第六話
「カイゼルたちはまだ戻らんのか」
返り血で真っ赤に染まった巨大な斧を拭いながら、巨漢が言った。はちきれんばかりに膨れ上がった鎖かたびらが、血のりでべっとりしている。
彼は不機嫌そうな顔つきで部下を睨み付けていた。
「はあ、どうやら、かなり遠くまで行っているようで……」
冷酷な顔つきで睨み付けられている部下が震える声で答えた。
正直、自分にもどこにいるのかわからない。
「狩りでもしているのか?」
「さあ……」
狩りとは、“人間狩り”のことである。彼らパルメラ兵は、襲撃した村の住民を捕えては殺戮ゲームを楽しんでいた。
「今朝早くに、数人の村人を連れて森に出かけたらしいのですが……」
「ふん。勝手な真似を」
言いながら近くの教会に目を向ける。そこにはまだ数多くの村人たちが閉じ込められていた。気分次第で好き勝手にできる生きた人形。彼らの運命を決められるのは、この大男だけだ。
「ワシの玩具を無断で持ち出しおって」
言いながら、巨大な斧を地面に叩きつける。帰ってきたら、ただではすまさん。
冷酷な眼を見せる巨漢の足元には、無数の村人たちの屍が転がっていた……。
※
「あの……、ゼノ様はどちらの方なんですか? この辺りの出身ではないですよね?」
ナターシャへの帰り道、メルは後ろを歩くゼノに声をかけた。
黙って彼女の後ろを歩くゼノは、相変わらず何を考えているのかわからない顔をしていた。
「生まれはここではない。が、育った場所はグランファシルだ」
「やっぱり! だって、ゼノ様ってグラン民よりも身体が大きいし、何より肌が白いじゃないですか。絶対、違うなって思いました!」
「身体が大きいのは生まれつきだ」
「あ、そう……」
メルは思った。この人は、コミュニケーションが苦手なのかもしれない。さっきから単調な受け答えしかしてくれない。しかも否定的なものが多い。
「あの、ゼノ様」
「そのゼノ様というのはやめてくれ」
「………?」
「背中がこそばゆい」
「……ぷ。あははは!!」
思わずメルは大声で笑った。こんな大の大人が、真面目な顔で何を言うかと思えば。
「何がおかしい?」
「あははは、ごめんなさい。だって、すっごく真剣な顔して背中がこそばゆいなんて言うんだもん!」
「こそばゆいものは、こそばゆい。これは事実だ。だから、様をつけるのはやめろ」
「うふふふ、わかったわ。じゃあ、ゼノ……さん?」
「ゼノでいい」
自分の父親ほども歳の離れた相手を呼び捨てにするのは気が引けたが、彼がいいと言うのであればそれでいい。
メルは遠慮せずにゼノを呼び捨てにすることにした。
「じゃあ、ゼノ。ひとつ聞いていい?」
「ひとつと言いながらさっきから質問ばかりではないか」
ゼノはため息をついた。
メルのとめどない質問に辟易してくる。
「いいじゃないですか。あの、その背中の剣どこで手に入れたんですか?」
ゼノは少し困った顔をしながら答えた。
「グランファシルの友人から、もらった」
「グランファシルの……?」
グランファシル───。
すでに滅びた王国、その首都の名前だ。今では別の名に変わっている。
この男は、どこまで理解しているのだろう。まさか、自分の育った場所がなくなっているなど、夢にも思っていないのではないだろうか。
「あ、あの……」
「なんだ?」
「ゼノは、グランファシル……に何をしに?」
「また質問か」
メルは口を閉じた。もしかしたら聞いてはいけない質問かもしれない。
今は亡きグランの首都。罪なき民たちが多くの血を流したという。この男の友人も、もうこの世にはいないということも考えられる。
いったい、ゼノは何しに行くのだろう。グランファシルは現在、パルメラ兵の軍事拠点となり多くの兵士が駐留している。そして、元グランファシルの民たちは奴隷として働かされていると聞かされている。
すでに2人もの兵士を殺した彼は、行けば捕まって殺されるだろう。
「……ゼノは、グランファシルが今どんな状態か知っているの?」
メルの神妙な問いに、ゼノは無表情のまま答えた。
「ああ、知っている」
(知ってるの!? 知っていて、わざわざ行くの!?)
メルは驚愕の表情で目の前の長身の男を見上げた。
ゼノは気まずそうな顔をして言った。
「あそこへは、この剣をくれた友人との約束を果たしに行くところなのだ」
「約束?」
訝しげな眼を向ける。約束を果たすために、自ら危険な場所に行こうというのか。とても正気とは思えない。
「あのね、ゼノ。知らないかもしれないけど、さっきの兵士はパルメラの兵士で……」
「まて」
ゼノは、太い腕でメルの肩をつかんだ。
「………!?」
メルは思わずびくりと肩をふるわした。
「な、なんですか……!?」
肩をつかむゼノの顔が、妙に険しい。もともと無表情で怖い印象だが、より一層恐ろしく感じる。
彼は、真剣な眼差しで街道の先を見据えるとメルに言った。
「……ここにいろ。一歩も動くな」
いったい、どうしたのか。ゼノは、前を歩いていたメルを追い越し、先に進んでいく。そういえばナターシャ村はもう目と鼻の先だ。
「あ、あの……、私の家、すぐそこですから。一緒に行きます」
「いいから、そこにいろ」
有無を言わさぬゼノの言葉にメルは怪訝な表情を見せながらも素直に従った。
いったい、何があったというのだろう。
メルの心拍は一気に高まっていた。




