第5話 不思議な叔父
◇◇◇
『死ぬな』
真っ直ぐに己を射抜く銀の双眸は、疑いたくなるほど真摯で、恥ずかしくなるくらいに、真剣だった。
生きろ、と。生きていてもいいのだと。
そう言ってもらえたような気がして、ひたすらに――声を上げて泣き出したくなるほどに、嬉しくて、嬉しくて堪らなくて。何よりも、安堵してしまったのだ。
ぼやける視界の焦点が、次第に定まってくる。宙に浮いていた意識が、肉体に戻るような感覚――おそらく己は、眠っていたのだろう。
ルトレギナは覚醒しつつある頭でそんなことをぼんやりと考えながら、目を凝らす。すると、目が覚めて一番に目に入ってきたのは、幾何学模様が描かれた見慣れない天井だった。
「! ……ここは!?」
己は現在、見知らぬ場所にいる。瞬時にそれを察したルトレギナの全身には緊張が走り、ルトレギナは思いがけず飛び起きる。その拍子に、「どおん!」と轟音を鳴らして、部屋の中に雷を落としてしまった。
「何をしているのです」
不意に声をかけられて、ルトレギナはびくりと身体を震わせると、声がした方向を振り向く。そこには長身の青年、イグナジアが部屋の扉の前に立っていた。
(あの、男は確か……レイジーナ叔父上の従者、イグナジア。そうだ。僕はレイジーナ叔父上に連れられて、馬車に乗って……)
朧げに記憶が蘇ってくるが、塔から出て馬車に乗ったところで、どうしてもその先が思い出せない。ルトレギナは片手で頭を抱える。少しだけ目の奥が重い。
そんなルトレギナに近づこうとはせず、イグナジアが扉の前に立ったまま、またルトレギナへと声をかけてきた。
「貴方は、レイさ……レイジーナ殿下に御身を救われたのですよ。貴方の暗殺を狙うダンデリオヌス家とは取引をし、カムヴィ帝にも許可を得て、現在の貴方はレイジーナ殿下の預かりとなっているのです。馬車の中でお話したのですが、貴方は半分眠っていたようでしたし。憶えていませんか?」
イグナジアの話に、ルトレギナは瞠目せずにはいられない。
まさかダンデリオヌス家どころか、カムヴィ帝の許可をも得て、己はレイジーナのもとに居ることになっていたとは、思いもよらなかったのだ。
そんなことを思いながらも、ルトレギナは正直に、イグナジアの問いかけに答える。
「すまない。憶えていない」
すると、イグナジアはにこりと人好きのする笑みを浮かべたかと思えば、「はあ」と盛大な溜め息を器用に吐き出した。
「これだからクソガキ……お子様はあまり好きにはなれません。それと貴方、屋内で雷を落とすのは控えてくださいませんか? ここはレイジーナ殿下の居城――第一離宮なのですから」
「!」
第一離宮は、カムヴィ帝がレイジーナのために直々に命を出して造らせたという、帝都のはずれに位置する城だ。
どうやらルトレギナは、眠っている間に第一離宮へと連れてこられたらしい。
それを理解した途端、ルトレギナは己の魔力によって落雷し、焼け焦げてしまった部屋の一部が目に入って顔を蒼ざめさせる。
(いけない……このままではまた、父上と同じように。レイジーナ叔父上をも失望させてしまう)
生まれて初めて、己に「死ぬな」と諭してくれた人。ルトレギナを恐れることなく、ルトレギナに触れてくれた人。それがレイジーナ。
そんなレイジーナにまで、「怪物」として見られ、この第一離宮に居られなくなってしまったら、どうしよう。
そんな途方もない不安と恐怖がルトレギナの胸を突いたが、ふと、イグナジアが部屋の扉を開ける音でルトレギナは物思いから我に返った。
「目覚めたか」
現れたのは、レイジーナだった。
レイジーナはすぐ、焼け焦げた部屋の端に視線を巡らす。それにルトレギナは思わず身体を震わせて、目を逸らした。レイジーナの目を見るのが、怖くて堪らなかったのだ。
レイジーナの高いヒールの音が、こちらに近づいてくる。
かけられる言葉は失望か、諦念か、憤慨か。
「朝餉にするぞ。イグナジアの料理が冷めちまう」
だが、ルトレギナの予想に反して、レイジーナは何かを気にした風の欠片も無く、そう言った。
しかも、不安によって「ばちばち」と未だに小さな雷を迸らせているルトレギナの髪に触れて、柔らかい手つきで寝癖を直してくれる。
ルトレギナは思いがけず、ぽかんと瞠目してレイジーナを見上げていたが、レイジーナはルトレギナの寝癖を撫でながら、イグナジアへと顔を向けていた。
「おい、イグナジア。ルトの身支度、整えてやれ」
「嫌です」
「ああ? 何故だ」
「私、レイさんのお世話しかしたくありませんので。その方はレイさんの甥御でいらっしゃるのですから、叔父であるレイさんがお世話を焼かれては?」
「はあ……仕方ねぇな」
相変わらず品の良い笑みを浮かべながら、主であるレイジーナにでさえはっきりとものを言うイグナジアと、それをやはり微塵も気にしていなさそうなレイジーナの応酬が、ぽんぽんと繰り返される。
それに未だついていけないルトレギナは、二人を交互に見比べていたが、その後すぐにレイジーナが手ずから身支度を整えようとしてくるので、ルトレギナはどぎまぎしながらも、叔父に手伝ってもらって、慣れぬ衣服を何とか身に纏ったのだった。




