第七話
ナターシャ村の中央広場で、いなくなった五人のパルメラ兵を待つ巨漢のもとに彼らが戻ってきたのは正午過ぎであった。
返り血で真っ赤に染まった鎖かたびらを揺らしながら、転がるようにナターシャ村の中央広場へと駆け込んでくる。
五人のはずが、なぜか三人しかいない。その目には、怯えの色が滲んでいた。
「どこへ行っていた」
血に染まる噴水の縁に腰かけながら、巨漢が冷酷な表情で問い詰めた。彼の周りには、無数の死体が転がっている。
睨み付けるような鋭い眼光に戻ってきたパルメラ兵たちはゴクリと唾を飲み込んだ。
「ど、どこと言われましても……」
「その辺りをぷらぷらと……」
ギロリと睨み付けられて委縮する。まさか、人間狩りを楽しんでいたとは言えない。
彼らは互いに顔を見合わせながら言葉を選ぶ。
「そ、それより隊長、大変っす。カイゼルとギンゼーが殺られやした……」
「ワシは、どこへ行っていたのかと聞いておる」
屈強なパルメラの兵が二人も死んだ。それはそれで異常なことにも関わらず、巨漢は意にも介せず同じ言葉を繰り返すだけであった。
「そ、それは……」
三人はしどろもどろになりながら、口を閉ざした。
「よもやワシに無断で、この村の人間を連れ出してはおらんだろうな」
「ど、どうして、それを……!?」
言うなり、口を手で押さえる。これでは、その通りだと言っているようなものだ。
巨漢は「やっぱりそうか」と言うと、ゆらりと立ち上がった。
眉間に皺を寄せたその顔に、三人は青ざめた表情で後ずさる。
「か、か、か、勘弁してくだせえ! 連れてったのは、女子供だけっす!」
「そ、そっすよ! 隊長の遊びにもならねえヤツらばっかりっすよ!」
「その割りに、帰りが遅かったじゃねえか」
「そ、そいつぁ、まあ、殺っちまう前に、少し楽しんだというか……。どうせ殺されるんだから、いいだろうって思って……」
その言葉に、巨漢の顔が朱に染まる。
「このクズがッ!」
言うなり、手に持つ巨大な斧を横にふるった。目の前にいたパルメラ兵は、言葉を発する間もないまま噴き飛ばされた。
彼は、血しぶきを上げながら数メートル離れた塀に激突して地面に倒れこむ。
「ひ、ひぃっ!」
後ろにいた二人が恐怖に引きつった顔を見せた。
「ワシの玩具に勝手に手を出しおって! ぶち殺してくれるわ!」
そう叫ぶと、巨漢は力任せに斧をふりおろした。瞬時に、近くにいたもう一人のパルメラ兵が頭から割られる。
「あわわわ……」
残りの一人が背中を向けて逃げ出したところを、容赦なく後ろから首をはねた。
ゴロンと転がるパルメラ兵の首を眺めながら「ふん」と鼻を鳴らす。
「勝手な真似をするから、こうなるのだ」
血に染まった斧を振りながら地面に降ろすと、近くにいた部下が声をかけてきた。
「でも隊長、こいつら妙なこと言ってやしたぜ。カイゼルとギンゼーが殺られたって……」
「ありえん話だ。こんな辺境の地に、我らに対抗できる猛者などいるわけなかろう」
「それはそうですが……、じゃあ、その二人はどこ行っちまったんすかね?」
「おおかた、隠れて様子でも見てるんだろう。まあ、この状況を見れば二度と帰ってこられんだろうがな」
そう言ってニヤリと笑う。彼にとって部下などただの道具にすぎない。役に立たないようなら、捨てるだけだ。
近くにいたパルメラ兵は背筋が寒くなる気がした。
この人だけは、敵に回さないようにしよう。
改めてそう心に誓ったのだった。
ゼノがひとり中央広場にたどり着いたのはそれからしばらく経ってからのことである。
村に入る前から彼はその特別な嗅覚で血の匂いを嗅ぎ取っていた。
何かが起きている───。
そう感じたゼノは、メルをその場にとどまらせて血の匂いの発する場所へと向かっていた。
明らかに強烈な血の香り。その強さは異常だった。
ゼノがゆっくりと中央広場に足を踏み入れると、無数の死体が目に飛び込んできた。
「────ッ!!」
カッと目を見開く。
それは目を覆いたくなるような無残な光景だった。老若男女、区別なく殺されている。中には、幼子までもが母親らしき女性の胸に抱かれて絶命していた。
そんな悲惨な光景の中、ゼノの目に映ったのは一人の巨漢と複数のパルメラ兵たちだった。
彼らは中央広場の真ん中にある噴水の近くでゼノを見据えていた。
「お、なんだあいつ?」
「まだ生き残りがいるぜ」
「ひゃっはー、捕まえようぜ!」
そう言って剣を抜きながら近づいてくる。
ゼノは表情を変えることなく静かに胸のベルトを外した。
ズシン、と背中の剣が音を立てて落ちる。
「…………」
その顔は、怒りとも哀しみともつかない静けさに満ちた顔つきであった。目つきだけが、険しい。
「おい、おっさん。逃げんじゃねえぞ」
「逃げたら殺すからな!」
下卑た笑い声をあげながら近づいてくるパルメラ兵。左右から弓を構えて狙いを定める者もいる。逃げるそぶりを少しでも見せたら、射殺すつもりだ。
ゼノは少しも気にすることなく、ゆっくりと剣に巻きついた布を剥ぎとった。
キラリと黒く輝く巨大な刃が顔を出す。
「お、このおっさん、やる気だぜ」
「でけえ剣だな、おい」
見たこともない巨剣に興味を示しながらも、彼らは歩みを止めない。実戦に実戦を重ねた彼らは、いかなる相手だろうと負けない自信があった。
しかも目の前の男はたかが一人だ。全員でかかる必要すらない。
「やってみろや、おっさん」
「んな巨大な剣、ぶん回せるわけねえだろ」
ゼノは巨剣を横に構えて、下卑た笑い声をあげる彼らが近づいてくるのを待った。
「腕の一本は覚悟しときな」
舌なめずりして正面から近づいてきた男に、ゼノは足を一歩踏み出して巨剣を横に一閃させた。
その風圧はすさまじく、地面から強烈な砂埃が舞う。
「────ッ!!??」
円形に巻き上がる砂埃が兵たちの視界を遮る。しかし、次の瞬間、彼らが見たものは信じられない光景だった。
「か……か……か……」
砂埃がおさまる頃、ゼノの目の前にいたパルメラ兵の身体が上下に分断されていた。
二つに分かれたパルメラ兵は、鈍い音を立てて地面に崩れ落ちる。
周りの兵たちは、一瞬、何が起きたのかわからない顔をしていた。
「…………」
ゼノは、表情を崩すことなく再び剣を構える。
その顔は、何事もなかったかのように平然としていた。
目だけが、鋭く彼らを突き刺すのだった。




