第七話
それからは大騒ぎだった。
盗人の一人は何と旅籠で下働きをしている男だった。
しかも今回が初めてではなく、仲間を導き入れては度々盗みを行なっていたのだという。
正体不明の物取りに困り果てていた旅籠の主人は、晃に感謝しきり。
一番上等な部屋に移らせた上、早々に医者まで呼んでくれた。
足の怪我を、盗人にやられたと思ったようだ。
現に晃の足の傷は新しく、血が流れていた。
「お風邪もひいておられるそうですので、どうぞごゆっくり養生なさってください。もちろんお代は結構ですので」
「あ、いや・・・でも」
言いかける晃を待たずに、いそいそと襖を閉める。
部屋の外には他の宿泊客も集まっているようで騒がしい。
たった一人丸腰で武器持ちの盗人三人を打ち負かした強者だ、と物騒な噂になっているらしい。
「・・・どうすんだよ、これ」
小虎は晃の布団の横で、味噌汁かけご飯に夢中だ。
むにゃむにゃ鳴きながら食べ続けている。
「お前は得しただけだなぁ、いいものもらってさ」
医者の見立てでは、熱が下がるまでは二、三日。
足の怪我は一週間ほどは痛みが続くだろうとのこと。
「・・・で?どうすんだよ、これ」
敢えて繰り返したのは、答えて欲しい相手の返事が無いからだ。
障子を開けた窓からは、心地の良い春風と陽の光が入ってきている。
『・・・俺にも分からない』
小虎からじゃない。
やはり自分の耳元で聞こえる声。
だが、声は近いが、実際には元通り影の中にいるという。
『あの時、あのままじゃ晃の腕が斬られると思った。・・・絵描きになる腕は絶対に傷つけさせない、そう思ったら咄嗟に自分の刀を抜いていた。・・・その瞬間、体が引っ張られるような感じがして、気づいたらあの男の前に自分が立ってた。いや、立っている感覚になった』
実際には、あの場にいたのはもちろん晃で、自分じゃない。
どうしてあの時、まるで自分の体のように晃の体を動かせたのか全く分からなかった。
盗人を倒したあの刀も、皆が駆け付けた時にはもう晃の手からは消え、自分の手元に戻っていた。
「とりあえず、俺はものすごい筋肉痛だよ。普段絶対しない動きをしたからな」
晃はそう言って苦笑する。
医者には適当に言って貼り薬も処方してもらい、実のところそれが一番嬉しかった。
「・・・影がなくても、小虎がいなくても、話せるようになったってことなのかな?」
集まった人にも探してもらった挙句、小虎は部屋に戻って暢気に眠っているところを発見された。
『よく分からない』
だが異常事態だ。
とにかく早く、師範に会いたい。
しかし、今の晃にこれ以上無理をさせる訳にもいかない。
もちろん試してはみたが、やはり晃から離れて自由に動けるようになった訳ではなかった。
「ごめんな、東京はもうすぐそこなのに、俺のせいでこんなとこで足止めしちゃって」
まるで虎丸の焦りを読み取ったかのように、ぽつりと晃が謝った。
『晃のせいじゃない。怪我も熱も全部俺のせいだ。なぜ俺の負った傷が晃に及んだのかは分からない。でも・・・こんな風に巻き込んでしまうとは思ってなかった。俺の読みが甘すぎた。本当にすまない』
「またまた言ったな、すまない、は禁止だろ」
晃が、熱のせいで赤みのさした顔で笑う。
そして口元に笑みを残したまま、穏やかな声で続けた。
「俺の腕のこと心配してくれてありがとうな。・・・でも、これから虎丸が俺の体を使って何かできるようになるなら、俺はいつでもこの体を貸すよ」
***
結局、宿旅籠を発ったのはそれから三日後の早朝だった。
とりあえず熱は下がっていた。
足に痛みはまだ残るものの、多少時間はかかるだろうか何とか東京まで歩くことができるはずだ。
主人は引きとどめたが、晃は頑として断った。
「お心遣いは大変有難いのですが、どうしても急がねばならない用がありまして」
「お礼を申し上げるのはこちらの方です。そこまでおっしゃるのであれば無理にお引止めすることもできません。どうぞお気をつけて」
丁寧に頭を下げて出発した。
『無理はするなよ』
「大丈夫だって。・・・急ごう」
薬の効いた晃が日中眠っている間も、もちろん夜も、虎丸はずっと考えていた。
それでも答えは見つからなかった。
あの盗人騒ぎの件で、虎丸にはただひとつ晃に黙っていることがある。
当時の晃は混乱していて耳に入らなかったようだが。
虎丸には、三人目の男が倒れながら微かに発した言葉が聞こえた。
彼とは一瞬確かに目が合った。
互いに少し暗闇にも目が慣れ、相手の顔は認識できたと思う。
-くそっ、あいつ一人じゃなかったのか-
男はそう言っていた。
あの時彼らを倒した時の姿は、本当に晃だったのだろうか。




