第9話 激闘
「ちょっと前まで俺たち、平特も勝てないってヒイヒイ言ってたんだよな。準特なんてもの凄い高い壁だった気がするんだよ。それがさ、決勝で激突だってさ。しかもお前は推定一番人気。俺は三番人気」
調整棟で竜柱を見ながら、篠原がしみじみと言った。
確かに、全く勝てない、七着にもなれないと言っていたのは、わずか三年前の事。その時には小早川も都築も地一級で、まだ平特に出走していた。天二級の多米が雲の上の存在に感じていた。それが、今や多米は天一級でも賞金王決定戦で決勝に残るまでになっており、小早川も都築も天二級、それも上位順位。次節からは雑賀も天二級。ここの結果次第では篠原も天二級に昇級する。
こうして見ても篠原は知り合った頃と何も変わっていないように見える。恐らく雑賀も見た目は何も変わっていないだろう。少し歳を取っただけ、着実に経験を積んできたというだけ。
考えてみれば、準特に出走して装丁で最下位に落ちていたのですら昨年の話。あの時、三村や石川が、私の失敗のせいと言って大泣きしていた。それが今や、保科の号令一下で機械のようにあっという間に装丁が終わり、準特では圧倒的な早さとなっている。
諏訪厩舎だけではない。大熊厩舎も鮎川厩舎もその状態となっている。まだ開業して三年半しか経っていないのに。
「天二って天一級の人たちと一緒にやるんですよね。あの最上級の人たちと一緒に」
「俺、多分、天一級の人の名前、全員わかると思うわ」
「俺もです。そんな人たちに俺たち、本当に歯が立つんですかね?」
「檜山さんが言ってたな。地一級までは経験がものを言うけど、天二級からは素質勝負になってくるって。竜、厩務員、調教師、騎手、全員の素質が着差に現れてくるんだって」
篠原も雑賀も、お互い竜障害の機関紙に視線を落としながら喋っている。篠原はどうか知らないが、雑賀は一緒に競う騎手の顔を見てしまうと、本番で気圧されそうになってしまう。だからなるべく、毎回、騎手の顔は見ないようにしている。少なくとも目だけは絶対に合わせないようにしている。
するとその新聞の中に気になる記事を見つけてしまった。
「ちょっと、篠原さん、これ!」
「ん? ん! 何だこれ!」
二人で肩を並べて同じ新聞の同じ記事を読んでいる。目だけが上下に動き、微動だにしない。記事を読み終えると、篠原は「ホントかよ」と呟いた。そこに書かれていたのは、厩舎の所属騎手を現在の一名から二名に増やす事を検討しているという内容であった。
現在、厩舎の竜舎の広さの関係で一つの厩舎には一人の騎手しか所属できていない。だが昨今、競竜から竜障害に移籍したいという騎手は増加傾向にある。
競竜では騎手と調教師が一緒に開業する。その時点で騎手は十八歳である事が多いのだが、調教師の年齢はバラバラで平均で四十代前後。四十代での再出発となると失敗が許されない。そうなると、成績が悪ければ、さっさと厩舎を閉め廃業を選択してしまう。調教師は、元の厩舎ではそれなりの地位で良い給料を貰っていた人が多いためである。
調教師に廃業されると、騎手だけがポツンと取り残される事になってしまう。その結果、競竜では圧倒的に騎手余りの状況になっている。特に最下級の仁級では騎手の再就職活動が熾烈。新天地として竜障害で再開業したいという希望が相次いでいるらしい。
「俺も溢れてた騎手の一人だったから、こっちに活路をっていう気持ちはわかるな。会派から声かけられた時、俺も即答しそうになったもん」
「篠原さんでもそんな感じだったんですね。それは制度を変えて参加しやすくと言われれば、協会も検討しますよね」
実際、竜障害はまだまだ新規開業は少なく、競竜からの転籍者が圧倒的に多い。天一級の陣営ですら、競竜時代は最下級の仁級だったという者が数多く存在している。それを知れば競竜で燻ぶっている者からしたら「俺だって」という気持ちになるだろう。
「厩舎の数が同じでも、騎手が二倍になれば、純粋に参加者は倍になるからな。その分厩務員も雇わないといけない。そうなれば競竜場に市場が生まれる。商店や呑み屋だって繁盛する。好循環だよな」
「夢は膨らみますけど、どうなんでしょうね、実際、実現の可能性は」
「そうだなあ。半々行けば御の字じゃね?」
思ったより渋い予想を聞き、「半々か」と言って雑賀は笑い出した。
◇◇◇
すでに出走展示を終え、各騎手は発走機の前の輪乗り場で輪乗りを行っている。雑賀は三枠。一方の篠原は大外八枠。あまり枠の有利不利は無いと言われている竜障害だが、それでも大外枠は発走後の位置取りがしづらいという若干の不利がある。
この中では、成績を考えれば、どう考えても最大の敵は篠原だろう。竜交換で少し不手際があり初戦は五着に敗れたものの、そこから見事に建て直し、二着、一着、一着。初戦の失敗が無ければ、恐らくは予選の順位も五位以内は確実だったはず。
係員の合図で、心臓がドクンとわかりやすく高鳴った。
一頭一頭枠入りが行われていく。胸の鼓動が周囲に聞こえるのではないかと思うほどに高鳴る。
グポン
全竜が一斉に発走。篠原の発走が良い。するすると内に流れていく。雑賀は相変わらずの後方策。
篠原が果敢に先頭に立ち、登坂障害を越えていくのが見える。どうやら、今回篠原は逃げ戦術で行くらしい。
一つ目の坂路から二つ目の坂路に向かう途中が谷になっていて、そこで異常に地面が近くなるような錯覚に陥る。向正面を過ぎ、飛越障害に差し掛かる。先頭を走る篠原の姿がチラリと見える。三連の飛越障害を越えると大きく反転し、最終角へと向かう直線に入る。ここで一気に竜群が一塊になる。
最終角を越えて最後の直線。雑賀はただただ流れに任せて最内を保持。
真っ先に篠原が装鞍所へ入っていく。雑賀は五番手から六番手。だが、どの陣営もそこまで差は付いていない。
保科の号令で一斉に竜交換が行われる。
「おし! 良いぞ!」
そう保科が声をかけ、竜に跨って前を見た時、前方に驚く光景を見た。篠原が再発走していたのだった。諏訪厩舎だって圧倒的に早かったはず。だが、それよりも大熊厩舎の方が少し早かった。
二番手で再発走した雑賀が目にしたのは、すでに直線を抜けようという篠原の姿だった。このまま差を詰めないのはマズイ、直観でそう感じた。
少し早めに篠原を追走する。やっと追い付いたのは飛越障害の手前であった。後続はまだ追い付いていない。この感じ、篠原は二頭目での大逃げをかまそうとしている。してやられたと、この時点で雑賀は臍を嚙んだ。
飛越障害を越えたところで篠原がちらりとこちらを見た。前に篠原、すぐ後ろに雑賀という体制で最終角を回って正面直線に入った。後続は全く追い付いていない。完全に二騎大逃げの体勢。
篠原が竜を追う。さすがにここまで気持ちよく走ってきただけあって竜に元気がある。
雑賀が篠原を追う。ここまでいささか無理をしてきたせいで、少しの差が中々詰まらない。
残り半分。それでも竜を追う能力では、まだ雑賀に軍配が上がるらしい。徐々に徐々に二頭の差が縮まってくる。
二頭がちょうど並んだところ、そこが終着板だった。
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