第八話
「な、なにもんだ、てめえ……」
パルメラの兵たちは剣を突き付けながら、狼狽した顔を見せていた。
目の前には巨大な剣を構える一人の男。その相貌は、平然としている。にも関わらず、彼が振るった剣で一瞬のうちに、仲間が斬り殺された。
しかも、ただ斬るだけではない。
仲間の着ている鎖かたびら、その強固な鎖ごと分断したのだ。並大抵の力ではなかった。
「まさか、グランの騎士の生き残りか?」
パルメラの兵士たちはそう思ったが、すぐにその考えを否定する。
あのような戦い方はグランの騎士のそれではない。
もともとグランの騎士たちは礼儀作法には極端に厳しい。
礼に始まり、礼に終わる。
実戦においても、それは変わらなかった。礼をしてからの真剣勝負。剣を交える前に敵同士でありながら互いに名乗り合うほどである。
魔王軍との戦で数多の勝利をおさめた実戦経験の豊富なグラン騎士団が、粗暴なパルメラ兵に後れをとったのもその凝り固まった騎士道精神を守り続けたためだ。
パルメラ兵たちに礼儀などない。グランの騎士が名乗りを上げている間こそ、好機なのだ。数十の矢を放ち、身動きのとれなくなったところを数人で襲い掛かる。これこそが、パルメラ兵のやり方であった。
それを思えば、目の前で巨大な剣を構える黒いコートの男の戦い方は、彼らの知るグランの騎士のそれではなかった。むしろ、その激しさはこちら側だといえなくもない。
「か、構うことはねえ、いっせいに殺っちまおうぜ!」
パルメラの兵たちは互いに目配せをしつつ、ジリジリと目の前の男に詰め寄った。後方で二人の弓兵が矢を引き絞る。
ゼノは、微動だにせず彼らを待ち受けた。
「くらいやがれ!」
弓兵が矢を放つと同時に、剣を持つパルメラ兵たちがいっせいに飛び掛かった。
ゼノは飛んでくる矢を反射的にかわすと、その矢を素手でつかんだ。そして、襲い掛かってくる兵の一人に向かって投げ返す。
「うげぅっ!」
小さくうめき声をあげながら、先頭にいたパルメラ兵が矢に額を貫かれて地面に転がった。
さらに向かってくる相手に、ゼノは巨剣を両手に持ち替えてダンッと足を踏み出した。
そのまま、横殴りに巨剣を振るう。
(ヤ、ヤベェッ!)
思わぬ反撃にパルメラ兵たちが慌てて剣を引いた。ゼノの振るう巨剣を防ごうと縦に構える。
が、ゼノの巨剣は剣ごと彼らの身体を真っ二つに叩き割った。
「が、がは……」
ズルリ、と二つに割れた身体が地面に落ちる。まさに鬼のような強さであった。
「な、な、な、な……」
遠くで矢を構えていた弓兵たちは、信じられないという表情で目の前の光景を眺めていた。この強さは尋常ではない。いったい何者なのだ、この男は。
青ざめた顔で後ずさる彼らの前に、不敵な笑みを浮かべて躍り出たのは巨大な斧を構えた巨漢だった。はちきれんばかりの鎖かたびらに、隊長印の羽飾りを肩につけた大男。彼は、実に楽しげな顔をしてゼノの前に立ちはだかった。
「へへへ、やるじゃねえか」
下卑た笑い声を上げながら、巨大な斧を地面に突き立てる。
「骨のある奴がおらんで退屈しておったところだ」
舌なめずりをしながらゼノの顔を睨み付ける。ゼノは、無言で目の前に立ちはだかる巨漢を見つめていた。
「最近、ワシを本気にさせてくれるやつがほとんどおらんでな。貴様なら、ワシを本気にさせてくれそうだ」
「そうか……」
言いながら、ゼノは剣を横に構える。
「なら、本気でかかってこい」
その言葉に、ニヤリと巨漢が笑う。言われるまでもない。
巨漢は大斧を抱え上げると、すさまじい殺気を放った。
ビリビリビリ、と空気が震える。弓を構えていたパルメラ兵たちも、身動きすらとれないほどのものすごい殺気だった。
「覚悟しな」
巨漢はそう言うと、ゆっくりとゼノに近づいていく。
ゼノは、強烈な殺気を平然と受け流しながら剣を構えたまま微動だにしない。
あと数歩、というところで巨漢の動きが変わった。一気に間合いを詰めてゼノに襲い掛かる。
巨大な斧が頭上から振り下ろされた。
瞬時にゼノは巨剣を横に掲げて、振り下ろされる斧を防いだ。
