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竜障害 ~もう一つの競竜~  作者: 敷知遠江守
第三章 研鑚 天二級編

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第8話 決勝には誰が

 人気順からいえば、雑賀が一番人気、篠原が二番人気、長井が四番人気なので、全体から見れば番狂わせという事ではない。どんな着順であろうと、竜券を購入した側からしたら大きな違いは無いだろう。強いて言えば人気薄の長井が勝ってくれていると配当が大きいという程度。


 三人轡を並べて検量室へ向かう。その間も三人は「届いたと思う」「粘ったと思う」と言い合っていた。


 三人が竜から降りたところで、係員が一着に雑賀を記載。だが、二着と三着はまだ写真判定であった。三人並んで検量へ向かうが、目配せをするだけで言葉は一切発しない。非常に気まずい空気が流れている。


 三人が検量を終え、それぞれの陣営に戻ろうと踵を返したところで、再度係員が現れ着順を記載した。係員が現れた事は雰囲気や音でわかっている。だが、三人とも掲示板は見れなかった。それでも各々の陣営の表情で、すぐにどちらが二着だったかは察っせてしまった。


「くぅ……やっぱり、経験の差は大きいか。考えてみたら、俺、まだ特三に出た事無いんだもんなあ」


 がっかりした顔をしている自分の陣営の方を見ながら、長井がそうぽつりと言った。


「冗談じゃねえよ、長井。お前と俺、何年騎手としての職歴が違うと思ってんだよ。それがハナ差だぞ。それしか差が無かったんだぞ。どんだけ急成長なんだよ、お前」

「お二人に追いつけ追い越せで、厩舎挙げてここまで必死にやってきたんです。吸収できるところは全て吸収してきたつもりなんです。でも、まだ届かないんですから。現実は厳しいですよ」

「ほんとに確実に成長してるもんな。これだと次回はどうなるかわからんよ。うちらもふんどしを締め直さないと」


 両拳を握り気合いを入れた篠原を見て、雑賀がプッと噴き出してしまった。


「いや褌って、篠原さん……」

「あん? 褌じゃなかったら何を締め直すって言うんだよ」

「いや、たすきとか鉢巻きとか」

「何言ってやがんだ。普通は褌だろうが! ああ、そうやって茶化すのかよ。頭来た! おい長井、決勝は絶対俺を応援しろよ。雑賀なんか応援するんじゃねえぞ」


 くだらないやり取りをする篠原と雑賀を見て、少し落ち込んだ表情をしていた長井の顔が少しだけほころんだ。


 ◇◇◇


 阿蘇に来てからというもの、暇さえあれば雑賀は彩夏の店に来て酒を呑んでいる。時に長井を誘い、時に篠原を誘い、時には三人で、時には一人で。

 何となく一人で呑もうと思い、準決勝の翌日に居酒屋『つんのて』を訪れていた。


 すると、先客として荻が女性厩務員と一緒に来ていた。店に入った瞬間に荻に見つかり、こっちに来いと手招きされる。そっと顔を背けると大声で「雑賀さん、こっちや!」と叫ばれてしまった。

 渋々荻の席へ向かうと、酔った女性厩務員が真っ赤な顔でクスクス笑っていた。


「もう怜ちゃん、声大きすぎ。雑賀さん、困ってはるやないの」

「雑賀さんが悪いんやないの。私が可愛く手ぇ振ったげてるのに、見えへんふりするんやもん」

「そやからって、あないごっつい大きい声出さんくても」


 荻が『佳奈ちゃん』と呼ぶ厩務員さんは、笑いながら、雑賀に麦酒で良いかとたずね、注文をしてくれた。すぐにお店の大将が麦酒を持ってきてくれて三人で乾杯。少し呑むと、話題は先日の準決勝の話になった。


「雑賀さんたちの成長が著しいって、前から耳にはしてたんよ。今回のはうちの厩舎でも話題になっててね。誰が勝つかって言い合ってたんよ」

「荻さんは誰だったんです?」

「それは……言えへん」


 ぷいっと顔を背けた荻を不思議そうな顔で見ていると、佳奈が噴き出して大笑い。そんな佳奈を荻は目力で黙らせようとした。だが、酔った佳奈には通用しなかった。


「厩舎は篠原さんやないか言うてはったんよ。そやけど怜ちゃん、絶対に勝つんは雑賀さんやって言いはってたんよ」

「嘘や! 私そんなん言うた覚えない!」


 なおも目力で黙らせようとする荻。だが佳奈は全く怯まない。それどころか必死な顔をする荻を悪戯っ子のような目で見始める。


「ええ? 言うてはったやんか。何やかやで最後は勝負勘のある雑賀さんが、外をまくってくるって」

「知らん。言うた覚えない。出鱈目こかんといて」

「あれあれ? もしかして怜ちゃん、恥ずかしいん?」


 カラカラと笑う佳奈を、荻はじろりと睨みつける。さらにその鋭い視線を雑賀にも向ける。


「変な誤解せんといてよ。私は篠原さんを応援しとるんやから。そやけども、今回は残念やけど、ほんまに残念やけど、雑賀さんに勝たれてまうと思うって言うてただけやからね」

「あれれ? そんなんやったっけなあ?」

「もう佳奈ちゃん、黙っててよ! 空気おかしなってもうたやん。どうしてくれるんよ」


 キャハハと笑い出した佳奈のノリは完全に女子高のそれ。見た感じ二十代前半といったところだろうか。もしかしたら、厩舎の最年少なのかもしれない。


「でも、怜ちゃんの言うてた事、私も観ててわかったよ。最後の直線の判断が絶妙なんよね。たぶん、あれより早かったら最後垂れてまうと思う。遅かったら届かへんやろうし」

「そう言われているけど、実際のとこ、どうやったん?」


 荻に話を振られ、雑賀は飲んでいた麦酒を机に置いて、競争の事を思い出していた。実際のところ、競争中は無我夢中でやっているため、その時々の勘や咄嗟の判断でやってしまっている。そこに思考の入り込む余地など無い。


「よく競争の勘が鋭い的な事を言われるんだけど、自分ではよくわからないんだよね。荻さんだって、競争の勘って言われても自分で自覚なんて無いでしょ?」


 いきなり逆に質問をされて、荻は言葉に詰まってしまった。すると、それを佳奈が笑った。


「怜ちゃんは野生の本能でやってはるから、難しい事言われてもわからへんよね」

「あんた、ええ加減にせえや! さっきからなんやねん! 私は猿かなんかか!」


 三人で一斉に笑い出し、なんとなくおかしかった空気が平静に戻った。そこから三人でああだこうだと盛り上がった。


 結局この日、彩夏は来なかった。後日知ったのだが、この日、下の妹が熱を出してしまったらしく、急遽お休みだったのだそうだ。

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