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影の記  作者: 水鳥川 陸
第二章 東京へ
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第三話

町を出て、街道を行く。

しばらくは無言のまま歩き続けたが、周囲の景色が田畑ばかりになったところで晃が口を開いた。


「そろそろ喋ってもいいだろう。とりあえず言っておくけど、俺はあんまりお金がないから安宿にしか泊まれない」


ここから東京までは、晃の足だと急いで歩いても三日程かかる。


「基本は相部屋だけど、小虎がいるから泊めてもらえるかは分からない。まあ、本当は虎丸のこともあるから納屋でも天井裏でもいいから一部屋貸し切りたいとこだけどな。いずれにしても断られたら野宿も止む無しってことで」

『俺はどこでも何も感じないから』


小虎はにゃあと鳴いた。

いつも通りの鳴き声で、こちらも不満はなさそうだった。


『むしろお前が辛いだろう。済まないな』

「虎丸はとりあえず、済まない、っていうの禁止な。あんまりしつこいと頑太郎に改名するぞ」

『・・・善処する』


晃は笑って、うんうんと頷いた。



心地よい風が通り過ぎ晃の髪が揺れる。

小虎の背の毛もふわふわとなびいていた。


「・・・旅ってなんかいいな。まあ、まだ出発したばっかだけど」

『晃は絵描きになりたかったのか?』


それを聞いて困ったように笑う晃。


「ああ、さっきのか。あのおばちゃんも、勝手なこと言ってくれるよな。確かに絵は好きだけど、そんなもんで簡単に絵描きになんてなれるわけないだろ?」

『俺は絵の才能が無いが、晃の絵は下手じゃないと思うが』

「それはどうも。・・・でも絵はさ、人を喜ばすことはできるかもしれないけど、幸せにすることは出来ないんだよな。それじゃ駄目なんだ。だから俺はせいぜい似顔絵描きくらいがいいとこ。・・・さ、今夜の旅籠まで、先はまだ長いからね。急ごう」


        ***


そうして歩き続け、辺りが暗くなり始めた頃に辿り着いた旅籠。

そこは運よくこの日の宿泊者が少なく、相部屋にはならずに安く一部屋借りることができた。

小虎についても初めは渋い顔をされたが、決して他の客に迷惑はかけないと約束して了承を得た。


部屋に入るとすぐに晃は行灯に火を入れた。

すぐに部屋中に色々な影ができる。

小虎は疲れたのか、早速部屋の隅で丸くなっている。


「幸先がいいね。やっぱり俺、ついてるのかなぁ」

『・・・』

「あ、嫌みじゃないよ。虎丸が憑りついてるって意味じゃないから。幸運の方だからな」

『分かってる。いちいち説明しなくていい』


虎丸が黙っていたのは、晃の交渉能力に感心していたからだ。

まずはにこにこと人懐こい様子で、旅籠を営む夫妻に礼儀正しく挨拶をして。


猫を連れており一部屋を借りたいこと。

しかしながら身銭が少なく困っていること。

もし希望を通してもらえるなら給仕の手伝いやら掃除やら雑用も何でも引き受けること。

それらを切々と話し、とうとう最終的に希望のすべてを認めさせた。

代わりにと申し出た雑用も、とりあえず人手は足りているので大丈夫だという。

逆に、旅の途中で疲れているだろうからゆっくり休め、と諭される始末である。


こういう人間を、人好きがするというのだろうか。

町の人々の様子からも、彼が随分好かれているのが分かった。


虎丸は長くそうした人間関係から一線を引いて生き、周囲も自分と同種の人間ばかりだった。

だから何を語れる訳でも無いが、晃は彼がこれまで会ったどんな人物とも違う気がした。


『お前はすごい奴だな、と思っていただけだ』


虎丸の言葉に、晃は驚いた表情を見せた。


「なんで?」

『交渉能力がとても高い。俺が話してたら、多分泊めてもらえなかっただろう』


野宿には慣れており、それでも問題はないけれども。


「あはは。それは確かに。()()()には難しいかもね」


その時、トントンとふすまが叩かれ、開けられた。

ここで雇われている少女が礼をして入ってくると、晃の前に手早く膳を並べていく。


「お膳持ってきましたけど・・・お客さん、今誰かと喋ってませんでした?」


ああ、と苦笑いをして晃が答える。


「すみません、一人だと寂しくてつい猫に話しかける癖がついちゃって。・・・なぁ小虎」


小虎は目を閉じたまま、小さく鳴いた。

こちらも飼い主同様なかなか空気が読める猫のようだ。


少女は興味深そうに小虎を見ると、片手にもった紙包みを差し出した。

見れば煮干しである。


「おかみさんが、猫もおなかすかせてるだろうって」

「うわぁ、ありがとう。助かります」


今度は満面の笑みを浮かべた晃。

それを見て、何故か少女は顔を赤らめて下がっていった。


『・・・?』


おやと思って改めてみれば、確かに晃は普通より整った顔立ちをしている気がする。

交渉能力はそれとして、その他に顔のせいもあるもしれない。

そう思って、虎丸は先程の自分の考えを若干修正した。

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