PHASE II-13|取調
軍警察施設【GP-03】
簡易取調室 事情聴取二日目
「昨日も確認した内容になりますが……」
向かいに座る尋問官は、整えすぎた前髪を指先で軽く撫でつける。口元には、場にそぐわない笑み。
「中尉の長谷川です。本日の聴取を担当します」
──誘導役か、蓮は薄く笑う。
「交戦時の判断について、改めて説明をお願いします」
端末の表示が地下区画の配置図へ切り替わり、対象個体の位置と発砲ログが重ねて表示される。
「回答は昨日と同じだ」
「記録は確認しています。ですが、重要な点ですので」
「報告内容に変わりはない」
「分かりました。では、少し角度を変えましょうか」
口元に笑みを残したまま、長谷川は返答を待つ間を必要以上に長く取る。
「あなたは規律を重んじる人物だと聞いています」
「それが?」
「部下にも厳しい。規律違反には例外を認めない」
「そう見えるなら、それでいい」
「捕縛対象は越境テロ組織の指導者でした。都市部での爆破、輸送路への攻撃、違法薬物流通に関与。資金は武器に転換され、次の襲撃に使用されています」
長谷川は被害記録の項目を順に表示させる。画面には爆発物使用、民間区域での襲撃、越境後の無差別攻撃といった履歴が並ぶ。
「確認されている死者数は三桁に達しています。民間人も、子どもも含まれている」
壁際では榊木が腕を組んだまま動かず、やり取りを黙って見ていた。
「排除した方が合理的だと考える人間もいるでしょう」
「建前はいい」
「あなたは、どう区別しているんです?規定と、感情を」
「それで、何を聞きたい」
「制裁を加えたいと思ったことは?」
「作戦規定に基づく判断だ。私情はない」
「あなたの部下は、副官も事務補佐官も長続きしない」
歴代の副官と事務補佐官の在任期間を並べた一覧が、端末に展開する。
「規律を守らせるためには、強い姿勢が必要だと考えていますね」
「必要な基準を維持しているだけだ」
「捕縛より排除を選ぶ理由としては、十分ではないでしょうか」
壁際に立つ榊木が、わずかに息を吐いた。
「規律を重んじるあなたが、例外を認めなかった可能性について聞いています」
「作戦規定に例外はない」
「自らの手で制裁したかったのでは?」
「殲滅任務として行動した」
「本作戦は捕縛作戦です」
蓮は榊木へ目を向けた。榊木は腕を解き、振り返らないまま取調室を出る。
同じ確認が形を変えて繰り返され、結論が出ないまま時間だけが過ぎていった。
*
左肩の痛みが指先にかすかな痺れを残していた。
呼吸を整えたまま、蓮は軍警察施設の出口へ向かう。
外はすでに 人の気配は途切れていた。
「桐生隊長……」
聞き慣れた声に足を止める。
白倉が一歩前へ出て、姿勢を正した。
「遅くまで、お疲れ様です」
その後ろに立つ冴木が軽く手を上げた。
「こんな時間にどうした」
「いえ……そろそろ終わると聞きまして」
白倉は言葉を詰まらせ、ポケットから薄い端末を取り出す。
「桐生隊長が不在だった初日の業務ですが、損耗率再計算の報告会は予定通り終了しています。資源帯報告書も確認済みで、補給線調整の内容は議事録へ反映済みです」
蓮は一瞬だけこめかみに指を置き、軽く押さえた。
「問題は出ていないな」
「はい。本日は補給線の再調整が一点ありましたが、既に修正済みです。午後からの予定についても、資料参照先を整理しています……あっ」
小型端末が指先でわずかに滑り、慌てて支える。
「あ!すみません、失礼しました。これは、私物です。零域の端末を持ち出したわけではありませんので。えっと……どこまで報告しましたでしょうか」
白倉の肩口に、後ろから軽く手が触れた。
「もう十分伝わってるよ」
笑みを含んだ冴木の声が、近い位置から差し込まれる。
「なんとか滞りなく回ってるってことだよね」
「……はい」
冴木は蓮に目を向けた。
「車、回してあるから」
「待たせたな」
深夜の駐車区画に、スモールランプだけを灯した車両の影が見えた。
白倉が助手席へ乗り込み、後部座席のドアを冴木が開く。蓮が先に入り、冴木がその隣に腰を下ろした。
車は基地の主通路へ入り、夜間灯に照らされた無人区画を滑るように進んでいく。
「なにか食べました?」
「一応」
冴木はペットボトルの水と栄養ブロックを手渡す。
「どうぞ」
続けてアルミ包装から押し出した錠剤を差し出した。
「薬のタイミング、なかったかなと思って。医療班から追加もらったので、飲めそうなら」
蓮は受け取った錠剤を口に入れ、ネクタイの結び目を緩めてから水で流し込む。
(……怪我を?)
後部座席のやり取りに、助手席の白倉が振り返る。
「本日の事情聴取は、問題なく?」
蓮は小さく声を漏らして笑った。
「なかなか楽しめた。俺の思想を、丁寧に解説してもらった」
「相手も骨が折れただろうね」
「期待には応えられなかった」
冴木が表情を緩める。
「あ、あの」
助手席から、白倉が口を開く。
「……本日の担当は、長谷川中尉でしたか」
「知っているのか」
「軍警察に配属された同期から、……少し思い込みで進めるところがある方だと」
蓮はペットボトルの水を一口飲み、短く目を向けた。
「確認できる範囲で、その、……何か分かればと思いまして」
「線は越えるな」
「……すみません」
冴木が間に入る。
「役に立とうとしたんだよね」
白倉は小さく頷いて、口を閉じた。
その様子を受けてから冴木は、蓮に向き直る。
「今日も長かったけど、痛みは?」
確かめるように、指先が左肩に触れる。
「少しな」
バックミラーに、後部座席の様子が映る。
(……距離、近いな)
いつの間に、と胸の内で呟きかけて、白倉は言葉を飲み込む。
(──人の懐に入るのが、上手い。元赤域の人間、か)
車は士官居住区画の前で静かに減速し、入口灯の白い光の中で停車する。
白倉が先にドアを開けて降り、冴木が続く。
遅れて車外へ出た蓮がドアを閉めると、夜気が制服の隙間に触れた。
「あの、明日もですよね」
白倉は言葉を選ぶように続ける。
「引き続き、軍警察にいる同期に……」
「必要ない。お前は、お前の業務を優先しろ」
「……了解しました」
冴木は自然に手を差し出し、蓮の手に残ったアルミ包装を受け取る。
「食事、手配してある。温めればすぐ食べられるものを選んでおいた」
「助かる」
白倉も小さく会釈する。
二人が車へ戻るのを待ってから、蓮は運転席の窓を指先で軽く叩いた。ガラスがわずかに下がる。
「遅くまで悪かったな、久世」
「……気づいておられたんですね」
「手間をかけた」
「今夜はゆっくりお休みください、隊長」
車はその背中を見送るように、静かに動き出した。
蓮は振り返らず、居室へ続く通路へ向かった。




