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傾国王の王笏  作者: 根占桐守
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第15話 戯れの死闘

 レイジーナはルトレギナから離れ、水の槍と魔封じの鎖を氷にして砕き、磔にされていたイグナジアのことも下ろしてやって止血を施すと、二人を並べて座らせる。

 そうして、座った二人に視線を合わせるように屈みこんでくると、二人の頭に、白い両手を「ぽん」と置いた。


「イグナジア、よく俺の甥を守った」


 レイジーナが、ルトレギナとイグナジア、一人ずつに視線を寄越す。


「ルト、よく俺の腹心を守った」


 レイジーナが、二人の髪を乱雑に、乱暴な手つきで撫でまわす。


「二人ともよくやった。褒めて遣わす」


 レイジーナはいつもの如く、にやりと不敵に笑う。その笑みが、どうしようもなく、ルトレギナとイグナジアの不安に満ちていた心に、安堵を齎(もたら)した。

 二人は揃って、子どものように力無くレイジーナの手に寄りかかりながら、震える白い吐息をゆっくりと吐き出す。

 しかし、背後で「ぱきん!」と氷が砕ける甲高い音が鳴り響いた。

 アマルスが、自力でレイジーナの魔術を破ったのだ。


「あれ~? レイジーナじゃん。久しぶりぃ。何やってんの?」

「は。白々しい。てめぇこそ、俺の城で何好き放題やってんだ。甘党馬鹿舌野郎」


 レイジーナが「てめぇら、ここから動くな」とルトレギナたちに耳打ちすると、アマルスを振り返って立ち上がる。

 アマルスは、氷の破片に塗れた己の〈七王笏〉の礼装を、ぱんぱんと叩きながら、レイジーナに首を傾げて見せた。


「俺、ダンデリオヌス家の白銀林檎のパイが食べてーの。だから、その後ろに居る怪物皇子サマ。殺させて? いいよね? いいだろ? いいと言え」

「またくだらねぇ食い意地を張ってんのか……相変わらず。何様だよ、てめぇは」

「俺? そりゃあ、俺様神様アマルス様でしょ。崇め奉れよ、レイジーナ」


 それが、戦の口火を切る合図だったのかもしれない。

 次の瞬間、二人は同時に長杖を互いに向けて振り下ろし、二人分の魔力が「どおん!」と唸りを上げて衝突し合って、爆風が吹き荒れた。

 その余波が傷に響いたのだろう。傍でイグナジアが頽(くずお)れたので、ルトレギナはイグナジアの身体をその場に横たえてやった。イグナジアの額は脂汗で酷く濡れていて、今は止血が施された肩からの出血も多かったようだ。意識も朦朧としている。


(僕がもっと、魔術を扱えていれば……イグナジアはこんなにも、傷つかずに済んだはずだ)


 ルトレギナは悔しさに歯を食いしばりながら、レイジーナの背中へと視線を移す。


(叔父上の魔術戦……何と、凄まじい……!)


 レイジーナとアマルスは、ほぼ互角の魔術戦を繰り広げていた。

 互いに短縮詠唱を用いて、瞬く間もなく、次々に攻撃魔術を繰り出してゆく。

 アマルスが顕現させた水の槍を、レイジーナが凍結させて、全て砕く。それが目にも留まらぬ速さで繰り返される。

 だが、互角だったはずの魔術戦は次第に、レイジーナがアマルスに押される形と成っていった。

 それに気が付いたルトレギナは、はっと息を呑む。


(叔父上は……後ろに居る僕たちを庇いながら、戦っている。ゆえに、本気を出せない。そこにアマルスがつけ込んでいるのか)


 レイジーナは明らかに、ルトレギナたちを守るように展開した氷の障壁にも気を配って、魔力を分散させている。

 このまま長期戦となれば、レイジーナが深手を負ってしまう可能性も出てくると、ルトレギナはすぐに思い至った。


(このままではいけない。動ける僕が、叔父上とイグナジアを守らなければ……!)


