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第十二話

 証言台に立ったロディは、王宮中の重鎮たちからいっせいに目を向けられて卒倒しそうになっていた。

 彼らの一人一人が、ロディにとっては口も聞けない上流貴族である。それが一斉に彼を見つめるのだ。人前に立つことすら慣れていないロディには拷問かと思えるような光景だった。


「ロディ・マクスウェル三等隊士。まずは、貴殿の証言が嘘偽りでないことを宣誓したまえ」


 裁判長が口を開く。


「せ、せんせい……?」


 ロディは思わずきょとんとした。

 裁判自体が初めての彼には、一連の流れがよくわかっていない。

 困惑していると、つかつかと見知らぬ男が近づいてきた。


「こちらにサインを」


 そう言って、一枚の羊皮紙を差し出す。

 そこには長々とわけのわからない文面が書かれていたが、どうやら要約するとこの証言で嘘をつかないという書面であった。

 ロディは震える手でサインをすると、かしこまりながら男に手渡した。

 男はそれを受け取ると、ラングリーフの真正面に座る裁判長に差し出した。


「うむ。これで、この場で嘘の証言はつけなくなった。もし虚偽の証言がなされれば証人も罪を被ることになるので注意するように」

「は、はい……」

「では、証人喚問をはじめる。我々の質問に答えてくれたまえ」


 チラリ、とマイロに目を向けると彼はコクリとうなずいた。これでは宣誓書など、意味をなさないではないか。嘘の証言だとバレたら、そこで裁判は打ち切られ、自分も虚偽罪で捕まってしまう。

 ごくり、とロディは唾を飲みこんだ。


「まず、君は被告人とどのような関係なのか教えてほしい」

「か、関係ですか? 自分は王都特務部隊の三等隊士で、ラングリーフさんはそこの補佐官になります。ええと、ですから、自分の上官です。もっとも尊敬する先輩の一人でもあります」


 調書には書いてあることだが形式的な問答だろう、とロディは思った。


「では、ロディ・マクスウェル三等隊士。君と被告人とは私的な関係はないのかね?」

「私的な関係? いいえ、まったくありません」


 正直、ラングリーフのプライベートな部分はブラックボックスといってもいい。

 ロディはおろか、他の隊員ですら彼女の私生活は謎に包まれていて知る者は少ない。


「それでは、なぜ君は任務でライラックの町を訪れていた被告人に一緒についていったのだね」

「それは、後ろにいるマイロ隊長が付いて行けと命じたので……」

「その理由は?」

「ええと、ラングリーフさんは……、標的であった相手と……、つながっている可能性があるかもしれないからと」


 ざわ、と法廷内が異様な空気に包まれた。

 早くも、ラングリーフの不利になりそうな証言をしてしまった。しかし、自分は嘘は言っていない。

 ロディは気を取り直して、姿勢を正した。


「その相手とは?」


 裁判長の言葉に、ロディはつぶやくように言った。


「聖剣の担い手ユーゴです」


 さらに法廷内が騒然となった。

 魔王を倒した英雄ユーゴ。

 彼の名前が出たことで法廷内に鎮座していた重鎮たちがいっせいに顔を強張らせる。もしかしたら、ユーゴとは彼らにとって都合の悪い名前だったのかもしれない。ふと、ロディはそう思った。


