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影の記  作者: 水鳥川 陸
第三章 再会
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第八話

とは約束したものの。


それから一刻余り。

晃は二条未華子に投げ飛ばされ続けている。


柔術着に着替えた晃が案内されたのは、二条邸の一階に作られた武道場。

そこでは同じく柔術着に身を包んだ未華子が待ち構えていた。

横を見れば、座布団を用意され、その上で満足気に眠っている小虎もいる。


「せっかく会えたのだから、久しぶりに稽古に付き合ってもらいます」


そう未華子が宣言してからずっとこの調子である。


虎丸から見ても、確かに未華子の身のこなしや技の多彩さは素人のものではない。

かなり鍛錬を積んだものだと感心する。

しかし、それでも大の男が一方的にやられっぱなしというのはいかがなものか。


確かに思った以上に晃は受け身が上手く、放っておいても心配はなさそうだ。

怪我の残る左脚も、自然に未華子から避けている。

久しぶりと未華子が言った通り、昔から相手をさせられていたようだ。


虎丸は、晃の言葉を守りしばらく傍観を続けてきたが、さすがに体が疼いてきた。

もともと虎丸自身は負け慣れていないのだ。

刹那の術には落ちたが、それまでに彼が任務をしくじったことは一度も無かった。

師範をして、”裏”の一番の実力者だと言わしめた人間なのである。


「いつまで逃げ続けるつもり?」


厳しい口調のままの未華子も、さすがに息が上がってきたようだ。


「・・・逃げてるわけじゃない、未華子さんが強すぎるんですよ。もう十分でしょう」


仰向けに寝転がっていた晃は、そう言ってふらふらと起き上がり、それでもまた組み合う姿勢を示す。

いら立った様子の未華子が強引に晃の襟首を掴み、互いの顔が間近に迫る。


「いい加減に本気を出しなさい。約束したでしょう!」


まずい、と咄嗟に虎丸は感じた。

怒りや疲れで、互いの間合いが微妙にずれた。

このまま投げられれば、きっと晃は正しい受け身が取れない。

脚の傷が開く。


『悪い、晃』

「・・・!」


駄目だと言おうとするより早く、晃の体がすばやく反転し、未華子の体の後ろに回り込んだ。

そして、右足で彼女の足を払う。


「えっ・・・」


未華子が気づいた時には、自分の視線の先に天井が見えた。

それで倒されたのだと分かった。

全く痛みがなくてしばらく気づかなかった。

何故なら、自分の背中の下にあるのは晃の腕だ。

無防備に倒れる瞬間、晃が自分を支えてくれたのだ。


だが、驚いて見上げた相手の顔は、ひどく怒っているようだった。

自分の投げつけた言葉に対してかと思ったが、何だか様子がおかしい。

手で顔を覆うようにして、何やら一人でぶつぶつと言っている。


「何やってるんだよ!」

『すまん、でもああしないとお前が・・・』

「約束を守れ、馬鹿野郎!」

「あの・・・晃?」


投げ飛ばしすぎてどこかおかしくなったのだろうか。

さすがに心配になった未華子が声をかけた時。



パチンと手を打つ音。

そしてー。


「はい、それまで。晃の一本で勝負あり。未華子は素直に負けを認めなさい」


その場にそぐわない、穏やかな声が道場内に響いた。

いつの間にか、戸口に一人の男性が立っていた。


「お父様」

「二条様」


未華子と晃の声が重なる。

そして虎丸は、息を呑んだ。

二条直隆ー彼は、虎丸の知る二条氏にとてもよく似ていた。


「もっと遅くなられるご予定では?」


未華子の問いに、直隆は頷いてみせる。


「晃が来ていると知らせが来たからね、そりゃ急いで用事を済ませたさ。・・・とりあえず、そんなに動いたんだから二人とも腹が減ったろう。まずは食事を。その後、晃の話をゆっくり聞かせてもらえるかな」


晃は慌てて立ち上がり直立姿勢を取ると、深々とお辞儀をした。


「はい。長くご無沙汰いたしまして申し訳ありませんでした」


直隆は、困ったように笑った。

その顔が記憶の中の二条氏と重なり、虎丸は小さな痛みを感じた。

最後に会った時、己に意思などないと言った”影”に対し、彼も同じ顔で笑っていた。


「そんなにかしこまられては困るな。私は今でも晃のことは我が子同然だと思っているからね」


頭を下げたままの晃の肩がぴくりと震えた。


「さあ、二人とも早く着替えて食堂にお行き。私もすぐに行く」

 

        ***


案内された一室で、また別の着物に着替えた。

きっと自分の着物は洗ってくれているのだろう。

それにしても。


「・・・俺ははまだ怒ってるんだからな。うやむやになったと思うなよ」

『でも、あのままだったらお前は確実に怪我を悪化させた』

「だから、それでもよかったんだってば。彼女の気の済むようにしてやりたかったんだよ。それが虎丸のせいで台無しだ」

『・・・言ってる意味がよくわからない』

「未華子さんが強くなろうとしてるのは、俺みたいな人間を守るためなんだ。あの時からずっと、俺を守れなかった責任を感じてるんだよ。体を壊すぐらい、鍛えてるし勉強もしてる。でも俺はそんなの望んでない。彼女には、ちゃんと好きなことをして幸せになってほしいんだ」

『・・・』


その時、部屋の扉が遠慮がちに叩かれた。

慌てて返事をすると、使用人が顔を見せた。


「ご逗留先へ文を届けたものが戻りました。お返事をお預かりしております。それと、皆さま揃われましたので、そろそろ食堂へお願いいたします。」


使用人が下がったのを確認してから、急いで中身を確認する。


-お前みたいな貧乏臭い奴がそんな金持ち連中とつながってるなんて意外だな。そんなとこがあるなら初めからそっちに行っとけ。でもって、せいぜい甘えて旨いもん食って来い。ただし、俺の方も恐らく明日には返事が来る。近日中には一度こちらに顔を見せろ―


そのような内容が乱暴に書き連ねてあった


「・・・貧乏臭くて悪かったな」

『師範の文はいつもこんな感じだ。懐かしいな』

「あのおっさんのこととなると本当に盲目だよな、お前は。・・・怒る気も失せるよ」



二条家の食事は本当に旨かった。

やはり明治の世になっても、すべてが平等になるわけじゃない。

人間に最低限必要な衣食住、そこからして、身分で圧倒的に分かれている。

それをまっさらの状態に戻すことは、やはりできないのだろう。

幕府だろうが薩長だろうが、誰が頂に立とうとも。


食堂の隅には、何と小虎専用の場所まできちんと用意されていた。

焼き魚が一本丸ごと乗った皿に、小虎が嬉々としているのが見える。

これ以上贅沢を覚えると今後が大変なんだけどな、と晃は思った。

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