第一話
東京に着いたのは、太陽が一番高い位置に昇り切った頃だった。
晃も虎丸も小虎も、一様に目を丸くして、近代化が急激に進む東京の街並みに見入る。
見慣れた平屋の建物が並ぶ通りのあちこちに洋風の建物が建ち、また現在建設中のものも目立つ。
洋装の男女も少なくなく、何より人の往来が非常に多い。
物売りの声があちこちから聞こえ、活気に溢れていた。
そのため、晃が虎丸と会話をしていても、誰も気にも留めない感じなのは有り難かった。
「噂には聞いてたけど、やっぱ東京は進んでるなぁ」
『・・・晃の言った通りだな。幕府が無くなっても、誰も悲しんじゃいない』
それどころか、以前より活き活きしているようにさえ見える。
呆然と立ち尽くしていた晃は、急ぎ足の男性とぶつかりそうになり、慌てて後ろに避けた。
「小虎が完全に怯えちゃってるよ。おいで」
胸元に入れてやると、初めは小刻みに震えていたが、安心したのかゴロゴロと聞こえてきた。
「で、どこだっけ?その師範さんは」
そうだな、と虎丸は晃に場所を伝えたが、とにかく当時と街の様子が変わっているため、辿り着くまでに随分時間がかかってしまった。
***
だがしかし。
見慣れた長屋の周辺は当時と変わらず、虎丸に懐かしさと安心を感じさせた。
あとは師範がそこに住み続けているかどうかだ。
あの人ならば、例え幕府が無くなっても相変わらず上手くやっていそうな気がするのだけれど。
「どこだよ」
先程の街中よりは少し声を落として晃が問う。
あの一番奥の、と言いかけた時。
まさにその扉が轟音を立てて開いた。
いや、正確にいうと、内側から男と扉が一緒になって投げ飛ばされてきた。
「・・・・!!!」
それに続いて壊れた戸口から屈むように出てきたのは、六尺近くはあろうかと思う大男。
しかも顔がものすごく怖い。
晃はその場で固まった。
『師範!』
「・・・嘘だろ、おい」
虎丸が師範と呼んだその大男は、扉と一緒に地に倒れた男にどすの効いた声で告げた。
「てめえ、今度俺の目の届く範囲で悪さしてみろよ。・・・今度はぶっ殺すぞ」
土と埃まみれになった男は、半泣きで何度も謝り逃げて行った。
それを見ていた晃が、ぽつりという。
「・・・虎丸。悪いけど、これは俺、無理」
『晃、大丈夫だ。師範は怖いけど、悪い人じゃない。・・・怖いけど』
「二回もいうな、なおさら怖いわ」
晃と虎丸のやりとり。
傍から見れば、それは晃が一人でぶつぶつ喋っているようにしか見えない。
そんな不審な様子に大男が気づき、鋭い視線を向けてきた。
「そこのお前。俺に何か用か?」
「いえっ、全然。失礼いたします」
くるりと方向転換して早足で歩き出そうとする晃に、虎丸が必死に食い下がる。
『待てって、晃。もうこの人しかいないんだよ。頼むから』
うーんと唸って晃はもう一度振り返り、覚悟を決めて大男に歩み寄った。
それを見ていた大男は、怖い顔のまま微かに首を傾げた。
「何だ?・・・お前、何か気配が・・・」
感じ取ってくれている。
そう思った途端、思わず虎丸は声を上げていた。
『師範!』
「ちょっと待て、俺が言うから」
思わず声を上げた虎丸と、それを咎める晃。
信じてもらえないかもしれないから、晃からまず事情を話そうと打ち合わせていたのに。
だが、大男はゆっくりと目を見開いた。
「・・・”影”なのか?」
『聞こえますか、俺の声』
「・・・聞こえる。でも何か遠いな。どっから聞こえてるんだ?本当に”影”か?確かに気配はあいつだが・・・」
『”影”です。姿は・・・今はお見せすることができませんが、只今帰還いたしました。大変遅くなり、申し訳ありません』
それを聞いた大男は顔をくしゃくしゃにして、晃を力一杯抱きしめた。
「本当に遅えよ。こんなに長い間心配かけてんじゃねえ、この馬鹿野郎が!!」
「い、痛い痛いっ。俺、怪我人ですっ。ていうか俺は”影”じゃないですからっ・・・」
晃が悲鳴を上げた。
小虎は危険を察知したのか、大男が飛びつく寸前に晃の胸元から飛び降りている。
賢い猫だが今は少し恨めしい。
しばらくしてようやく離れた大男は、くしゃくしゃの顔のままだ。
確かに悪い人ではないのかもしれない、と晃は傷む体をさすりながら思った。
馬鹿力だし、本当に怖いけれども。
気づけば、先程からの騒ぎに辺りの人々も顔をのぞかせ様子を窺っていた。
「よく戻ったな、ご苦労だった。事情は中で聞くから、とりあえず入れよ」
そして、自分で飛ばした扉を手慣れた様子で元通りにすると、手招きした。




