第十二話
外門での騒ぎはすぐにパルメラ国王の耳へと届いた。
国王はちょうど、宮殿内にある大浴場の湯船に浸かっているところだった。
「して、その巨剣の大男は何者なのだ」
国王が睨み付けるように、報告に来た兵士に問いかける。兵士は、背筋を凍らせながら答えた。
「はっ! それが、何者なのか我々も見当がつかず……」
「わからぬと申すか」
「申し訳ありません……」
パルメラ国王は憤怒したが、それ以上追及しなかった。たかが一人の正義面した男が暴れまわっているだけだ。すぐに警邏隊によって原形も残らぬほどズタズタに切り裂かれるであろう。
「よい。そやつの処理は任す。好きなようにせい」
言いながら手を振って、下がれと伝える。しかし兵士は下がることなく、しどろもどろに答えた。
「じ、実は……、今警邏隊が対応しているのですが、まったく歯が立たないのです」
「歯がたたぬじゃと?」
あり得ない話だった。
警邏隊はパルメラ兵の中でも選りすぐりの人材で構成された治安維持部隊だ。一人の男に手こずるようなヤワな兵士ではない。
「それほどの手練れということか」
「恐れながら、ガーベラ将軍に匹敵する者かと……」
「なるほどな」
パルメラ国王は、ふと、5年前に見たグランファシルの客将の姿を思い出した。グラン国王と旧知の仲だということで一度だけ会ったことのある大男。無口で無愛想だが、純朴そうな目をしていた。報告に聞く巨大な剣こそなかったが、剣の腕前はグランの騎士の中でも右に並ぶ者がいないほどだと言われていた。だが、実際に戦っている姿は見たことがない。
しかし威圧感はビリビリと伝わってきた。自分を見下すようなあの目。その迫力に気おされて、嫌な汗をかいたのを覚えている。ああいうタイプは自分には決して膝をつかないであろう。
客将ということで、グランファシルを落とした時、その男の屍がなかった事になんの疑問も抱かなかった。いれば、必ず牙をむいていたはずである。そして、グラン国王の死体とともに焼き捨てただろう。それがなかったということは、どこか遠くへ行っていたということに他ならない。
もし、今外門で暴れまわっているその大男が5年前に会ったあの客将であるならば、確かに警邏隊では荷が重いかもしれない。
「ガーベラ将軍を呼んでまいれ」
国王がそう決断したのに1分もかからなかった。
※
ゼノの周りには、すでに数十体のパルメラ兵の屍が転がっていた。
騒ぎを聞きつけて、町中に散っていた警邏隊がいっせいに集まってきたのだ。
しかし、彼らには目の前の巨剣の男は止められなかった。
明らかに実力が違いすぎる。
百戦錬磨の彼らだからこそ、わかる事実だった。
しかし、だからといって降参するわけにもいかない。相手は明らかに敵意を持って王都に侵入してきている。額に汗を浮かべながら警邏隊は剣を構えていた。
ゼノは、気にする様子もなくまるで無人の野を行くがごとく歩を進ませた。それに合わせるように警邏隊も後退していき、その後をメルが邪魔にならないように遠くからそっとついていく。
まわりの人々は、巻き込まれまいと物陰に隠れて様子をうかがっていた。
「どうした、かかってこないのか。それとも、そのまま宮殿まで案内してくれるのか?」
ゼノの挑発に、警邏隊の一人がカッとなって斬りかかってゆく。しかし、ゼノは瞬時に身体をずらして上段から振り下ろされた剣をかわすと、斬りかかってきた警邏隊の首を巨剣で跳ね飛ばした。
ゴロンと転がる仲間の首を見て、警邏隊はいっせいに逃げの姿勢を見せた。
「か、かなわねえ……!」
背中を向けて逃げ出そうとした彼らは、振り向きざま何者かとぶつかった。
「痛っ!」
