【第4話】僕の中の「俺」
静寂の中で執り行われた惨劇が終わりを告げると、イシハルは床に崩れ落ちた。
彼は両手を掲げ、自らの顔や体を痛めつけるように殴り、傷つけ始めた。
すると次の瞬間、彼の肉体が脈打ち、その瞳に無垢で純粋な輝きが戻った。まるで傷ついた哀れな子供のように、激しく泣き叫び始めたのだ。
それまで屋敷全体を覆っていた不可視の結界が、静かに霧散していく。
結界が消えたことで、彼の悲鳴と泣き声が周囲の近隣住民たちの耳に届き始めた。
近所の男が鬱陶しそうに吐き捨てた。
「まったく、あの家はまた子供を虐待しているのか……うんざりだ。おい、窓を閉めてくれ」
暗闇の中で泣き続けるイシハル。
その時、彼の脳内に謎の声が響き渡った。
『なぜ泣いている?』
イシハルは嗚咽を漏らしながら答えた。
「顔が……顔がすごく痛いんだ……」
『それほど痛むか?』
「うん……」
『ならば……なぜ父親からの暴力には今まで耐えられたのだ?』
イシハルは一瞬言葉を詰まらせ、絞り出すように呟いた。
「だって……僕のお父さんだから……」
声は冷笑を浮かべるように囁いた。
『では、なぜ殺した?』
「僕が殺したんじゃない!」
『いいや、お前が殺したのだ。……なぜなら、俺はお前であり、お前は俺だからだ。お前は惨めな被害者の子供などではない。己の欲望と都合のためだけに動く、化け物なのだから』
脳内を支配する悪魔の囁きに、イシハルは頭を抱え込んで激しく泣きじゃくった。
――バタンッ!
突然、玄関の扉が勢いよくこじ開けられ、警察が踏み込んできた。
充満する腐敗臭と吐き気を催す惨状に、女性警察官は即座に布で口元を覆った。
彼女が居間へ視線を向けると、そこにイシハルが座り込んでいた。
イシハルはゆっくりと顔を上げ、彼女を見つめた。
先ほどまでの涙は消え去り、その瞳は氷のように冷たく、感情も慈悲も一切宿っていなかった。言葉は一言も発しない。
後続の警察官たちが次々と室内へとなだれ込む。
女性警察官はイシハルを優しく抱き上げ、惨劇の現場から連れ出した。
特異な事件として、現場検証と鑑識作業が静かに始まったのだった――。
――つづく――




