第十三話
先に仕掛けたのはガーベラ将軍だった。
右手に持った金色のハンマーを渾身の力で叩きつける。
ゼノは背後に飛び退き、その攻撃をかわした。メコッと地面が陥没する。
「ふんっ!」
その動きを予測していたのか、ガーベラ将軍は足を踏み出して間髪入れずに逆の手に持っていたハンマーを横にふるった。
かわしきれないと悟ったゼノが、巨剣を盾にしてその攻撃を防ぐ。
金属同士のぶつかり合う音とともに火花が飛び散り、ゼノはガーベラ将軍の人間離れした力に押されて吹き飛ばされた。
「ゼノ!」
メルがその様子を見ながら叫ぶ。彼が吹き飛ばされる姿など、初めて見た。
身長180㎝を超す大男を数十メートルも飛ばすガーベラ将軍の腕力に目を見張る。
「………」
ゼノは無言のまま土煙をあげて着地し、再び剣を構えた。
「さすがよ。ワシの攻撃を防ぐとは」
百戦錬磨のパルメラ兵、その彼らが足元にも及ばぬほど強い。将軍と名乗るだけのことはある。
しかし、ゼノの顔に焦りの色はなかった。普段と変わらぬ何を考えているのかわからない表情を浮かべている。
「次は防げんぞ」
メキメキと、手に持つハンマーの柄が音を立てる。力を極限まで高める気だ。
ゼノは何も言わず、巨剣を上段に構えた。
横に構えていたゼノが、初めて見せる剣の構えだった。
「ふん、構えを変えたからとてどうなるわけでもあるまい」
ガーベラ将軍はそう言うと、地面を蹴って突進していった。
その瞬間を逃さずゼノの巨剣が上から下へと叩き下ろされる。
重い地響き音とともに、ゼノの巨剣は地面に叩きつけられた。しかし、ガーベラ将軍を斬った感触はまったくない。まったくの空ぶりだ。
気が付けば、ガーベラ将軍はゼノの巨剣をわずかな見切りで身体を横にずらしてかわし、そのふところに飛び込んでいた。
「ゼノ!!」
「終わりだ」
メルの叫びとガーベラ将軍の声が重なる。
渾身の一撃をゼノにお見舞いしようとした瞬間、ガーベラ将軍に戦慄が走った。
「──ッ!!??」
それは、まさに直感といってもよい反応だった。甲高い金属音が辺りにこだまする。
振り下ろしたゼノの剣が、地面に叩きつけられた直後に向きをかえ横一線に振られたのだ。
ガーベラ将軍が攻撃の手をやめ、ハンマーで身体を防がなければ上下に分断されていたであろう。
それでも、もう片方の手に握られたハンマーでゼノの頭上を襲った。ゼノは剣から手を放し両腕を交差させて頭を守る。その両腕めがけて金色のハンマーが叩きつけられた。
その反動でゼノの足元の地面が割れる。
並大抵の男なら、その時点で叩き潰されていたであろう。鍛え抜かれたゼノの身体があってこそ防げたといえる。
とはいえ、初めてゼノの顔に苦悶の表情が浮かんだ。
「はあっ!!」
ガーベラ将軍が、さらに横からハンマーをふるった。
ゼノは、地面に落とした剣をそのままに後ろに飛び退いた。しびれる両腕を垂らしながら数メートル離れて着地する。
「ふはははは、武器がなくなってしまったな。さあ、どうする」
ガーベラ将軍がハンマーを構えながら不敵に笑った。一度攻撃を防げたとはいえ素手で渡り合えるような相手ではない。
「ゼノ……」
メルは、後方から不安げな表情で見守る。
負ける、と思った。
ゼノが負ければ自分も生きてはいまい。ゼノの死はすなわち自分の死でもあった。
まわりの兵士たちも、勝利を確信した。
魔王を倒した伝説の勇者、魔神殺しのゼノもガーベラ将軍にはかなわない。ここに新たな伝説が生まれようとしている。
「………」
しかし、当の本人は表情を変えることなく目の前のガーベラ将軍を見据えていた。
「どうした、負けを認めて潔く降参するつもりか」
髭の中から白い歯を見せる。
すっ、とゼノが動いた。
(逃げる?)
一瞬、ガーベラ将軍は思った。しかし、すぐその考えを否定する。動いた先は警邏隊が構える場所だ。
すぐに声を発した。
「陣形を整えよ! そやつは剣を奪うつもりだ!」
警邏隊が慌てて「く」の字の陣を組む。だが、ゼノが向かった先はガーベラ将軍のほうだった。
足を蹴って突進していく。
「なに!?」
ガーベラ将軍は面食らいながらもハンマーを構えて迎え撃つ。
武器も持たずに突っ込んでくるなど、正気の沙汰とは思えない。
「バカめ、死ぬ気か!」
叫びながら、ハンマーを横に振りぬいた。が、肉塊を打ちつける感触はなく、それは虚しく空を切っただけだった。
「な……」
速い。
巨剣がない分、瞬発力が段違いに増している。
ゼノはガーベラ将軍の攻撃をかわし、瞬時にふところに飛び込むと渾身の力でこの男のたくましい腹筋に鉄拳をお見舞いした。
「うごおっ!!!!」
メコッとガーベラ将軍の腹が陥没する。
彼はこの時、初めて過ちに気付いた。
ゼノの強さは卓越した剣技でも、決して折れないオリハルコン製の巨剣でもない。
それを簡単に扱うその腕力だ。
魔神を切り裂いた巨大な剣。その重量は他の大剣とは比べるべくもない。それを軽々と振り回すこの男の力こそ、脅威だったのだ。
その人智を超えた力は、あらゆる武器よりも勝る。もしかしたら、武器を持っていた方がまだマシだったかもしれない。
「……ぐ……ぬ……お……」
ゼノは、言葉にならない悲鳴を上げながらうずくまろうとするガーベラ将軍の腹から拳を引き抜くと、大地を踏みしめて腕に力を込めた。メキメキ、と筋肉が盛り上がる。そして、口から泡を吹いて苦悶の表情を浮かべているガーベラ将軍の顔面に強烈なパンチを浴びせた。
「ぶほっ!!」
小さく叫びながら、仰向けに地面に崩れ落ちる。
ビクン、ビクンと痙攣するガーベラ将軍の顔は不自然に歪み、それはすでに息絶えていることを証明していた。
「し、将軍!」
「そんなバカな!」
警邏隊が悲鳴をあげる。悪い夢でも見ているかのようだ。
無理もない。
この国の将軍が、素手の男にやられたのだ。実際にその目で見ても信じられない光景だった。
手から血を滴らせながらゼノが睨み付けると、警邏隊は剣を放り投げて一目散に逃げ出していった。
まわりで見ていた人々も、驚愕の表情で眺めている。
すでに、ガーベラ将軍を倒したこの男に逆らう者はこの場には誰もいなかった。
ゼノが地面に落とした巨剣を拾うと、遠くで見守っていたメルが駆けつけてきた。
「ゼノ!」
「メル」
戸惑う顔を見せるゼノに、思わず飛び込む。
「ゼノ! よかった……、よかった!」
胸に顔をうずめながらむせび泣くメル。
ゼノはメルの頭に手を置きながら言った。
「安心するのはまだだ。まだ、この国の元凶を取り除いてない」
そう言って見上げる視線の先には、パルメラ国王のいる宮殿があった。




