第二話
大男は晃に、赤井源吾と名乗った。
普段は金物修理を請け負っているが、その実、この界隈の用心棒をしているという。
幕末の暗殺指南役が用心棒に変わったという訳だ。
信じた通り、師範は幕府が無くなっても、前と同じように生きていてくれた。
虎丸はその嬉しさとともに、影になって初めて元の自分を知る人物に会えたという安心感を感じていた。
部屋の中には、虎丸も初めて見る美人の奥さんがいた。
しかし、茶菓子を出すと、様子を察して黙って奥の間に下がる。
それを見届け、虎丸は刹那に術を掛けられてからのことを話した。
なぜか晃の影に移動してしまったこと。
彼に言われるまで、七年もの時が経っていることに気付かなかったこと。
宿屋で自分が一時的に晃の体を動かして盗人を倒したことー。
新井源吾は終始黙って聞いていた。
晃も出会ったときの話には少し口をはさんだが、後は虎丸が説明するのを聞いていた。
そしてぼんやり、こんなに長く彼が喋っているのを初めて聞いたな、と思っていた。
隠してはいたが相当心細かったのだろう。
やはり俺一人じゃ力不足だったか。
それは当然なのだろうが、そう考えると少し寂しい気もした。
***
そして。
すべて聞き終えた赤井は深いため息をついた。
大男だとため息も大きいんだな、と晃は密かに感嘆する。
『・・・信じてもらえますか?』
「気配が間違いなく”影”のもんだからな。違うと言い切るだけの根拠がねえ。・・・しかしよう。もちょっと腕っぷしの強そうな相棒はいなかったのか?よりにもよってこんな線の細い優男を選ぶとはなぁ」
そう言ってニヤニヤしている。
「・・・この人、本当にいい人かな?俺にはよく分からないんだけど」
憮然として、敢えて虎丸に呼びかける。
『全然昔と変わらない。分かり辛いけど優しい人だ』
「分かり辛すぎでしょうが」
ずい、と赤井が顔を近づけてくる。
「お前には”影”の声がはっきり聞こえるのか?」
「え?まあ、今はそうですね。・・・赤井さんにはどう聞こえてるんですか?」
「はっきりとは聞こえねえな。場所が特定できねぇくらいぼんやりしてる」
「俺は初め、この小虎から聞こえてると感じたんですが」
そう言って小虎を差し出すと、顔を緩めて小虎を抱き上げた。
強面だが、どうやら猫好きらしい。
我慢だぞ、我慢。
晃は心の中で小虎を応援した。
そしていくつか虎丸に喋らせてみたが-。
「どうもこいつでもねぇな。どっちかというと、周りの空気に混じって聞こえるような感じだ。俺は”影”の気配を感じるから聞こえてるが、知らねえ奴には聞き取れないんじゃねぇか。・・・おい、小百合」
赤井が奥の間の妻を呼んだ。
「こいつとは維新後に一緒になったから、”影”のことは知らねえ。ちょっと喋ってみてくれよ」
初対面の、しかも綺麗な女性に何を話せと言うのか。
狼狽しつつ虎丸は、始めましてとだけ言った。
が、小百合は表情を変えず返事もしない。
「何か聞こえたか?」
「いえ・・・すみません」
「いや、いいんだ。すまねえが、もう一度外してくれ」
小百合は素直に戻っていった。
「やっぱり、”影”を知ってて、認識できる人間っていうのが条件なんじゃねぇかな。もちろん晃は別格だぞ。一応今は”影”の本体なんだからな」




