第十一話
「佐野、了祐かぁ。・・・いい名前じゃないか」
上等な布団に寝転んだ晃が、感心したように言った。
とりあえず夜も更けたため、今後については明日また話そうということで部屋に戻っていた。
「早く教えてくれれば、虎丸なんて呼ばなかったのに」
『別に俺はどっちでもいいんだ』
「そんなことないだろう。分かった以上、俺は了祐と呼ぶ」
『好きにしろよ』
軽口の応酬が続くのは、何となくどちらも核心に踏み込めないからだ。
今日一日で手にした事実は、大きく重かった。
晃も未華子に投げ飛ばされた分疲れているはずなのに、気分が高ぶっているのか眠れる気がしなかった。
「でもさ、やっぱりお前、どんどん変化というか進化してるよな」
『・・・そうだな』
「影が無くてもそのうち大丈夫になるんじゃないか。さっきみたいに俺の中にいればいいんだし」
『そんなのお前が嫌だろう』
「別に構わないよ。俺自身は何も変わらない。了祐に体を貸してる時だって、俺もちゃんと意識もあるしな。・・・そういえば、一番初めは影に引き込まれる気がしたけど、あれからそんなのも無いんだよな」
そうは言っても、こんな奇妙な状態が本当に晃に影響がないと言えるのだろうか。
了祐は、ふと湧いた疑問を胸に押しとどめた。
何も分からない状態で口にしても不安になるだけだ。
『なるべく早く元に戻ってお前から出ていけるようにする』
「その言い方は、なんか俺の体が嫌みたいだな。もしかして俺の体ってどっか変?」
『・・・馬鹿な奴だな、お前は』
ちぇっ、と晃が舌打ちをした。
しばしの沈黙。
だがいつまでも目を逸らし続けるわけには行かない。
了祐は、静かに口を開いた。
「晃も、随分苦労してたんだな。俺・・・さっき少しだけお前の記憶が見えてしまった」
そして見えた景色について話すと、晃は初め驚いたように目を丸くしていたが、すぐにその表情を崩した。
「そんなことも出来るのか。それは何か恥ずかしいような・・・でも、まあ隠しておくものでもないか。俺の苦労はお前ほどじゃないよ。・・・俺は、まあ最後は一人になったけど、ずっと和尚様と静安が側にいてくれたからな。静安は俺より二つ上の、やっぱり口減らしで寺に預けられた兄弟子でさ。いっぱい怒られもしたけど、俺は本当の兄貴みたいに思ってた。・・・あんな形でいなくなるなんて、思ってもいなかったんだ」
そうだろう。
人は誰も自分の大切な人の幸せを願う。
それは当たり前だ。
彼らの不幸な将来なんて、絶対に考えない。
「二条さんは優しくってさ、本当は各地で寺の打ち壊しが多発したころ、屋敷に移るように言ってくれたんだ。けど和尚様は寺を離れないって断った。俺と静安だけは移らせようとしてたけど、もちろん俺たちだって拒否した。その後寺が焼けた時も、俺と和尚様が山奥に移った時も、和尚様が俺を残してぽっくり死んじゃった時も、ずっと気にかけてくれた。寺を守れなかったのは、当主だった自分たちのせいだって。人々を止められなかったのは、自分たちに力が無かったせいだって責任を感じてるんだ」
二条様の言うことを聞かず、勝手に痛い目を見たのはこちらの方なのに。
そう言ってため息をつく。
『俺は、前の藩主のことはそんなに知らない。けど、嫌な感じは一度もしない人だった。いつもすまないって、俺に言ってた。今のあの人に、すごく似ている。そういう人たちなんだ、きっと』
「・・・損する一族だなぁ」
晃は笑ったけれど、その声は悲しげだった。
『それがあの人達の生き方なんだろう。ならば俺たちもやるべきことをやらなければいけない。・・・俺は元に戻ることを諦めない。だから晃、お前は絵を描くことを諦めるな』
「・・・なかなか手厳しいね」




