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PHASE II-18|家宅捜査

 士官居住区画の居住棟前に、濃色の公用車が数台停まった。ドアが開き、人影が次々と降りてくる。黒い腕章には、銀の剣と天秤の紋章が刻まれていた。


 出勤途中の二班班長、阿久津(あくつ) 朔夜(さくや)は足を止める。


「あれって、軍警察?」


 先頭の一人が棟番号を見上げて確認し、入口へ向かう。


「ねぇ、どこ行くの」


 見覚えのある棟番号だった。

 阿久津が進路を塞ぐように立つと、先頭の軍警察が動きを止めた。


「ここ、桐生隊長の部屋がある棟だけど」


「家宅捜索を実施します。通してください」


「……なにそれ」


「どいてください」


「どかない」


 制止のために伸びてきた手が視界に入った瞬間、反射的に身体が動く。阿久津は相手の手首を外へ流す。勢いを逃がされた隊員は、一歩後ろへよろめいた。


「おい、何をしている」


「隊長の部屋に、許可なく入るな」


「妨害行為を継続する場合、拘束措置に移行します」


「うるさい」


 阿久津は間合いを詰めてきた一人の足元を払う。支えを失った隊員が、踏みとどまれず地面へ転がった。

 周囲の軍警察が一斉に距離を詰め、阿久津を囲む位置に入る。


「制圧しろ!」


 張り詰めた声が、朝の空気を切り裂いた。


「……朝から何やってんの」


 人垣の外側から、場の緊張を崩すような声が割って入った。

 振り返った軍警察の向こうに、冴木が静かに立っていた。

 線の細い輪郭と、場違いなほど整った顔立ちが、朝の緊張の中で妙に浮いて見える。隣で汗を残したままのラフな姿の緋堂は、状況を見て小さく苦笑した。

 軍警察の一人が、腰の電気警棒(スタンバトン)へ手を伸ばす。


「それ以上は、ここだけの話じゃ済まなくなるよ」


 冴木の指先が、電気警棒(スタンバトン)へ伸びた相手の手首に触れる。距離を詰め、わずかに笑みを含む。


「やめておいた方がいい」


「……離れてください」


 冴木は目を伏せ、薄く笑う。

 包囲の内側で、阿久津の艶のある黒髪が肩先で揺れた。

 軍警察を挟んで向かい合う二人は、張り詰めた空気の中でも妙に目を引いた。包囲の外側から、軽口が飛ぶ。


「実戦部隊と聞いていたが、ずいぶん華やかだな」


「零域は、見た目の基準も厳しいらしい」


 阿久津の纏う空気が変わる。

 瞳から幼さが消えた。


「隊長を侮辱するなら、容赦しない」


 凍り付いた空気の中、包囲の外側で腕を組み、様子を見ていた一人が、前へ出た。


「おい、余計なことを言うな」


 部下を冷ややかに見据え、組んでいた腕を解く。


「非礼はお詫びします。不要な衝突は望んでいません」


「こちらも手間が増えるのは遠慮したいかな。これ以上、始末書が増えるのも困るし」


「軍警察の榊原(さかきばら)です」


「覚えてるよ、中尉」


「零域に新しく着任された副官、と伺っています」


「そうだね。それで、何事?」


「桐生少佐居室に対する家宅捜索を実施します」


「……家宅捜索?」


 阿久津が間合いを詰め、進路を遮る。


「隊長の物に勝手に触るな」


「令状に基づく正式な手続きです。関係者以外は離れてください」


「副官の立ち会いは可能?」


「構いません。副官であれば立会権限があります」


 阿久津の声に、露骨な警告の色が混じった。


「あんたらが勝手に触れたって知ったら、隊長いい顔しない」


 緋堂がやんわりと間へ入り、阿久津の肩越しに声をかける。


「阿久津さん、そのへんにしときましょう」


 冴木は、阿久津の苛立ちを受け止めるように、やわらかく続けた。


「勝手にさせないために、立ち会うだけだよ」


「副官、好きじゃない……」


「嫌われるのは慣れてる」


「慣れてる顔、嫌い」


 背後から、緋堂の手が阿久津の肩を軽く叩いた。


「阿久津さんは、隊長以外はだいたい好きじゃないでしょ」


「隊長の隣にいるのは、俺で足りてる」


 後方で待機していた軍警察の数名が押収用ケースを手に前へ出る。榊原が小さく頷くと、そのまま居住棟の入口へ向かって動き出した。


「では、行きましょう」


 冴木も流れに加わり、黒い腕章の男たちに挟まれる形で入口へ向かう。


「……隊長、嫌がる」


 阿久津は軍警察の集団が居住棟の入口へ消えていくのを、不機嫌そうに見送った。


 *


 室内は、前に訪れたときとほとんど変わっていなかった。

 必要なものだけが整然と並び、生活感らしいものはほとんどない。


「始めろ」


 榊原の言葉を受け、軍警察による立会記録が開始され、居室の捜索が始まった。

 冴木は室内を一通り見渡し、迷うことなく本棚へ向かった。あのとき、蓮が何気なく手に取り、ページの間に何かを挟んだ本。隙間から、写真の端がわずかに覗いていた。


「……大事なもの、か」


 軍警察の足音が近づく気配に、冴木は写真をそっと軍服の内ポケットへ収めた。何事もなかったように本を棚へ戻し、室内へ視線を流す。

 捜索は始まったばかりで、まだ終わりそうにない。室内では引き出しの開閉音と、記録端末を操作する電子音が断続的に続いている。

 冴木は静かに、外気に面したバルコニーへ出た。

 朝の空気はまだ冷たく、基地外縁の監視灯が白く残っている。

 煙草に火をつける。冷えた煙が肺に落ち、冴木はようやく息を吐いた。


「今回の件、どう見てます。桐生少佐の行動」


 足音が一つ、近づいて止まる。


「さぁね。配属されてまだわずかだし」


 榊原は冴木の隣に並び、手すりに軽く体重を預けた。


赤域管理部(レッドセクター)でしたね、前部署は」


「そうだよ。国外の高官や要人と、親密にやって、必要な情報を引き出す部署」


 冴木は煙を吐き出し、新しい煙草を一本取り出した。


「吸う?」


 榊原は軽く逡巡し、差し出された煙草を受け取った。

 冴木がライターを鳴らす。火が移るまでのわずかな間、会話が途切れた。


「肩書きと実際の行動が一致しない人間は、いくらでも見てきたよ」


「桐生少佐もそうだと?」


「違うと思う。理由は……特にないけど」


「直感ですか」


「経験かな」


 冴木は短くなった煙草を、バルコニーの外へ弾いた。


「ねぇ、やっぱり起訴?」


「証拠は揃っています。可能性は高いでしょう」


「軍法裁判で起訴されたら、ほぼ有罪。まず覆らない」


「否定はしません」 


 灰を落とし、冴木は小さく笑った。


「厄介だね」

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