PHASE II-16|緩和
取調室から移された先は、壁一枚隔てただけの簡易待機室だった。壁際に固定されたベンチに座る蓮を、天井の監視カメラが絶えず見下ろしていた。
蓮は壁にもたれたまま目を閉じた。
左肩の奥に残る熱が、じわじわと意識を削る。指先に残る鈍い痺れが、一定の間隔で戻ってくる。
眠っているわけではない。ただ、思考の輪郭が緩んで、浮いたまま落ちきらない。時間の感覚も曖昧になる。
──何分か、何時間か、あるいはもっと長いか。
扉の向こうで、靴底が止まり、電子ロックが短く鳴った。
完全に落ちきる前の意識が、そこでわずかに浮上する。
蓮は重いまぶたを上げた。遅れて、焦点が合う。
「冴木──?」
見知った気配が、距離の内側にあった。冴木が、すぐ目の前で蓮を覗き込んでいる。
天井灯の白い光を背に、整った輪郭だけが影になって浮かぶ。近すぎる距離に、蓮は身を引き、上体を起こした。
冴木は反応を楽しむように、唇の端をかすかに上げる。
「寝顔、無防備だね」
蓮の目が、ゆっくり細くなる。
「……何でいる」
「許可は取ってる」
「どこのだ」
「細かいことは気にしないほうがいいよ」
冴木は悪びれもせず答え、蓮の前にしゃがみ込んだ。
下から覗き込むように、黙って蓮を見つめる。
「黙り込むな。用は何だ」
「……新しい任務が下りた。観測チームの回収と、指定物の確保」
「このタイミングでか」
「うん。変だと思う。隊長も、俺も含めて、管理区画から動けない」
冴木は膝を抱え、ぼんやり足元を眺めた。
「一応ブリーフィングは回したけど……想像に任せる」
「弱気だな」
「そう見える?」
「綾瀬と鷹羽根は、気が合いそうだが」
「綾瀬班長はともかく、鷹羽根班長には、面白い玩具でも見つけた顔をされた」
蓮は少しだけ目を伏せ、息を抜くように笑った。
「それは心外だな」
「笑ってる場合じゃないんだけど」
言い終える頃には、冴木の張りつめていた肩の力は少しだけ抜けていた。
「不動は?」
「隊長不在時に、出来過ぎだって」
「正しい」
蓮の手が、冴木の肩に触れた。
冴木は肩に乗った重みを確かめるように、ゆっくりと顔を上げる。
「罠を疑うなら、二班を前に出せ」
「外縁の防御に回してたよね。それを前に出す?」
「仕組まれた任務なら、今回は二班が前に出れば、他は回る」
冴木は蓮を見たまま、ひと呼吸置いて、小さく頷く。
「……分かった」
「いつまでも、そんなところでしゃがんでるな。座れ」
冴木は返事の代わりに立ち上がり、蓮の隣へ腰を下ろした。そのまま、当たり前のように体を寄せる。
「……近いな」
「そう?」
気を抜いたように笑って、視線だけを蓮へ向ける。
「二班の班長に、やけに気に入られてるね」
「阿久津か。可愛いやつだ」
「ふうん」
「阿久津は本来、戦場に出すと制御が利かない。だから普段は外縁防御に置いてる」
「……そういう意味で、言ってるんじゃないんだけど」
冴木は軽く体を預けた。厚い軍服越しに触れる体温が、待機室の冷えた空気の中で妙に近い。
「要件が済んだなら帰れ……監視がある」
「切ってる」
「お前な……」
蓮の手が、冴木に触れかけて止まる。指先は行き場を失い、膝の上へ戻った。
「用は済んだだろ」
「まあね。もう少しいたいだけ」
壁の向こうで、靴音が一度近づき、すぐに遠ざかった。電子錠の作動音が別の部屋で短く鳴る。
蓮は冴木の体重を受けたまま、短く息をついて瞼を閉じた。
「……好きにしろ」




