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PHASE II-09|解散

 

「──こちら桐生。地下構造物内で待機中だ」


 無線越しの声が、閉ざされた空間に低く響いていた。


 冴木の意識は、その声によって引き上げられた。

 肌に残る圧と、途切れかけていた呼吸の名残が、ゆっくりと輪郭を取り戻していく。


 視界の先に、背中があった。

 すでに装甲は整えられていた。

 つい先ほどまで触れていたはずの時間の痕跡を消すように、肩部装甲も再固定され、血の痕は暗く沈んでいる。

 耳元のインカムを押さえ、蓮は回線の向こうへ低く応答していた。


「ああ、行動に支障はない」


 低く落ちついた声は、いつもの調子に戻っていた。


「……状況は?」


 掠れた声が、背後から届き、蓮は回線の向こうへ向けていた意識を切り替え、身体ごと振り向く。


「回線は回復している。救出待機だ」


 冴木は身を起こし、乱れていた服を整えた。

 肩から滑りかけていた上着を拾い上げて袖を通す。

 腕を上げた拍子に、白い胸元に残る赤い痕が、隠しきれずにのぞいた。


 蓮はそれ以上言葉を継がず、鈍く締め付けるような痛みに、こめかみを押さえた。

 まだ抜けきらないアルコールの気配が、思考に遅れを残している。


「飲め。脱水になる」


 腰のホルダーからボトルを外し、冴木へ投げ渡す。

 冴木は片手で受け止め、キャップを緩めて口元へ運ぶ。ふっと、表情が緩んだ。


「……なんだ」


 冴木はボトルを握ったまま、伏せていた顔を戻す。

 触れられていた感覚が、まだ肌に残っていた。


「気づきませんでした」


 任務中に誰かの前で、意識を手放したのは初めてだった。ましてや、監視対象より遅れることなど、一度もなかった。


「あなたが先に起きていたことに」


「……」


 不意に通信が割り込んだ。


『こちら回収班。位置を特定しました』


「桐生だ。下は空間が保たれている」


『了解。上部より進入します。十分以内に接触可能です』


 蓮は壁際へ移動し、壁にもたれる。

 負傷した側の腕を動かしかけ、わずかに顔が歪む。血の匂いは、まだ濃く残っていた。


「回収班が来る」


「了解です」


 冴木の視線が、蓮の左肩に留まる。

 血は止まっている。だが完全ではない。


「隊長」


 呼ばれて、蓮が目だけを向ける。


「……怪我は、大丈夫ですか」


「支障はない」


 冴木は指先に残っていた血をなぞり、静かに口元へ寄せた。


 *   


 司令部コンテナ前の展開区画に、各班が整列していた。

 砂に晒された装甲の表面は白く曇り、戦闘の熱だけがまだ抜けきらずに残っている。


「三班、砂嵐で一時分断。現在合流完了。軽傷二名処置済み、行動可能です」


「五班、負傷者一名、同じく行動に支障ありません」


 蓮は隊列の正面に立ち、最後の班長の報告を受けていた。

 固定された肩部装甲の内側で鈍い痛みが脈打っていたが、それを意識の外へ押し出したまま、隊員たちの声を拾っていく。


「六班、周辺掃討完了。残存反応なし」


 冴木は蓮の半歩後ろに立ち、副官として定められた位置を守ったまま、班長たちの報告を聞いていた。


「武装勢力指導者の死亡を確認。周辺戦力は排除済み。残存反応ありません」


 作戦記録兵が通信卓の端末へ入力を続けている。

 班長たちの報告は、その指先によって一つずつ記録へと固定され、中央戦略府の統合アーカイブへと反映されていった。


「目標個体の死亡は、現場での生体照合により確認済みと記録します」


「ああ」


 端末に表示された識別結果が、現場で回収された生体情報と完全に一致していることを確認したうえで、蓮は記録兵へ向けて告げた。


「作戦目的は達成されたと判断する」


「記録を終了します」


 記録兵が作戦記録を終了する。 

 整列していた隊列は解かれ、隊員たちは装備解除のため、それぞれの区画へと散っていく。


 周囲が解散していく中、冴木はその場に留まり、隣の蓮へ視線を向けた。

 声をかけようとする。

 だが、何を言うべきなのかが定まらない。


 負傷の確認か。

 副官としての報告か。

 それとも——


 言葉になる前に、背後から声が割り込んだ。


「お前、砂まみれだな」


 緋堂がすぐ後ろに立っていた。


「……お前もだろ」 


「先にシャワー浴びてこいよ。そのあと飯行こうぜ」


「そうだね、行こうか」


 冴木は頷きながらも、蓮の様子から意識を離せずにいた。


 衛生班の隊員が二名、蓮の前に進み出る。


「桐生隊長、左肩の負傷を確認させてください」

「医療区画へお越し願います」


 蓮は衛生班の後に続いた。


 緋堂が煙草を指先で弄びながら口を開く。


「隊長と二人だったんだろ、何してた」


「まぁ、事故みたいなものかな」


「……ふうん」


 衛生班に伴われ、蓮が冴木の横を通り過ぎる。

 触れるほど近づいた瞬間、血の匂いがした。

 その気配が遠ざかる。

 冴木は一度だけ目を伏せ、次の瞬間には表情を整えた。


「シャワー、行く?」


 緋堂の腕を軽く引き、その場を離れた。


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