 狙い目は、アマルスが大規模な魔術を発動させた時。大規模魔術には、どんなものにも多少の隙ができるものだと、かつてレイジーナの授業で教わった。

 ルトレギナが深く思考に耽っている間。レイジーナとアマルスは、囁き合うように語らっていた。


「まさか、あの冷酷無慈悲のレイジーナが、他人を守るとはね~。人生何が起こるかわからないもんだ――そんで、あの怪物皇子サマは明らかレイジーナのお荷物。だけど今のやさし~いレイジーナは、お荷物共を放っておけない。そうだろ?」

「……」


 無言を貫くレイジーナに、アマルスが目を眇めてほくそ笑む。


「ここだけの話だけどさぁ。俺のほんとの目的は、白銀林檎のパイじゃない。黄(・)金(・)林(・)檎(・)の(・)パ(・)イ(・)なんだよ」


 そのアマルスの言葉に、ようやくレイジーナが目を瞠って、反応を示した。


「まさか、てめぇは……!」


 レイジーナの反応を面白がるように笑みを濃くしたアマルスが、短縮詠唱を唱える。


「天よ、泣け――〈果てなき天泣(エーヴィヒ・レーゲン)〉」


 アマルスが高く長杖を掲げると、見渡す限りの晴天の空に――無数の水の槍が顕現した。まさにそれは、巨大な矢の雨も同然だった。

 アマルスが長杖を振り下ろすと、それに併せて、矢の雨もレイジーナに向かって怒涛の如く降りしきる。しかしレイジーナは舌打ちをするだけで、一切動じていなかった。


「呑め、凍てつきの原――〈永世氷床(ツンドラ)〉」


 レイジーナが指揮者の如く、長杖を振るう。すると真白の冷気が鋭く放たれ、アマルスが降り注がせる無数の矢の雨が瞬く間に凍り付いてゆき、空中で留まる。

 その瞬間を、ルトレギナは好機と捉えた。


(今なら……アマルスが展開していた結界障壁が消え、間合いを詰められる!)


 ルトレギナはレイジーナの氷の障壁を抜け出し、アマルス目掛けて駆け出した。詠唱は既に済ませており、短杖をアマルスに向け、後は魔術を放つのみ。

 ルトレギナがアマルスの懐に迫る。

 しかし、レイジーナだけを見ていたはずのアマルスが、突如として「ぎょろり」とルトレギナを振り向き――ルトレギナに、牙を剥いた。

 そこでルトレギナは、己の失態に気が付く。


(! この男、わざと僕を接近させたのか……!)


 ルトレギナはアマルスによって意図的に、レイジーナの強固な守りから誘い出されていたのだ。

 アマルスが片手に顕現させた水の矢が、ルトレギナの心臓を狙う。


(ここまでか……)


