PHASE II-14|拘束
軍警察詰所【GP-03】
簡易取調室 事情聴取三日目
取調室の扉が開き、初日の事情聴取を担当した榊木が端末を手に入ってくる。
「……昨日は、少し踏み込み過ぎた点があったかもしれません」
軽く一礼してから、端末を操作する。
「本日はこちらを確認させていただきます」
画面上部に作戦識別番号FRINGE-07の文字列が表示される。
「中央戦略府から追加提出されたログです」
蓮は椅子に深く腰掛けたまま画面を眺める。
「捕縛指定命令書に関する記録です」
送信元:中央戦略府
配信経路:第六方面軍 情報管理(自動配信)
送信先:零域戦術部隊 指揮端末【ZΩ-00/CMD-KR11747】
配信時刻:22:14
既読処理:確認済
添付閲覧:6分18秒
「当該命令書は、桐生少佐の指揮端末で開封されています」
榊木は画面を操作し、表示された項目を一つずつ確認していく。
「対象処置区分は捕縛指定となっています」
蓮の反応を見極めるように続けた。
「この内容に、心当たりはありますか」
「中央の記録では、俺が命令書を開封したことになっている。それを根拠に、認識していたと判断する、ということか」
「そうなります。少佐の端末で閲覧処理が行われている以上、軍警察としても無関係とは判断できません」
蓮は無意識に左肩の装具へ触れた。
椅子に深く腰掛けたまま、足をゆっくり組み替える。
「質問してもいいか」
「どうぞ」
「この配信ログは、いつ取得した」
「昨日、中央戦略府の承認が下りた段階で共有されました」
「階層は」
「Ωです。通常の作戦ログとは分離されています」
蓮は短く息を吐いた。
「なるほど」
「以上ログから、捕縛指定を認識していた可能性が高いと判断しています」
「ログは中央から直接提出されたものか」
「そうです」
「原本は」
「中央管理下にあります」
「軍警察側で改変された可能性は」
「ありません」
「閲覧権限は」
「中央戦略府の承認を経て、軍警察へ一時的に付与されています」
室内の空調音だけが一定のリズムで続いている。
「さらに、こちらも確認してください」
榊木は別の記録を呼び出した。
「二年前の捕縛作戦です。指揮官は桐生少佐」
展開図には、外縁から戦力を削りながら対象個体を中央区画へ移動させた経路が示されている。
「今回の作戦任務でも、外縁戦力の排除を優先したあと、対象個体が中央区画で孤立しています」
二つの記録が重ねられる。
「いずれも、最後は近接戦で制圧しています。同様の形です。偶然と見るには、共通点が多い」
「それで」
「捕縛任務を認識した上で行動していた可能性がある、という見方もできます」
「理解した」
「現時点で、少佐が殲滅命令に基づき行動したとする主張を裏付ける記録は、確認されていません」
蓮は並べられた記録を見比べ、指先で机の表面を軽く叩いた。
「何度も言うが、その命令は受けていない」
「確認は以上です」
榊木は端末を閉じ、椅子から静かに立ち上がった。
短いノックが入り、書類を手にした軍警察事務官が入室する。
「桐生少佐に通達します」
事務官は書類を蓮へ差し出し、記載された案件識別番号を確認してから読み上げた。
「本日付で、身柄拘束措置が適用されます。以降は軍警察管理区画の管理下におかれます」
空調の風が書類の端をわずかに揺らす。
「IDカード、認証キー等の所持品を提出してください。権限は一時停止されます」
蓮は胸元からIDカードを外し、机の上へ置いた。
階級証ICと携行キーを差し出し、腕時計を外してわずかに指先で重みを確かめてから隣へ置く。
事務官は机上の所持品をトレーへまとめ、回収した。
入口に立っていた軍警察の兵士が移動を促す。
「こちらへ」
行く手に立つ軍警察の兵士の横を抜け、蓮は示された先へ足を向けた。
*
零域基地司令部【ZHQ-01】
統合防衛本部 第六方面軍 九條司令官執務室
