第十話
月の光が牢の中に差し込んでいる。
ラングリーフは、王宮から少し離れた塔の中に幽閉されていた。
比較的身分の高い罪人が入れられる特別な場所だが、牢屋であることには変わりはなかった。
簡素なベッドと食事用の机と椅子があるだけで、他は何もない。
閂のかけられた木の扉の前には衛兵が二人いた。
彼女とともに捕えられたマースは、こことは別の地下牢に閉じ込められている。ここより、はるかに不衛生な場所である。
ラングリーフは思った。
もしかしたら、マースをこの王都に連れてきたのは間違いだったかもしれないと。
身寄りもなく住む家もなかった彼に同情し、連れて帰ったのは単なる自己満足だったのではないか。悲惨なライラックの町の惨状に目を背けていた自分の罪を少しでも軽くしたいがために、マースを利用したのではないか。
鉄格子のはまった窓から月を眺めながら、ラングリーフは自責の念にかられていた。マースをこの場所へ連れてこなければ、少なくとも彼はここで捕まることはなかったのである。
自分の偽善行為が、ひとりの少年に不幸をもたらしたことが許せなかった。
その時、扉のノックする音が聞こえてきた。
「だれ?」
ラングリーフが声をかけると、扉の外からロディの声がはっきりと伝わってきた。
「ラングリーフさん」
「ロディ?」
「申し訳ありません。こんな時間に。ただ、どうしても謝りたくて。尊敬するあなたを拘束して、このような場所に閉じ込めてしまい、本当にすみません」
扉越しでも伝わってくるロディの優しさに、ラングリーフは笑みを浮かべた。
「気にしないで。隊長の命令は絶対だもの。私は、ちょっと反抗しただけ。あなたは正しいわ」
それよりも、マイロの豹変ぶりには驚かされた。よもや自分がユーゴの手先と思われるとは、予想だにしていなかった。
しかし、ラングリーフは悲観してはいなかった。
自分の身の潔白は明らかなのだ。ユーゴとつながっているという証拠は何もない。
「マースの様子も見てきました。大丈夫と伝えてくれと言ってました」
「マースが?」
「ここに連れてきたことを後悔してるんじゃないか、と気にしてました。彼は言ってます。自分の意志でここまで来たのだから、ラングリーフさんの所為じゃないと」
はらり、とラングリーフの頬に涙が伝った。
今は自分のことを気にしていなければいけないはずなのに、他人を気遣うなんて。
少年の優しい心に胸を痛めるとともに、なんとかこの場を乗り切ろうという勇気が生まれてきた。
「ありがとう、ロディ。私も大丈夫だから、あなたは帰りなさい」
「それがですね……」
ロディは、口ごもりながらその先の言葉を濁していた。
「なに?」
ラングリーフが尋ねる。顔は見えないが、彼のオドオドとした顔が目に浮かぶようだ。
「実は……」
しどろもどろに答えづらそうなロディの態度に、やきもきする。
困るとはっきりとしゃべられなくなるのが彼の悪いところだ。
「いまさら、何を言っても驚かないから言いなさい」
ラングリーフに言われて意を決したのか、ロディは告げた。
「自分は、ラングリーフさんの軍事裁判で証人として証言台に立たされることになりました」
「証人に?」
それはすなわち、彼女の処遇を左右するほどの極めて重要なものだった。
多くの兵たちが尊敬するラングリーフ、その処分が彼の言葉ひとつで決定づけられるかもしれない。
ロディはそんな立場に立たされたのである。
「自分は、ラングリーフさんが不利になるような証言はしたくありません……。もしそれで有罪にでもなったら……」
ロディは、その重圧に耐えられそうもないといった悲壮な声を漂わせていた。
「ロディ」
ラングリーフはそれに気づき優しい声で言った。
「嘘を証言したら、あなたは犯罪者よ。私のことはいいから、ありのままを話しなさい」
「ですが、そうなったらあなたがユーゴを目の前にして逃げ出したというふうに……」
「真実を伝えることこそ、あなたの義務だわ。あなただって特務部隊の隊員でしょ? 曲がったことは絶対にしてはダメよ」
それは有無を言わせない力強い言葉だった。
ラングリーフのその言葉を受けて、ロディは「わかりました」と答えた。心なしか、言葉に覇気が戻っている。
「自分はラングリーフさんの無実を信じています。特務部隊隊員の意地として、ありのままを証言します」
「ありがとう、ロディ」
そうつぶやくラングリーフ。
姿は見えないが、扉の向こうでロディが敬礼をしているように感じられた。
「では」
そう言い残して、ロディの足音が遠ざかっていく。
ラングリーフは、ベッドに横になると目を閉じた。
※
王宮から出て自分の家へと帰ろうとしていたロディは、暗闇の中から自分を呼ぶ声にびくりと肩を震わせた。
特務部隊隊員とは思えないビクついた態度で声のするほうへ顔を向ける。
月明かりの届かない暗い木の下に、一人の人影が見えた。
「……?」
ビクビクしながら目を凝らすと、そこには特務部隊隊長のマイロの姿があった。
「た、隊長……?」
ロディが怪訝な顔をする。
こんな夜更けに、しかもこのような場所で会うとは思ってもみなかった。
「ど、どうしたのですか、こんなところで」
「貴様を待っていたのだ」
「自分を?」
何がなんだかわからなかった。
特務部隊の隊長であるならば、本部に呼びつければいいだけの話だ。
「誰にも聞かれたくはなかったのでな」
マイロは、そんなロディの疑問を見透かしたかのように言った。
「明日のラングリーフの軍事裁判の件だが」
なるほど、とロディは納得した。
「ご心配にはおよびません。さきほど、ラングリーフさんからありのままを話すように言われました。ラングリーフさんを助けるためのウソはつきません」
「いや、貴様には証言をしてほしいのだ」
ゆったりとマイロが近づいてくる。表情はよく見えないが、怖い目つきをしていた。思わずロディが後ずさる。
「証言?」
マイロが後ずさるロディの肩に顔を寄せると、不敵な笑みを浮かべて言った。
「あの女はユーゴと結託していると」
「は?」
ロディは間の抜けた声を上げた。
「それ以外は、いかようにも述べるがよい。ただ一つ、ラングリーフとユーゴはあの町で反乱の計画を立てていたということをそれとなく証言してほしい」
「そ、そんなことを言ったら、ラングリーフさんが国家反逆罪で……」
「よいな。その証言だけは、確実にするのだ」
ロディにはマイロの真意が読み取れなかった。
いったい、彼は何をしたいのか。
しかし、悪党も逃げ出すほどの強面の表情は本気だった。
「でなければ、貴様も同罪とみなす」
マイロの目は、冷たく、まるで氷のようであった。
(この人はいったい…)
ロディはその目を見ながら、恐怖に縛られてしばらく動くことができなかった。




