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影の記  作者: 水鳥川 陸
第三章 再会
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第四話

虎丸は、しばらく考えて口を開いた。


『・・・刹那を探す時間が惜しい。自分でこの術を解くことは難しいでしょうか』

「お前のことだ、もう色々試してみたんだろう?・・・基本的には術は相手の気を受ける。ならば跳ね返すのは自分の気だ。しかし、人を影にする程の相手の気を上回る気力を引き出すことは、実体の無い”影”のお前には難しいと思う」

「あの」


会話に入り損ねていた晃が、ここぞとばかり右手を上げた。


「この間の旅籠の時のように、もしも俺の体を使うことができればどうでしょう。虎丸がもとに戻れるなら、俺は協力したいです」


虎丸という言葉に赤井が一瞬きょとんとしたので、手短に説明すると豪快に笑われた。


「面白い兄ちゃんだな。虎丸か、いい名前もらったじゃねぇか。・・・でもやっぱりこの体じゃなぁ」


そういって、晃の背中を思いきり叩く。

冗談ではなく息が止まった。


「・・・俺、いつかこの人に笑いながら殺されそう」


再び大声で笑った赤井は、だが、次の瞬間にはその笑みを消した。

真面目な顔で、晃とその影である虎丸を見比べる。


「この件については少し時間をくれ。現時点での俺の考えはあるが確証がない。伝手はあるから、その結果を待ってもう一度話そう。・・・ま、とりあえずは久々の再開を祝おうじゃねぇか、酒飲むか?」

「いや、俺は弱いタチなので」

「なんだ、つまんねえな。虎丸も飲めねえだろうしな。結局俺一人かい」


口調とはうらはらに、喜んで手酌でぐいぐい飲み進めている。

ただ飲みたいだけのようだ。


「あ、部屋はすぐ隣のうちを使っていいぞ、空き家だからな。布団も確かあったはずだ」

「隣が空いてるんですか?赤井さんがうるさくて出て行ったんじゃないの?」

『晃。師範に向かって失礼を言うな』


虎丸が諫める。

だが赤井は大きく笑うと首を振った。


「ちょっと前に爺が死んでるのが発見されたんだ。まあ、俺がうるさくて死んだのかも知れんけどな。この長屋のことは俺が仕切ってるから、別に中に入っても誰も文句言う奴ぁいねぇから安心しろ」

「・・・」


いや、そこじゃない。

死人の家を使い、あまつさえ寝具も借りてしまえと?

そんな思いが晃の顔に出ていたのだろう。

馬鹿にしたように赤井が鼻を鳴らした。


「まさか怖いんじゃねえだろうな。餓鬼みてえな泣き言いってんじゃねぇよ。その点虎丸はこんなの慣れたもんだぞ。少し見習え」

「・・・そうなのか?」

『まあ、色々あったからな。でも、お前は別に慣れる必要はないから安心しろ。それに夜通し俺が起きてるから怖くないぞ』

「・・・なんだろう、何か俺、皆に馬鹿にされてるような気がするんだけど」


赤井がまた、声を上げて笑った。


        ***


そしてその夜。


「酒がなくなった。買ってくる」


こう言って赤井が出かけようとした。

晃と、そしてそれよりも早く小百合が自分が行くと申し出たが。


「ついでに酔い覚ましに行ってくる。・・・お前らも長旅で疲れたろう。そろそろ寝てろ」


そう言うと、一人で出て行ってしまった。

残された晃は、赤井が遠ざかったのを確認してから、小百合に尋ねた。


「小百合さんはどうして赤井さんと一緒にいられるんですか?怖くありません?」

『・・・晃!』


小百合には聞こえないが、虎丸が咎める。

だが実際には虎丸も気になっていることだ。


「あの人は不器用だけど優しい人よ。・・・確かにあなたの言う通り、顔は怖いかもしれないけどね」

「あ、いや・・・すみません」


小百合は晃の反応を楽しむように笑った後、穏やかに目を細めた。


「あの人の過去の仕事について全部聞いた訳じゃないの。でも、きっとあの人はこれからもずっと、一人で一生責任を抱えて生きていくんだと思う。・・・そういう人だから、私は傍にいて、少しでもあの人の支えになりたいのよ」


        ***


その頃、赤井は長屋通りを抜け、酒屋に向かう大通りを歩いていた。

すっかり月の上り切ったこの時間でも人通りはかなりある。

その人波からそっと外れるように、一本の細い横道に入った。

その道で待つのは一人の旅人風の男。

片手の小指にはめた鉄の輪が印象的な掌であった。


「・・・すまねぇな、今更呼び出して」

「なにを言われる。我々はあなたの”網”です、これから先もずっと」


薄暗くよく見えないが、微かに赤井は笑ったようだった。

ありがとよ、と言って小さく畳んだ紙を男に渡した。

小指にはめた鉄の輪、それこそがかつて赤井が束ねていた情報屋-”網”の証だった。


「先生の元へ。大至急で頼む」

「承知」


そして男は横道の向こう側へ消えていった。

再び大通りに出た赤井は、歩き出そうとして、ふと月を見上げた。

俺も歳を取った。

大分、勘も鈍ってきてるはずだろう。

むしろそうであればいいと思った。

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