第十一話
ロディは思案に暮れていた。
隊長のマイロがどういう意図で嘘の証言を命じるのか、理解に苦しんだ。
ラングリーフが暗殺対象であるユーゴと結託しているなどと証言すれば、彼女は軍事裁判で圧倒的不利になってしまう。場合によっては、免責だけでなく懲罰を受けるかもしれない。
いや、隊長の命令はもっと重い罪を望んでいるかのようであった。
国家反逆罪は死刑である。それは、たとえ特務部隊補佐官であっても免れることはできない。
(……自分に、そんな証言ができるのか?)
ロディは混乱する頭でふらふらになりながら、家路についた。
もはや、どうやって帰ってきたのかすらわからない。
殺風景な白い建物だった。隊員用の宿舎である。
ロディは自分の部屋の扉を開けると、部屋の隅にあるベッドの上に身体を投げ出した。
金属鎧と剣の重さで木製のベッドがミシッと音を立てる。
着替えるのも億劫だった。
枕に顔をうずめて、ロディはマイロの言葉の意味を考えていた。
(なぜ、隊長はラングリーフさんを陥れる証言を強要するのだろう)
彼女は特務部隊の優秀な隊員である。その実力は誰もが認めるところである。
新米の頃から常に結果を出し続け、異例の出世でわずか3年で補佐官の地位にまで昇りつめた。
隊長であるマイロにとって彼女の活躍は助けになりこそすれ、足を引っ張るようなことはないはずだ。
(と、なれば別の原因か)
ロディは、ない知恵を絞って一生懸命考えた。
彼女を陥れて得をする人物。
王族、貴族、軍人、大臣、誰も該当しそうにない。
そもそも、マイロにとってもなんの得にもならないではないか。
得にならないことをさせる目的はなんなのか。
ロディは、考えれば考えるほど深みにはまっていった。彼は、もともと物事を深く考える性格ではない。
しかし、これだけは言えた。
マイロの命令に従わなければ、自分の身が危ない。
それは、大げさでもなんでもなかった。現に、帰宅途中で会ったときも殺気に近いものを感じた。
拒否をするようであれば、ためらうことなく斬り殺す。そんな雰囲気を漂わせていた。
(自分は、どうすれば……)
闇夜で見た、不気味に光るマイロの目を思い出しロディは身体を震わせた。
結局、答えが出ぬまま朝を迎えた。
激しい葛藤の中で、一睡もできなかった。思案に暮れて朝を迎えるなど、初めてだった。それだけ、今回の自分に課せられた使命の重大性がうかがえる。
ロディは軍事裁判に赴くため、金属鎧を脱ぎ麻の衣服に着替えた。証言台に必要のない剣も外す。一般市民のような出で立ちで王宮へと向かった。
しかし、彼の足取りは重かった。
なんと証言すればよいのか、いまだに決めあぐねている。
ラングリーフの言う通り、ありのままを証言すればマイロから何をされるかわからない。
だが、マイロの言う通り、ラングリーフとユーゴが結託していると証言すれば、彼女の厳罰は免れない。 まさにどちらを選ぶかの究極の選択だった。
その顔は、さながら処刑台に向かう罪人のようにやつれ果てていた。
(このまま逃げてしまおうか)
とも考えたが、それは最もダメな選択だと気づき、ため息をつきながら足を一歩一歩踏み出して行った。
王宮が見えてくると、ロディの頭は拒絶反応でいっぱいになった。
足がガクガクと震えて先に進めない。
門の前でたたずむ門兵が怪訝な顔でロディを見ていた。
「何をしている」
突然、後ろから声をかけられた。
「ひっ!」と叫びながら振り向くと、そこにはマイロがいた。
これ見よがしに剣を携えている。
「裁判がもうじき始まる。いつまで、ここにいるつもりだ」
「あの、隊長……。やっぱり自分には」
「貴様には大事な証言があるのだ。モタモタするな」
剣の柄に手を添えながら言うマイロの姿に恐怖を覚え、ロディは駆け足で王宮の中に入って行った。
軍事裁判の場は、王都の中にある裁判所でも行われるが、ある程度高位の者は王宮内の特別室で行われる。そこには、王族の他に宮内の要人や大臣までも顔を出すほど厳格な場であった。
もちろん、そんな場に入るなどロディには初めての経験である。
すでに、多くの裁判官が着席し、ラングリーフの登壇を待っている。
ロディはマイロを後ろに従え、証人席に座っていた。
遠目からでしか見たことのない要人たちが、ずらりと周りを囲むように傍聴している風景に、ロディは眩暈を覚えた。
「しっかりしろ。貴様は大事な証人なのだ」
後ろでマイロが威圧するように声をかける。
ロディは振り返ることもできずに、ただ額の汗を拭くだけだった。
そうこうするうちに、奥の扉からラングリーフが姿を現した。
普段のローブ姿ではなく、白装束に身を包んでいる。囚人用の衣服である。手足には枷がはめられていた。まるで罪人のような姿に、ロディの心が痛んだ。
タン、と彼女の真正面に座る裁判長が木槌を叩いた。
「これより、特務部隊補佐官ラングリーフの軍事裁判をはじめる」
深く、よく響く声だった。
ロディの心臓が大きく高鳴る。まるで、この場にいる者全員に聞こえるのではないかというほどの音のように感じた。
「被告人、前へ」
その言葉に、衛兵に挟まれていた彼女が被告人席に立たされる。
凛とした力強い表情だった。
「被告人は、国務大臣発令のユーゴ暗殺命令を無視し、任務を放棄。対象者を前にしながら敵前逃亡をはかったとされる。それに異論はないな」
裁判長の言葉に、ラングリーフは「はい」と答えた。
「何か申し開きたきことがあれば聞こう」
「ありません」
彼女は冷静だった。
どんな処罰が下されようと甘んじて受け入れるつもりのようだ。
「ふむ、ないか。潔いことだな。では、証人喚問にうつる。証人、証言台へ」
きた、とロディは思った。
正直、まだ心の準備ができていない。
これほど早く自分の番が来るとは思わなかった。
周りは王族や大臣など要人がずらりと並んでいる。ロディは証人席に座りながら、ひたすら呼吸を整えていた。
「証人、証言台へ」
モタモタしていると、裁判長から催促の言葉が発せられた。
「は、はいぃ!!」
ロディは、この場には似つかわしくない声を上げながら証言台に向かった。