 ルトレギナは死を覚悟する。

 しかし、ルトレギナの目の前で、雪の結晶とプラチナブロンドがきらりと閃いた。


「は……?」


 ルトレギナの口から、間の抜けた声が零れ落ちる。

 何故なら、ルトレギナのすぐ眼前には、レイジーナのプラチナブロンドの頭があり――ルトレギナに突き立つはずだった水の矢は、レイジーナの脇腹を貫通していたからだ。


「あらら」


 レイジーナの脇腹を刺したアマルスが、おどけたような声を出し、レイジーナから背後に飛んで離れる。

 それにも構わず、レイジーナは口の中で瞬時に短縮詠唱をすると、巨大な氷柱を凄まじい速さで顕現させて、アマルスを吹き飛ばした。


「が……! ああ、クソ!」


 レイジーナの氷柱攻撃をもろに喰らったアマルスが、苛立たしげな声を上げて、ルトレギナたちから距離を置いた場所に着地する。


「最強魔術師様の顔を傷つけやがって。レイジーナのくせに生意気〜」


 そう舌打ちしたアマルスの額からは、血が流れ出ていた。

 だが、今のルトレギナはそんなアマルスを気にしている余裕もない。

 水の矢を受けたレイジーナは、水の矢を即座に凍らせると、「フ――……」と長く息を吐き出してその場に倒れ込む。ルトレギナは咄嗟にレイジーナを抱き留めた。


「すまない……すまない、叔父上! 僕の、せいで……」

「いい……」


 レイジーナが汗を滲ませて、苦しげにゆるゆると首を横に振る。「いい」と零す声は、少しだけ震えていて、掠れていた。

 そんな、今までに見たことが無いほど弱っているレイジーナの姿に、ルトレギナの脳裏を過るのは、先程聞こえないふりをして目を逸らしていた、アマルスの言葉。


『あの冷酷無慈悲のレイジーナが、他人を守るとはね~』

『あの怪物皇子サマは明らかレイジーナのお荷物。だけど今のやさし~いレイジーナは、お荷物共を放っておけない。そうだろ?』


 アマルスの言う通りだ。

 ルトレギナは紛れもなく、レイジーナの他人で、レイジーナのお荷物。今や、レイジーナの命をも奪いかけている――怪物。

 それだというのに。どうして。

 どうしてレイジーナは――。


「どう、して。どうして、あなたは……怪物の僕なんかを。そこまでして、守ってくれる……? 僕は、何もわからなくて……おそろ、しい……」


 虫が鳴くような声で、ルトレギナは問いただす。

 片手で己の目を覆い尽くし、レイジーナから目を逸らしながら。

 怪物である己なんかを、命を懸けてまで守ってくれる理由が、どうしてもわからない。わからなくて、恐ろしいのだと。

 そう震えているルトレギナに、レイジーナはやはりいつもの如く「は」と不敵な笑い声を零した。


「何度も言わせるな、ルト。そんなもんの理由は単純明快。それはてめぇが――俺の甥だからだ」


 レイジーナは、初めて会ったばかりの頃も、同じことを言っていた。

 その変わらぬ答えが、ますますルトレギナを思い悩ませた。

「甥」だから、何だというのだ。それだけで、命を懸ける理由にはならないはずだ。

 そういう、どうしようもないこと考え続けて、一歩も動けないでいるルトレギナのもとへ、アマルスが近づいてきた。それに気が付いたのであろうレイジーナが、ルトレギナからその身を離し、独りでにふらりと立ち上がる。


「まさかてめぇ、皇帝陛下からも褒美の菓子をねだっていたとはな。〈黄金林檎〉はヤルンヴィド皇帝にしか献上されない特別な果実。それを食いたいからと、お得意先のダンデリオヌス家を蹴って、皇帝陛下の命を狂犬のてめぇが珍しく聞くとは……まったく。強欲野郎が。陛(・)下(・)の(・)狙(・)い(・)は俺だろ。大人しく付いて行ってやるから、こいつらは放っておけ。でなければ俺ごとてめぇを氷塊にする」


 血の気が引いた顔でありながらも、強気な面差しが消えないレイジーナが長杖を肩に担いで、トントン、と鳴らす。

 するとアマルスは、レイジーナの言葉にあっさりと頷いた。


「いーよ。黄金林檎のパイを皇帝陛下に貰えるなら、俺は何でもいいから。いつも世話になってるダンデリオヌス家の奴らには悪いけど~」

「悪いと思ってねぇだろ」

「レイジーナさぁ、身体弱いくせによくもまあそこまで無理するね? そんなに甥っ子が可愛いかよ。気持ち悪~」

「うるせぇ」


 レイジーナが、アマルスのもとへと歩み寄っていく。

 それを呆然と見ていたルトレギナは、遠のいてゆくレイジーナの背中に途轍もない焦燥感を覚えて、咄嗟にレイジーナを追いかけて転びながらも駆け出す。


「ま、て……待ってくれ、叔父上……!」


 ルトレギナの声が届いたのだろうか。

 顔だけで、僅かに振り返ったレイジーナだったが、レイジーナは素早く腕を振って、ルトレギナに長杖をかざす。

 すると、淡い青色の光線が走って、ルトレギナの頭を貫いた。途端に、ルトレギナは強烈な眠気に襲われて、その場に頽れる。

 おそらく、催眠作用のある魔術だろう。

 ルトレギナは遠のく意識の中でもひたすらに、レイジーナの背中へと手を伸ばし続け、レイジーナを呼び続けた。


「おじ、うえ……レイジーナ、おじうえ……」


 意識が暗闇に掻き消える寸前。レイジーナの、どこか寂しそうな声が聞こえた気がした。


「また、置いていくことになるな――悪い、ルト」

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