鼻を抑えながら「誰でい」と叫ぶ彼らの目に映ったのは、宮殿からやってきたガーベラ将軍だった。
隆々とした筋肉を見せびらかすように上半身は何も身に着けておらず、下半身のみ鋼鉄製の腰当をつけている。両手には巨大な金色のハンマーが一つずつ握られていた。
「ガ、ガーベラ将軍……!」
警邏隊は驚きを隠せない表情で、目の前の巨漢を見上げていた。
「貴様ら、どこへ行こうと言うのだ。ここから先は行き止まりだぞ」
「か、勘弁してくだせえ。あんなバケモン、かないっこねえ」
「ほう? それで、自分たちの任務を放り出して逃げようと?」
警邏隊の背筋に寒気が走る。
ガーベラ将軍の口まわりに蓄えられた豊満な口髭の隙間から、白い歯が見えていた。パルメラ最強とうたわれた将軍が笑みを浮かべている。
「あ……あ……」
後ずさりする警邏隊の頭上に、ガーベラ将軍は右手に持ったハンマーを振り下ろした。
「ぐげ」という軽いうめき声とともに、目の前にいたパルメラ兵の頭が陥没する。同時に、左手のハンマーを振りぬくと、きれいに身体を折り曲げながら外壁へと吹き飛ばされていった。
「ひいいっ!!」
糸の切れた操り人形のように奇妙な角度で折れ曲がる仲間の死体を見て、まわりの警邏隊は悲鳴をあげた。
「我が屈強なパルメラ軍に腰抜けなど必要ない。逃げようとする者には死をくれてやる」
その言葉に警邏隊は向きを変え、ゼノと向かい合った。ゼノは表情一つ変えず、巨剣を横に構えている。
「警邏隊相手になかなかやるようだな。名を聞こうか」
ガーベラ将軍が笑いながら尋ねる。これほどの猛者には久しく出会っていない。
ゼノは言った。
「人に名を聞く時は、自分から名乗るのが礼儀ではないか」
その言葉に、メルは後方で出会った時のことを思いだしていた。意外と細かいところにこだわる男だ。
「ふはははは、失礼した。我が名はガーベラ。このパルメラ国の将軍だ」
その名になんの反応も示さず、ゼノは答えた。
「ゼノだ」
「ゼノ……?」
ガーベラ将軍が眉を寄せる。
聞いたことのある名だ。誰だったか。
かつて、グランの騎士たちと何度か出会ったことがあるが、目の前の男に見覚えはない。
記憶をたどる中で、彼の持つ巨大な剣を見てガーベラ将軍はハッとした。
「もしや、きさまは魔神殺しのゼノ!?」
その言葉にまわりの警邏隊も目を見張る。まさか、この男が魔王を倒した勇者の一人なのか。
「魔神殺しという名は勝手につけられただけだ。オレはゼノ、ただそれだけだ」
微動だにしない巨剣の大男を目の前にして、ガーベラ将軍は「ぐふふ」と笑った。
「そうか、魔神殺しのゼノか! 面白い、道理で警邏隊が束になっても適わんわけだ」
「お前なら適うのか?」
ゼノの問いかけにガーベラ将軍は答える代わりに筋肉をふくらませた。メリメリと、もともと大きかった巨体がさらに大きくなる。
「相手にとって不足はない。魔神殺しのゼノを倒したとなれば、我らパルメラの覇業も達しやすくなろう」
手にしたハンマーを力の限り握りしめ、一歩ずつ近づいていく。それは、さながらオーガが目の前に獲物を見つけて嬉しそうに飛び掛かろうとしているようでもあった。
あまりの恐ろしい姿に、その場の誰もがゴクリと唾を飲み込んだ。禍々しいオーラまでもが見えるようだ。
「メル」
この時、初めてゼノは後ろにいるメルに声をかけた。
「は、はい!?」
急に名前を呼ばれたメルが驚いて声を上ずらせる。
「もう少し離れていろ」
「う、うん!」
その言葉に、ゼノに対峙する目の前の男が今までの相手とは違うのだと気づいた。すぐに駆け出して、建物の陰に隠れる。
(ゼノ、死なないで)
そっと覗きこみながら、メルはそう祈らずにはいられなかった。




