第十一話
それから約半日かけて二人はグランファシルの外壁へとたどり着いた。
遠目からではわからなかったが、この旧王都はぐるりと高い壁に囲まれた鉄壁の要塞であった。ここを力づくで落とそうとなると、相当な犠牲を払わなければならないだろう。
そういう意味では、易々とこの国の懐に飛び込み、手中におさめたパルメラ国王の手腕はそうとうなものである。
ゼノは、目の前にある閉まった扉に手をかざした。
ぐっと力を込める。
閂がしてあるのか、ビクともしない。
「なにもんだ、てめえら」
そのとき、外壁の上から見張りが声をかけてきた。鎖かたびらを着込んだパルメラの兵士だった。卑屈そうな目つきで二人を見つめている。
「何しにきた。ここは、パルメラの新王都だぜ」
見張りの言葉に、ゼノは言った。
「知っている。中に入りたい」
「中に?」
怪訝な顔を見せながらゼノの後ろに隠れるように立つメルに目を向ける。
「うひひ、そうかそうか、そういうことか。パルメラ王にその女を貢いで取り入ろうってことか。やめとけやめとけ。残念だけど城にゃあ、それくらいの女はごまんといるぜ」
下品な物言いに、メルはカチンときた。王都を守る警備兵とは思えない言い草だ。だが、もともとパルメラ軍には規律などないに等しい。
「まあ、その女をオレに譲ってくれたら、オレから分隊長に口をきいてやってもいいけどよ」
口元を拭う見張り番の仕草に、メルは嫌悪感を抱いた。なめくじのようなその顔に吐き気が込み上げる。
ゼノは、睨み付けるように外壁の上を見上げながら言った。
「うるさいやつだ。中に入れるのか、入れないのかはっきりしろ」
その言葉に、見張り番の顔が朱に染まった。
「な、なんだとぉ? てめえ、ケンカ売ろうってのか!?」
啖呵を切りながら肩に担いだクロスボウを向ける。見張りとはいえ、パルメラ兵に逆らえば命はない。
しかし、ゼノは無言のまま背中の剣をずしりと地面に置いた。
巨大な物体が地面に突き刺さるのを見て、見張り番は目を見開く。
「な、なんだ、そりゃぁ……」
気にも留めていなかったが、かなりの重量物のようだ。
それを難なく担ぎ下ろした中年の大男に見張り番は初めて違和感を覚えた。
(あんなでっけえもの、なんに使うつもりだ?)
ゼノは気にするふうでもなく、するすると刃に巻かれた布をとっていく。
「てめえ、それはなんだって言ってんだよ!」
見張り番はあきらかにうろたえていた。普通なら、クロスボウを向けただけで相手は縮み上がるはずだ。しかし、眼下にたたずむ男はそんな素振りはいっさい見せない。黙々と布をはぎとっていく。クロスボウの存在さえ気づいていない様子だった。
「てめ、この!」
見張りがトリガーを引くと、クロスボウの矢が猛スピードで飛び出した。それは、一直線に眼下の男に向かっていく。しかし、彼は首をわずかにそらしてそれをかわした。
眉間に刺さるはずの矢が、後方の地面に突き刺さる。
「……!?」
見張りが茫然とする中、布がすべてはぎとられた。
すると、目の前に黒光りする巨剣が姿を現した。
「な、なんだそりゃぁ……」
見たこともない巨大な剣だった。大人の身長をゆうに超えている。しかし、そんな武器で何をしようというのか。
「ゼノ……?」
後ろでメルも怪訝な顔を向ける。こんなところで武器を抜いたら、たちまち大騒ぎだ。王都中の兵士が駆けつけてくるだろう。
しかし、ゼノは意にも介さず答えた。
「中に入れる気がないのなら、強引に入るまでだ」
言いながら、むき出しになった巨剣を横に構える。
「てめ、なにを……」
見張り番の言葉が言い終わらないうちに、ゼノは渾身の力で両腕を横に振るった。
すさまじい突風が辺りに巻き起こる。
「ひっ!!」
思わず、見張り番がひっくり返った。と、同時にゼノの目の前に閉じられていた扉が音を立てて上下に割れた。
鋼鉄製の硬い扉が、ズシンと倒れる。
「な、な、な………」
見張り番が鼻水を垂らしながら起き上ると、その扉を分断した中年の大男は何事もなかったかのように切断された扉をまたいで中に入った。
見張り番は何が起きたのかわからぬまま、茫然とそれを見送っていた。
王都は、想像以上に荒れ果てていた。
そこらじゅうにあった商店街や飲食店はゴロツキのたまり場となり、通りには柄の悪い男たちが睨み付けるようにたむろしている。
卑猥な言葉が並ぶ看板が軒を連ね、あちこちの窓から女たちが助けを求めるように顔をのぞかせていた。
建物の陰には、生きているのか死んでいるのかわからないほどボロボロになった浮浪者たちが建物を背にしてうつむいて座っている。
かつて騎士の街として栄えた王都の面影は、どこにもなかった。
大通りでは大量のテントが張られて闇市が開かれ、人身売買が行われている。まだ幼い少年少女が競りにかけられていた。
「ひどい……」
メルは、かつて見たことのある華やかな王都の荒れ果てた現状に目を曇らせた。
「なにごとだ!」
そのとき、大きな物音に気付いたパルメラ兵たちが駆けつけてきた。
軽装ではあるものの、鎖かたびらにロングソードを帯びている。治安維持のための警邏隊だった。
彼らは、寸断された扉を見てギョッと立ち尽くした。
そして、それを背にして立ち尽くす巨剣の男に目を配る。
「てめえ、なにもんだ!」
いっせいに剣を抜いて構えた。血気盛んなパルメラ兵に捕縛という概念はない。味方でなければ殺すだけだ。
「なにしやがった! ここがどこだか、わかってるのか!?」
パルメラ兵の一人が威嚇する。
まさか、巨剣で鋼鉄の扉を叩き切ったとは思っていない。何をしたか知らないが、魔法道具か何かを使って、扉を切断したに違いないと思っていた。
しかし、ゼノは剣を肩に担いだまま微動だにしない。
「てめ、この。聞いてやがるのか!」
ずいっと前に出て、剣を突き付ける。が、目の前の大男は冷たい目で彼を見下ろしていた。
「このやろ、死ね!」
カッとなった兵士が斬りかかると、ゼノはわずかな動きでその剣をかわした。
「……!?」
空振りでよろめいたところに強烈な蹴りをお見舞いする。
「うげ!!」と兵士は叫んで外壁に激突し、ピクリとも動かなくなった。
それを見ていたまわりのパルメラ兵たちは、何が起きたのかしばらく理解できない様子だった。
呆気にとられたまま、壁に激突した仲間を見つめている。
何事もなかったかのように歩き出したゼノに、彼らは慌てて剣を向けて行く手を遮った。
「お、おいおいおい!」
「待ちやがれってんだ、てめえ!」
ゼノは殺気に満ちた目で彼らを睨み付けると、邪魔だとばかりに剣を横にふるった。
すさまじい突風が周囲に巻き起こる。
「か、は……」
砂埃が消えると同時に、彼の目の前にいた数人のパルメラ兵の身体が寸断されていた。
「な、な、な……」
どうと倒れるパルメラ兵に、さらにまわりにいた兵士たちが動揺を隠せずにいた。
「こいつは、いったい……」
怒りよりも、焦りの色が強い。
こんな悪魔のような男、本隊にもいない。
怯えるパルメラの兵たちに向かって、ゼノはさらに剣を振るった。




