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傾国王の王笏  作者: 根占桐守
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第1話 塔の上の怪物皇子


 ◇◇◇


 それから、十年もの月日が経った。

 齢十七となったルトレギナは相も変わらず、独りぼっちで閉鎖的な塔の上に閉じこもっている。

 ルトレギナは鉄格子の嵌められた窓に近づき、分厚い硝子の向こうにある外の世界を覗こうとする。すると、ルトレギナの姿が鏡の如く反射して、硝子に写り込んだ。

 伸びたままにしている長い黒髪は、闇のように黒く。陽の光に滅多に当たらないというのに浅黒い褐色の肌は、いつ見ても何だか気に入らない。

 まるで夜闇を閉じ込めたかのような髪色と肌色のせいか、鋭い双眸の金色(こんじき)が、獣の眼差しの如く不気味に光って見えた。


(……無駄に、身体も大きくなってしまった。本当に、バケモノのようだな)


 今や鉄扉の上枠よりも背丈が大きくなり、ひょろりとしていながらも巨人と言ってもいいほどに大きく、強く逞しく成長した己の肉体に、ルトレギナは嫌気がさして溜め息を吐き出した。

 ルトレギナは己の怪物の肉体からは目を逸らして、外の世界に意識を向ける。

 本日はよく晴れていて、小鳥のさえずりが盛んに聞こえてきた。きっと外に出たら、果てしない青が広がる壮大な天空を仰げるに違いない。

 もう、直に青空を何年見ていないことだろう。

 この窓から見えるのは、帝都の南部に広がる灰色の海ばかりだ。


「外へ……行けたらいいのだが」


 ルトレギナはそう無意識に独り言ちてしまって、すぐにはっと息を呑んで頭を振る。


(……いけない。父上の言い付けを忘れたか。僕の魔力は、たくさんの人々を危険に晒してしまう。ゆえに、外へ出てはならない)


 十年前、カムヴィ帝より「心を乱すな」「皇帝の許しがない限り、塔の外には出るな」と厳命を受けてから、ルトレギナはそれを今日まで守ってきた。

 たとえ己が皇帝にさえ危険視される〈傾国の怪物〉であろうと。幼き頃より魂に焼き付いている「外の世界に飛び出したい」「父の傍に行きたい」という強い願いは消えないままに。

 それでもルトレギナは、カムヴィ帝の厳命を最優先とし、己の願いを押し殺してきたのだ。

 ルトレギナは目を閉じて深く呼吸を繰り返すと、大きな左手を己の胸に当てて、強かに蠢(うごめ)いている鼓動を殺すように、心臓の上に爪を立てる。


「ルトレギナ殿下。失礼いたします」


 ふと、鉄扉の鐘が「カラン」と鳴らされて、近衛兵の声が鉄扉の向こう側から聞こえてきた。


(? まだ昼餉の時刻ではないはずだが)


 そう怪訝に思いながらも、ルトレギナは近衛兵へ応えながら鉄扉の前へと歩み寄る。


「何だ」

「皇帝陛下より、ルトレギナ殿下宛の勅書が届いております。ご確認ください」

「! ……父上から?」


 思いもよらないことに、ルトレギナは大きく目を瞠りながらも、すぐさま鉄扉の小窓から勅書とされる手紙を受け取った。

 手に取って見てみると、その勅書には確かに皇帝だけが持つ玉璽(ぎょくじ)の印が押されている。ルトレギナはすぐさま封を解いて、勅書を再び扉の外の近衛兵に渡すと、そのまま音読させた。


『三日後、帝都中央区サンローズにて建国記念式典が催(もよお)される。第一皇子は臥(ふ)しているゆえに欠席。第二皇子はロホ公国遠征中のため欠席。第三皇子ルトレギナ・カリステギア・デックアールヴ、皇子として皇族の役目を果たせ。至急、式典に参列せよ』


 要約すると、そのようなことが記されているようだった。

 おそらく、建国記念式典という帝国においても重要な祭典の日に、皇子が一人も参列しないことが皇室内で問題視されたのだろう。

 ゆえに、表舞台に出ることを密かに禁じられていたルトレギナを、特例で式典に参列させることになったのではないだろうかと、ルトレギナは思考を素早く巡らせて推測する。

 つまりは、カムヴィ帝直々の勅命により、ルトレギナは――塔の外に出ても良いと、許可を得たのだ。

 ルトレギナは己の耳を疑わずにはいられなかった。想像だにしていなかった事態が信じられなくて、何度も勅書を近衛兵に読み返させる。


「僕が建国記念式典に……塔の外へ、出られる」


 口にして呟くことで、ようやくその事実が夢ではなく、現実なのだと受け入れられることができたような気がした。

 同時にルトレギナの胸には、じんわりと興奮にも似た熱いものが広がってきて、思いがけずルトレギナは、震える吐息を長く吐き出した。


「……ありがとうございます。父上……!」


 ルトレギナの口をついて出たのは、父への感謝の言葉。もしくは、また父に会うことができるという、感極まった喜びだった。

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