ガチッ、という鈍い音とともに火花が飛び散った。と同時に、ゼノの足元の地面がその衝撃で陥没する。
地面が振動するほどの衝撃だった。
攻撃をするほうもするほうだが、それを防ぐほうも防ぐほうだ。どちらも人間離れしている。
弓兵たちは、信じられないものを見ているかのように唖然としていた。
「へ、やるなあ」
巨漢は大斧を引き、横から叩きつけるように振るった。
ゼノは、動くことなく剣でそれを防ぐ。再度、火花が散った。
さらに、真上から叩きつける。これでもか、というほどの渾身の力を込める。硬い鉄製の柄がしなるほどの速さでゼノの頭上に振り下ろされる。
さっきよりも一層大きな火花が飛び散る。見れば、それすらも彼は防いでいた。
巨漢の顔に、わずかに動揺の色が浮かぶ。
なんだ、この男は───。
明らかに、普通ではない。手ごたえがまるで感じられない。攻撃は繰り返している。しかし、ダメージを与えられる気がまったくしない。
気が付けば、巨漢の大斧は刃こぼれでボロボロだった。対する、目の前の男の剣は無傷だ。
(なんなのだ、この剣は……)
どうやら普通の金属ではないようだ。黒光りする巨剣。それを眺めながら、巨漢は一つの可能性を思いついた。
「その剣は、まさか……オリハルコンか!?」
オリハルコン、それはこの世界で最も固い金属である。
魔王の城がそびえたつ暗黒大陸でしか産出されない、幻の物質。
しかも、人がそれを掘り出すのは不可能とされる深い迷宮の奥深くにしか存在しない。
自分も見るのは初めてだ。なぜ、このような剣をこのような男が持っているのか。
ゼノは何も言わず、黙って剣を引き、再び横に構えた。
「ふふ、はっはっはっ、面白い! まさか、本物のオリハルコン製の武器を見られるとはな。残念だが、貴様の首、オリハルコンの剣ともども叩き斬ってくれるわ!」
巨漢はそう言って斧を振りかざす。
めいっぱい、力を込めたその両腕が、ビキビキと音を立てて膨らんでいく。
まるでオーガのような巨大な腕である。
「ふん!!」
巨漢が息を吐き出すと同時に、ものすごい速さで大斧がゼノに迫った。しかし、ゼノは巨剣を下から上へ突き上げるようにして振るった。
上から振り下ろされる大斧、下から振り上げる巨剣。
二つが交錯する瞬間、斧はきれいな音を立てて真っ二つに割れた。
「ぬ……!?」
同時に、斧を割った巨剣はそのまま巨漢の首元へ伸びていく。
「………!!!!!」
勝負はまさに一瞬だった。
ゴロン、と巨漢の首が落ち大量の血しぶきが舞った。ゼノは、何事もなかったかのように崩れ落ちる巨漢の身体を眺めていた。
「…………」
まわりで見ていた弓兵たちは、口をあんぐりと開けて眺めていた。一瞬の出来事で、何が起きたのか見当すらつかない。
ただ一つ言えることは自分たちの隊長が首を斬られて殺されたということだ。それも、見ず知らずの中年に。
「ひ、ひいぃっ!」
弓兵たちは弓に矢をつがえてゼノに向ける。
「う、う、う、動くんじゃねえ!」
叫ぶや、逃げの態勢に入る。
隊長すら殺した男に、まともに立ち向かっていけるはずがない。ジリジリと後ずさりながら、村の出口へと後退していく。
ゼノは気にもとめず足元に転がったパルメラ兵のロングソードをひょいと掴みあげた。
「う、動くんじゃねえって言ってるだろうが!」
彼らの言葉が言い終わらぬうちに、そのロングソードを弓兵めがけて思いきり投げつけた。
「げふっ!」
ロングソードは弓兵の胸を貫いて、背後にある木に突き刺さった。
ずちゃ、と崩れ落ちる仲間を見て、最後の一人が悲鳴をあげながら猛然と逃げ出した。
「…………」
ゼノは、巨漢の持っていた刃こぼれした大斧を拾い上げると、渾身の力で投げつけた。
大斧は風を切るようにまっすぐ伸びていき、後姿を見せるパルメラ兵の背中を突き刺すと、その身体ごと数メートル離れた中央広場の塀に叩きつけたのだった。
「がはあ……!」
ゆっくりと崩れ落ちるパルメラ兵。その姿を見ながら、ゼノは静かに言った。
「貴様らのようなクズを逃がすわけがないだろう」
言葉づかいは荒々しいものの、表情は平然としていたのだった。




