PHASE II-21|第一回公判
軍警察管轄区画【GP-01】
軍法裁判棟|第1法廷
越境武装勢力殲滅作戦FRINGE-07 第一回公判
法廷の隅、出入口の脇に立った冴木は、まだ誰も座っていない被告人席を見据えていた。
前方に満ちていたざわめきが、ふと途切れる。
「──被告、入廷」
前方の扉が開いた。
無駄のない足取りで、蓮が入ってくる。
階級章のない濃色の上着に、手首の拘束具。金具の擦れる音だけが、妙にはっきり聞こえた。場の関心が一斉に向けられても、その足取りは少しも揺らがない。
傍聴席は後方まで埋まっていた。前列には軍法務関係者と、他部隊の士官。司令部の顔ぶれもいくつか見える。どの視線も好奇と警戒をにじませて、被告席の蓮へ向けられていた。
検察側の列の後方に、見覚えのある顔があった。
篠宮 小鳥——軍法監察部の監察補佐官。彼女の視線が、静かに傍聴席へ向いた。どこかの列から、低い囁きが漏れる。
「階級章は剥奪だろうな」
「裁判が終わるまで、司令部も深入りしないらしい」
「悪くすれば、軍籍も危うい」
冴木の隣で息を呑む気配がし、白倉が小さく呟いた。
「……どうなるんでしょう」
検察官が起訴内容の読み上げを開始する。
「被告、桐生蓮少佐は、越境武装勢力捕縛作戦FRINGE-07において……」
抑揚のない声が、法廷に淡々と響き続ける。
「捕縛指定対象に対する発砲、および死亡結果の発生……」
「これにより、要人殺害、任務違反、職務権限逸脱、軍規律違反……作戦結果毀損……」
罪状が、順に読み上げられていく。
「命令違反はない」
蓮の声が、抑揚のない読み上げを断ち切った。
法廷の空気が、一瞬止まる。すぐに弁護人が立ち上がり、低く言葉を継いだ。
「被告側は、起訴内容を全面的に争う立場です」
蓮は表情を動かさず、正面を向いたままだった。
ざわめきの消えた法廷で、冴木の目には、被告席の蓮だけが妙にはっきり見えていた。
「本件は次回期日にて審理を継続する」
閉廷を告げる声が響いても、冴木はすぐには動かなかった。蓮の横顔だけが、しばらく目に残った。
「冴木さん……行きましょうか」
冴木は短く頷き、踵を返した。白倉が一歩遅れてついてくる。法廷を出ると、外の空気はわずかに冷えていた。
傍聴席にいた士官たちも、続々と廊下へ流れ出る。その奥で、被告人用の通用扉が開いた。軍警察に挟まれた蓮の姿に、冴木は足を止めた。一際高い背が遠ざかっていく。
白倉は、蓮の姿が見えなくなるのを待ってから口を開いた。
「午後からの予定なんですが……冴木さん?」
「……ああ、ごめん。続けて」
「出動済み各班からの状況報告の取りまとめと、観測チームの回収後受け入れ準備、それから損耗報告の更新対応が入っています」
「了解。優先順位はそのままでいいよ」
傍聴人たちの流れが途切れ始めたころ、二人は廊下を歩き出した。
「裁判って言っても、案外あっさりしてるんですね」
「だいたいあんなものだよ。起訴内容の確認と、争点の整理」
「……それで終わりですか」
「第一回はね」
廊下の角に差しかかったところで、士官二人とすれ違った。襟元まで隙なく整えた制服に、磨かれた階級章だけがやけに目につく。
「要人殺しを、まだ指揮官扱いか」
「部隊ごと整理した方が早いんじゃないか」
一人がわざと歩みを緩め、冴木の行く手を塞いだ。丁寧に撫でつけられた髪と、口元だけの薄い笑み。こちらを値踏みする目が、隠す気もなく向けられる。
「なにか用?」
「噂の副官殿と、挨拶くらいはしておくべきかと思ってな」
「挨拶にしては、ずいぶん含みがあるね」
「被告席に座るような指揮官に、付き合う義理もないだろう」
「それ、忠告に見せかけた勧誘?」
「鞍替えするなら、歓迎するが」
「あんたに?冗談」
冴木は、ふっと笑った。相手が一瞬でも勘違いするような、柔らかい笑みをあえて選ぶ。
「悪いけど、タイプじゃない」
「誰がそういう意味で言った」
「違うの?残念」
「自惚れるな。赤域上がりの色仕掛け要員が」
士官の細い目が、わずかに引きつった。
襟元の階級章は、蓮と同じ少佐。少なくとも、部隊を預かる側の人間のようだった。
冴木は浅く息を吐き、肩の力を抜いた。何か言いかけるより早く、白倉が静かに進み出る。
「今の発言は、軍人として看過できません。所属と氏名を伺います」
「白倉くん、いいよ」
あしらうように軽く手を振り、冴木は視線を外した。
「時間の無駄だから。名を知る価値もない相手だよ」
「待て!」
背後でまだ何か喚いていたが、冴木は振り返らなかった。
二人はそのまま廊下の先へ進む。
「あの人、第三方面軍所属の部隊長ですね。確か、名前は、」
「いいよ。覚えるだけ疲れる」
「……ああいうの、増えそうですね。裁判、進めば進むほど」
「そう?珍しくもないでしょ、ああいう類いの人間」
「他人叩いて、自分の位置上げるタイプですか」
「どこにでもいるよ」
冴木は、白倉の声色に混じったわずかな本音を聞き取った。真面目な人間ほど、ああいう手合いを嫌う。これから増えるなら、面倒ではあった。
「隊長って、やっぱり嫌われてるの?」
「それはそうかもしれませんが、さっきので、確実に一人は増えたと思いますよ」
白倉は苦笑を押し殺すように、肩をすくめた。
「冴木さんも、わりと火に油注ぎますよね」
「熱いのは、嫌いじゃないよ」
笑いを噛み殺し、白倉は少しずれた眼鏡を押し上げる。タブレットを抱え直し、黙って冴木の後に続いた。