「証人、君はユーゴが実在の人物だと思っておるのか」

「最初は架空の存在かと思っておりました。ですが、今では実在の人物であると信じざるを得ません。実際、ライラックの町で彼を目の当たりにしました」

「見たのか、ユーゴを!?」


 周りに座る人々から、驚愕の声が上がる。

 正直、ここまで反応が大きいと思わなかったロディは少し怖気づいてきた。


「信じられん……」

「偽者ではないのか?」


 人々の声が響く中、裁判長がタン、と木槌をたたいた。


「静粛に。証人尋問の最中です」


 その言葉ですぐに場が静まり返る。

 重苦しい雰囲気の中、裁判長が尋ねた。


「それで、君はどう思ったのだ? マイロ隊長の言う通り、被告人はその標的とつながっていると感じたのかね?」


 ロディは振り向いた。

 マイロが不敵な笑みを浮かべている。

 ここで肯定すれば、ラングリーフの有罪はほぼ確実なものとなるだろう。

 しかし、否定をすれば自分の身が危ない。


 激しい葛藤の中で、ロディは正面に立つラングリーフに目を向けた。

 凛とした、静かなたたずまいをしていた。

 まっすぐに自分を見つめるその顔に、一点の曇りもない。


 その顔を見て、ロディは悟った。

 彼女は信じているのだ。自分は嘘などつかないと。

 どんなに臆病で剣の腕は弱くとも、曲がったことなど決してしないと。


 彼女は言っていた。

「真実を伝えることこそ義務だ」と。


 ならば、今の自分がすべきことは真実を述べることだけだ。

 ロディは意を決して、裁判長に向かって言い放った。


「いいえ、ラングリーフさんはユーゴとはつながっておりません」


 ほう、というため息とどよめきが、辺りを包み込む。

 驚きの声を上げたのはマイロのほうであった。


「ロディ、貴様、なにを言っているのだ!」

「静粛に。この証人喚問で関係のない方は発言を控えてください」


 裁判長のはっきりとした物言いに、マイロは口の端を歪めて黙りこくった。

 もはや覚悟を決めたのか、ロディは饒舌に語りだした。


「それに、聖剣の担い手ユーゴは悪ではありません」


 ラングリーフも目を見開いてロディを見つめる。人々は、固唾を飲んで彼の言葉を見守った。


「彼の罪状はこのガイラスに対する国家反逆罪だったのですが、それは違います。彼は、ライラックの人々を救うために剣をふるったのです」

「ライラックの人々を救うため? 何を言っているのかわからないのだが」

「詳しくはわかりませんが、ガナフ殿下直属の部隊がその町を襲っていたようなのです。現に、その町に暮らす一人の少女が部隊に連れ去られ、死体となって戻っています。もちろん、連れ戻したのはユーゴです」


 あたりが一気に騒然となった。


「そんな馬鹿な!」

 と人々が口々にわめき立てる。


「あり得ぬ!」

「殿下がそのようなことをするわけがない!」


 その驚きの声は裁判長の木槌すら聞こえないほどだった。


「静粛に、静粛に!!」


 さしもの裁判長も動揺を隠せない。

 軍事裁判の場で、こともあろうに王族ガナフの権威を失墜させるような発言をするなど前代未聞であった。


「その証拠はあるのか!?」

「これは背信行為だぞ!」


 罵詈雑言が飛び交う中、ロディはラングリーフに目を向けた。

 相も変わらず、冷静な表情をしているがその目は満足げだった。

 言いたいことは伝えたつもりだった。しかし、思った以上に法廷内は喧騒としている。ロディの発言により、もはや軍事裁判どころではなくなっていた。


「静まれいぃ!!」


 その時、裁判長の木槌よりも太く、響く声が法廷内に響き渡った。

 ピタリ、と騒動がおさまる。

 気が付けば、マイロが剣を抜き放って床に叩きつけていた。その弾みで、床板が弾け飛んでいる。


「静まらぬか、ここは王宮法廷である。まさに秩序を正す神聖な場所。たった一人の証言に取り乱してどうするか」


 仮にも一介の兵士である彼の言葉は、ともすれば上流貴族に対する侮辱罪にもなりかねないが、マイロはおかまいなしだった。

 彼は睨み付けるように人々を眺めまわし、そしてロディに視線を向けた。その強烈な視線に、ロディはたじろぐ。


「ロディ、貴様には失望したぞ。まさか、ラングリーフの策略にまんまと乗せられるとは。しかも、あろうことかガナフ殿下まで陥れようなどと」

「い、いえ、自分は策略に乗ったつもりは……」

「黙れ、反逆者が」


 ヒュン、と空を切る剣の切っ先が、ピタリとロディの眉間に当てられた。


「貴様こそ、私の忠実な部下として働いてくれると期待しておったのだがな」

「た、隊長……」


 眉間から、一筋の血が流れ落ちる。

 それは、おびえた表情を見せるロディの顔をつたい、顎から床へと滴り落ちていた。


「面白いことになっておるではないか」


 突然、法廷の扉が音を立てて開き、一人の男が数名の護衛をつけて姿を現した。

 その男の登場に、場の空気が一気に凍りついた。


「ガ、ガナフ殿下……!!」


 それは、今まさに話題にのぼっていた人物であった。


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