「お呼びと伺い、参りました」
九條は資料を閉じ、対面に立つ冴木の方へ身体を向ける。
記録に並んでいた情報を凌ぐ、均整の取れた佇まい。その奥に滲む仄かな艶に、九條はわずかに表情を渋くする。
「桐生が軍警察に拘束された」
「事情聴取ではなく、拘束ですか」
冴木の目に、驚きが浮かぶ。
「中央戦略府から追加のログが提出された。捕縛指定命令書が、桐生の指揮端末で開封済みになっていたらしい」
「……要人殺害の扱いですか」
「捕縛指定任務への違反、職務権限の逸脱、ならびに交渉資源の毀損として扱われている」
事務的に並べられた語の重さだけが残る。
「だが、本人は否認している」
冴木の脳裏に、執務室で蓮から示された記録がよぎる。作戦記録は、任務直後に階層Ωへ移されていた。
「任務から戻ってすぐ、Ω階層に上がっていたな」
「その時点では、政治的整理の範囲だと考えていました」
「珍しくはない。対象の背後に複数国家の利害が絡む場合、記録は軍の管理から外される」
「……それにしては、対応が過剰では?」
「今回の対象は、単なるテロ指導者ではない。資源帯を握っていた。希少金属、輸送ルート、資金源──どれも交渉材料になり、背後で、複数の大国が利害を共有している」
九條の視線が、わずかに鋭くなる。
「生かして確保できれば、国を動かせる駒だった」
「中央戦略府が欲しがっていた交渉資源を、潰したと……」
「ただ桐生は、捕縛指定は受けていないと述べている。無用な逸脱をする指揮官ではない」
冴木は九條の言葉の意図を測るように、沈黙した。
「桐生は、あの隊にとって代替が利かない」
判断を重ねるように、淡々と続ける。
「今回の件、お前にとっては想定内か?」
冴木は笑いも否定もせず、まぶたを一瞬伏せる。
九條は資料の最後のページをめくり、黒塗りだらけの経歴票を卓に滑らせた。
任務区分:国外要人接待任務/非公開交渉
運用形態:要人懐柔随行/外交色付随員
運用形態の欄を指先で叩き、冴木を見据える。
「赤域らしい仕事だな。相手の懐に入る類の任務か」
九條は続けて一枚の写真を差し出した。異国の晩餐会、冴木が正装で要人の腕を取って同行しているスナップ。
「この経歴で、副官に回す理由が見えん」
「理由より、結果で判断される部署でしたので」
「……便利な言い方だな」
冴木は笑みとも無表情ともつかない薄い線で沈黙に応じた。
「桐生の副官は長く続かない」
「そのように聞いています」
「やりにくい相手と思わなかったか」
「厳格ですが、伝わりにくいだけかと。悪い意味ではありません」
「それを窮屈だと感じる者もいる」
「思想的な理由で判断を歪めるようには見えませんでした」
「赤域仕込みの嗅覚、というわけか」
九條はわずかに口元を歪める。
「……それで?桐生も、落とせると踏んだか」
「どうでしょう」
「人目を引く尾を畳めない鳥は、信用出来んな」
「……意図して畳めるものでもありません」
冴木は、艶やかに口角を吊り上げた。
温度のない、作られた笑み。
「あれは、そういう類の人間ではない」
九條は短く頷き、次の資料へ手を伸ばした。
「桐生が戻るまでの間、部隊の運用は維持しろ」
「承知しました」
「以上だ」
一礼し、冴木は執務室を後にした。
冴木が去ったあと、間を置かず、情報部所属の将校が一礼して入ってくる。
「失礼します」
短く礼を取り、無機質な小型ケースを九條に差し出す。
「桐生少佐が現地から回収されたものになります」
中には、掌に収まるほどの旧式発信機が入っていた。
細かな砂が付着し、外装の一部に削り跡がある。
「解析は」
「現在進行中です。内部に暗号化処理が確認されていますが、既存の軍プロトコルとは一致しません」
「中央の規格ともか」
「はい。一致データは現時点ではありません」
「……なるほどな」
九條は指先で機器を軽く転がす。
「引き続き、解析に回せ」
「了解しました」




