第7話 三騎激突
予選四戦を終え、雑賀は全参加騎手中、首位で予選通過。篠原、長井も余裕で通過。予選最終で一着になった事で、荻もすれすれで準決勝に進出する事になった。
竜柱が発表になると、諏訪はすぐにそれを雑賀に手渡した。あまりの内容に雑賀も思わず戦慄を覚える。どうやらそれは諏訪厩舎だけの話では無かったようで、すぐに大熊と篠原、鮎川と長井が竜柱を持って諏訪厩舎にやってきた。
最初に口火を切ったのは大熊であった。
「まさか、また三人で激突する事になるなんてな。一緒に開業して三年半、これで二度目の事態だな」
「枠は二つ、そこに三人。誰か一人は決勝に進めない。なんてこった……」
困り顔で鮎川がじっと竜柱を見つめる。準決勝は四競争あるのに、初週の最初の競争に雑賀、篠原、長井の名が記されてしまっている。
「せめて、決勝で当たりたかったよなあ。こんな準決勝なんかで蹴落とし合いなんてしたくなったですよ」
「ほんとだよな。ここまでの成績から諏訪君のとこには抜けられちまうだろうから、残りの一枠を賭けて、実質、うちと鮎川のとこの一騎討ちってとこか」
「でしょうね。ここまで諏訪さんのとこは滅茶苦茶安定してますもんね。はあ、やっとうちも、ここまで成績が上がってきたというに、ついてないなあ」
そんな二人の会話を黙って聞いていた諏訪は、ガックリする二人を見て、うちだって全力で行かせてもらうと宣言した。
「これが終われば、うちは天二級に昇級ですからね。準特で準決勝敗退で天二に行くなんて嫌ですから。絶対に優勝するんです」
「そっか。諏訪君は『金杯』優勝して『金剛賞』で準決勝進出したんだもんな。大したもんだよ。だけど、ここの結果次第では、うちだってまだ、天二級昇級の目があるんだよ。だから絶対に決勝に行きたいんだ」
二人がチラッと鮎川を見る。鮎川は口をへの字にして不快感を二人に示している。
「確かにうちは、ここの成績では昇級は関係ありませんよ。だからって譲ってはあげませんから。ここで席を奪って、大熊さんたちには秋季も一緒に地一級でやってもらうんです」
「おい、鮎川! 志が低いぞ! 志が!」
「何とでも言ってください! うちは絶対に譲りませんからね!」
そんな間抜けな会話を続ける三人の調教師を、騎手三人は「恥ずかしい」と言ってうなだれた。
◇◇◇
一週空けて、準決勝当日。二度目となる三人の激突に、雑賀も篠原も長井も緊張の極みであった。
昨晩、調整棟で暴露していたのだが、篠原も長井も、大熊、鮎川から、絶対に枠をもぎ取ってこいと厳命されてしまったらしい。しかも調教師だけでなく、厩務員たちからも「打倒! 大熊厩舎!」「打倒! 鮎川厩舎!」と大盛り上がりになってしまっているらしい。
勘弁して欲しいと二人して愚痴っていた。
ただ、平静を装ってはいるが、内心では篠原も長井も、大熊、鮎川と思っている事は同じ。そのせいでお互い牽制しあっていて、口数がいつもより少ない。間に挟まれて、雑賀もどうにも居心地の悪さのようなものを感じてしまっている。いっそ自分が負けて二人に席を譲れば、三方丸く収まるのかもしれないなどという考えがよぎってしまう。
それを察したのだろう、下見所を真っ直ぐ見ながら、篠原が二人に声をかけた。
「雑賀、長井。これは勝負の世界だ。誰が勝っても恨みっこ無しだ。俺は手を抜かないし、お前たちも絶対に手を抜くな。手を抜いたら軽蔑するからな」
雑賀と長井がちらりと篠原の横顔を見る。
「俺はハナからそのつもりです。そういうのは雑賀さんに言ってくださいよ」
「だそうだ。どうなんだ、雑賀」
二人がちらりと雑賀の顔を見る。真剣勝負を受けろという無言の果たし状が向けられる。
「わかりました。どういう結果になっても恨みっこ無しですからね」
「馬鹿野郎、勝った気になってんじゃねえよ!」
篠原の叱責を聞き、長井がククと喉を鳴らした。
係員が合図をし、各騎手が一斉に自分の竜のところへ駆けて行く。
出走展示を終えて、輪乗り場で竜に跨っている間も、三人はお互いを牽制し続けた。そんな三人を、他の五人の騎手が微笑ましいという感じで見ている。露骨に「他にも五人いる事を忘れるな」と言ってきた騎手もいる。だが他の五人の戦績を見るからに、油断はできないが今の自分たちからしたら格下だと雑賀は感じていた。
係員に促され、各竜が一頭一頭発走機に収められていく。
グポン
発走機が開くと一斉に各竜が飛び出した。
やはりというか、長井の反応が圧倒的に早い。最初の三完歩で早くも先頭を奪っている。篠原は三番手から四番手。雑賀は六番手。
すると登坂障害を越えたところで先頭を走る長井に鈴をつけよう(=逃げを邪魔しよう)という竜が現れた。長井はそれに抵抗せずに、あっさりと先頭を譲り、二番手に下がった。
そこからは大きな動き無く飛越障害を越え最終角へ。
直線で先頭を奪い返した長井がぐんぐん伸び、先頭のまま装鞍所へ。
雑賀も二頭を抜き四番手で装鞍所へ。篠原も一頭を抜いて雑賀の前に装鞍所に入っている。
装鞍所に入って気が付いたのだが、大熊厩舎も鮎川厩舎も、最年長で筆頭厩務員を務めている小国と色部が、保科のように指揮を取って装丁を行っていた。恐らくはここまで何度も呑み会で一緒になり、保科から話を聞いているのだろう。
だがそれでも、やはりそこは諏訪厩舎に一日の長がある。真っ先に装丁が完了したのは諏訪厩舎であった。
再発走は雑賀が一番手。次いで篠原、長井は三番手。とはいえ、そこまで差があるわけではない。
先頭を走っていた雑賀を、最初に長井が抜いて行った。恐らく後ろにいたら追い比べで勝てないから、少しでも前に出て粘り込みを図ろうという事なのだろう。それに気付き篠原も雑賀を抜いて行った。
最終角を回る頃には残りの五頭も追い付いていた。八頭が一団となって最後の直線に入る。
まず、スパッという切れ味で長井が伸びて行く。篠原は内柵ギリギリを伸び、ジリジリと長井を追い詰めていく。雑賀はいつものように外に持ち出し、一拍遅れて追い出しを開始。
先頭で長井と篠原が叩き合う。それを雑賀が追う。直線も半ばを過ぎると、三頭はほぼ横並びの状態となった。三人が必死に手綱をしごく。追って来たせいで、若干外の雑賀の勢いが良い。
三頭並んでの終着。三人はすぐに着順掲示板に視線を送ったが、まだ何も表示されていなかった。
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