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傾国王の王笏  作者: 根占桐守
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第6話 意地悪な従者



 身支度を整えたルトレギナが連れてこられたのは、円卓がいくつか並べられた広い部屋だった。そこは「食堂」というらしく、ルトレギナは促されて円卓に着くと、レイジーナとイグナジアは「厨房」という隣接した部屋に行き、次々と料理を運んでくる。

 運び終えたレイジーナはルトレギナの向かい側の席に着き、その隣にイグナジアが座る。

 そうして食卓を三人で囲むと、レイジーナとルトレギナが同時にグラスを片手で掲げて「太陽の花の下(もと)に。良き糧を」と揃ってまじないのような言葉を口にして、食事に手を伸ばし始めた。

 ルトレギナが目をしばたたかせてレイジーナを見つめていると、それに気が付いてくれたのだろうレイジーナが再びグラスを持ち上げて、「やってみろ」とルトレギナに顎を振って見せる。

 ルトレギナは見よう見まねでグラスを両手で持ち上げると、例のまじない言葉を声に出してみる。


「太陽の、花の下(もと)に……良き糧を」


 それを目にしたレイジーナが、満足そうに鼻を鳴らす。


「やるじゃねぇか」

「叔父馬鹿ですか」

「うるせぇ」


 微笑むイグナジアの悪態に気を悪くした様子もなく、レイジーナは再び食事に手を付け始める。ルトレギナもそれに倣って、まずは黄金色に光るスープに口をつけた。


「! ……おい、しい……何だ、このスープは」


 舌触りの滑らかなとろみ。香ばしい匂いはすっと鼻を通って、ぴりっとした刺激もありながら、甘辛い味は癖になる。

 そんな黄金色のスープに思わず感嘆の声を上げたルトレギナ。それに応えたのは、片手で髪を耳に掛けようとしているレイジーナだった。


「イグナジア特製の香辛料を使ったスープだ。気に入ったか?」


 ルトレギナはレイジーナへと何度も頷き返す。


「ああ。こんなにも美味しいもの、生まれて初めて食べた……食べ物とは、こんなにも味が変化するものなのか。まるで、魔術のようだ」

「料理が魔術か。言い得て妙だな。それにしても、ルト。てめぇは美味いものを食うと――春風を吹かせるのか」


 眉を上げたレイジーナの言葉に、ルトレギナは「え」と声を漏らす。顔を上げると、向かい側に居るレイジーナの絹のようなプラチナブロンドの髪は、温かな微風(そよかぜ)に靡いていた。

 確かに、土と花草の香りが混じった、ほろ甘い匂いが、微風と共に食堂内を吹きわたっている。その風には、ルトレギナの魔力が込められていた。


「この風が、僕の魔力で……? こんなこと、初めてだ。僕が、嵐でない穏やかな風を、呼び寄せるなど」


 ルトレギナの心底驚いたような独り言に、レイジーナが「くは」と小さく笑い声を零して、黙って食事を続けているイグナジアを見やった。


「流石はイグナジア。もうルトの胃袋を掴んだ。なァ?」


 揶揄うようなレイジーナの言葉に、イグナジアはすぐに返事をしなかった。

 己の食事を全て平らげると匙を置いて、品よく膝に掛けていた布の端で口元を拭った後(のち)に、ようやくイグナジアは目を伏せたまま薄い唇を開く。


「残念です。少しでも不味そうなお顔をしてくだされば――殺して差し上げましたのに」

「!」


 物騒な物言いに、ルトレギナは目をしばたたかせてイグナジアを見返す。レイジーナは無言のまま目を細めた。

 そんな二人の反応にも構わず、イグナジアは立ち上がりざまに、にこりとルトレギナへ微笑みかけた。言っている事と、態度があまりにも真逆だ。


「私の腕がいいばかりに、都合のよろしい口実ができませんねぇ」


 そう残して、イグナジアはレイジーナにだけ一礼すると、空になった皿を幾つも運び出し、早々に厨房へと引っ込んでしまった。

 ルトレギナはここで、ようやく察する。


(僕は……イグナジアに嫌われている、のか)


 嫌われるのには慣れている。何せルトレギナは生まれた時から〈傾国の怪物〉と万人に恐れられていたのだから。

 そのはずなのに、レイジーナと同様にルトレギナを恐れることなど毛頭も無く、ルトレギナへと「嫌いだ」という意思を真っ直ぐ、真っ向からぶつけてくるイグナジアに、何だかルトレギナは胸の内で「ぱちぱち」と火種が燻るような妙な感覚に陥って、落ち着かなかった。


「あいつ。手先が器用で何でもできるんだが、冗談だけは下手くそでな。またああいう面白い事言われたら、笑ってやれ」

「そうか。承知した」

「おー。てめぇは冗談が全くもって通じねぇようだな。先が思いやられる」


 レイジーナが軽く笑ってそう言うので、ルトレギナは己の心臓の上に爪を立てつつも、小さく頷いた。

 食事を済ませた後。レイジーナが食事の後片付けをイグナジアに任せると、ルトレギナを連れて第一離宮の案内をしてくれた。

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