第1話 雑賀の弱点
『金剛賞』の決勝が行われた翌日、安見先生と多米騎手が諏訪厩舎にやって来た。安見が来る目的なんて、雑賀からしたら一つしか思い浮かばない。『呑みに行こう』である。
「じゃあ、大熊さんたちも誘います」と言う諏訪に、安見は「それならこっちも誰かを呼ぶか」と言い出した。安見が名前を挙げたのは吉江秋宗調教師。檜山騎手の厩舎の先生であった。優勝したんだからあいつに奢ってもらおうと、悪戯っ子のような良い笑顔で電話を入れた。
諏訪厩舎から吉江厩舎に電話を入れる安見。だがどうやら、すぐにたかる気だと気付かれてしまったらしい。厩舎で祝勝会をやるから行けないと、やんわり断られてしまったらしい。
それなら安見、諏訪、大熊の厩舎で行こうと話がまとまった。するとそこに、嬉しそうな顔ををして二人の人物がやってきた。その二人――小早川、都築を見た多米は「うるさいのが来た」とボソッと呟いた。
三厩舎合同となると、それなりに広い場所が必要となる。大熊厩舎の面々からしたら、天一級の厩舎の厩務員が来るのである。情報を聞き出すのに、こんなに良い機会は無い。大喜びで会場を確保して料理の注文をした。
「大熊って誰だっただろうと思っていたら、なんだ、お前さんか。前橋の時に何度か顔を合わせたよな」
「安見先生みたいに、うちは重賞の決勝に顔を出せたわけじゃありませんでしたから。いつも八級でも順位は中の下でしたし。覚えていてくだったってだけで光栄ですよ」
「なに、競竜の時は俺だって似たようなもんだったよ。移籍間際に『優駿杯』を勝ったってだけで、年に何度か決勝に残れれば良いという程度だったさ」
「諏訪君もそうですけど、重賞が取れたってだけで尊敬しますよ」
大熊と安見がそんな会話で盛り上がっている中、二人より年下の諏訪は、料理を取ったり、安見に焼酎の水割りを作ったりしている。そんな諏訪を高遠が気遣いながら、湯川主任、柿崎主任と三人で呑んでいる。
少し周囲を見渡すと、大熊厩舎の面々の横には安見厩舎の面々が座っている。一方の諏訪厩舎は、三村と石川は大熊、安見厩舎の面々が挟んで話をしており、保科は安見厩舎の古株が挟んでいる。それ以外は諏訪厩舎で固まって呑んでいる。
篠原と雑賀は、当然のように多米、都築、小早川に囲まれて、良い玩具にされてしまっている。呑む暇も貰えないくらい、四人の飲み物や食べ物を用意させられている。勝負の世界とはいえ、こういうところはやはり体育会系。年の若い篠原、雑賀からしたら抗う事のできない鉄の掟のようなもの。
「雑賀たちは秋季から天二級なんだろ。初戦はどこになるんだ? 思い切って『阿蘇記念』に出てみるのはどうだ?」
「残念ながら竜の頭数が無いので、来年までは特三が限界なんだそうです。多米さんはどこに?」
「うちは天一級だからな。秋季の初戦は毎回『阿蘇記念』だよ。そっか、まだ環境的に特三までしか出れないのか。じゃあ、またしばらくお別れだな」
「そうなりますね。小早川さんたちはどこに出るんでしょうね」
なぜか小早川たちの予定をたずねられ、多米は「本人に直接聞け」と指摘。すると雑賀はなぜか人見知りを発し、チラチラと小早川の顔を見て、言い出しにくそうにした。そんな雑賀を見て、多米が悪そうな笑顔を浮かべる。
「おい、コバよ。後輩が何か告白したそうにしてるぞ。ちゃんと真面目に受け取ってやれよ」
多米がからかったせいで、都築と篠原が同時に雑賀と小早川を見た。その視線で、さらに雑賀は言いづらさを感じてしまった。多米から「さっさと言っちまえ」とせかされ、雑賀が指をもじもじとさせる。それに生唾を飲む小早川。
「あの、こ、コバさんは、あ、秋はどこから始動予定なんですか?」
「さ、雑賀、それを知ってどないすんねん」
「いや、あの、また一緒に競争に出れたら良いなって」
上目遣いでチラチラと小早川を見る雑賀。そんな雑賀の態度を前に小早川は心底嫌そうな顔をする。
「お、俺は、妻も子もいる身やから。それに俺、そういう嗜好は全然無いから。そういう目で見られても困るんやけど」
「そういう目?」
「いや、そんな恥ずかしそうにチラチラ見られても……」
「す、すみません。俺、人の目を見て喋るの苦手で……」
そんな二人を多米と都築が、「告白はまだか」と囃し立てる。篠原は腹を抱えて笑いっぱなし。さすがは頭の切れる小早川。そこで何かに気が付いたらしい。「そこに座れ」と雑賀に命じた。
「お前は技術もある。判断も良え。勝負勘は人並み外れとる。そやけどな、一つだけ弱点がある。それはな、その気ぃの弱さや。それが竜に移ってもうてるんや。そやから毎回出負けすんねん」
突然説教を始めた小早川を都築たちがきょとんとした目で見る。「お前も決勝で出負けしてへんかったか?」と指摘され、小早川がギロリと都築を睨む。
「今は良えよ。国内やからな。出負けした言うてもしれとる。そやけども、天一級に行って、海外遠征いう事になったら、その気ぃの弱さは絶対にお前の足を引っ張る事になるぞ」
「でも、どうしたら……」
「もっと堂々とせい。胸を張れ。喋る時は極力相手の目から視線を反らすな。別に取って食われるわけとちゃうんやから」
すると突然、雑賀の顔の隣で多米が手をパンと叩いた。びくりとして、この世の終わりのような顔をする雑賀。篠原、都築はゲラゲラと笑っているが、多米と小早川は呆れ顔。笑いながら都築が雑賀に言った。
「こら、克服するんはだいぶ骨が折れるやろな」
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