を使えるようになってきてるのは、術が解けてるんじゃない・・・むしろ逆だ。術は晃にも影響し始めてる。そうするとどうなると思う?・・・体は一つ、影も一つ。そしてお前たちの力関係はどう考えても了祐の方が上だ。このまま行くと、勝つのは了祐、お前だよ」
『そうまでして助からなくていい!・・・俺は絶対に、自分にそんなことは許さない。それくらいなら俺は今すぐ自分で死にます』
「何言ってるんだよ、了祐。馬鹿なこと言うな。元に戻るの諦めないって、言ったばっかりじゃないか。俺だってそんなの許さないぞ」
『うるさい!お前は絵描きになれ』
「ふざけんなよ、一緒に旅しようって言ったじゃないか。何勝手に諦めてるんだよ!」
「おいおい、二人とも落ち着け」
「おっさんは黙ってて!これが落ち着いてられるかってんだよ。・・・来い、小虎!」
小虎は赤井の膝からとんと降りて、晃の横で伸びをした。
「頼む、俺にあいつを見せてくれ」
今じゃないと駄目だ。
このままじゃ了祐は絶対に自分の命を捨ててしまう。




