第9話 十七歳(友達無し)と十九歳(友達無し)
◇◇◇
「すまない、イグナジア。またペンを折って……」
「そうですか。こちら、替えのペンです。どうぞ」
「イグナジア。今日は一緒に食事を……」
「私は結構です。レイさんとお二人でどうぞ。後片付けは私がやっておきますので、お気になさらず」
「イグナジア、少し話を……」
「申し訳ございません。今は手が離せなくて。それでは失礼いたします」
あれから一週間。ルトレギナは未だにイグナジアとどこかぎくしゃくとしており、まともな会話すらできていなかった。
あからさまに避けられているわけではないのだが、何か話をしようとすると、イグナジアに上手く流されるので、そこで会話が途切れてしまう。
(僕はもっと……イグナジアを、知りたいというのに)
ルトレギナは研究室で文字を書く練習をしながら、細く溜め息を吐き出す。
「ここ。スペル間違ってるぞ」
不意に、背後から白い手が伸びてきた。珍しく手袋をしていないその手は、爪の先まで美しい。男性らしくも、白魚のような細い手はペンを持つルトレギナの浅黒い手に重なり、上からルトレギナの指ごとペンを掴む。すると、間違ったスペルの書き方を、まさに手ずから教えてくれたのだった。
その手――レイジーナの手が離れていくと、レイジーナはすぐにルトレギナの隣へと腰かけた。ルトレギナはレイジーナを振り向いて、ペンを置く。
「ありがとう、叔父上」
「いい。それより、随分と盛大な溜め息を吐いていたなァ? 叔父上がくだらねぇ悩みを聞いてやろうか」
頬杖をついて、にやにやと笑みを浮かべるレイジーナに、ルトレギナは半眼になってレイジーナを見やる。
「……くだらない悩みではない。叔父上は、いつも意地の悪いことを言う。みっともない僕を見て、少し楽しんでいる。僕はまた、叔父上を知った」
「そりゃあ良かった。俺を知っていただけて何より。それで? 何をてめぇはぐだぐだやってんだ?」
「ぐ……ぐだぐだ……」
ルトレギナは「ぐう」と唸りながらも、視線を手元に落して、ぽつぽつと悩みの種を吐き出す。
「……イグナジアと、上手く……話が、できない……どうすればいいのか、わからない」
「へぇ」
意を決して告白したルトレギナの悩みに、レイジーナの返事の声は呑気なものだった。
それに何だか腹が立って、ルトレギナは視線を上げてレイジーナを睨む。
しかし、頬杖をついてこちらを見据えるレイジーナの眼差しは、思っていた以上に真剣味を帯びていて、ルトレギナは咄嗟にぐっと身を引いた。
「てめぇはイグナジアと、どうなりたい」
それは、至極単純な問いだった。単純なようで、難しい問いだ。
しかし、ルトレギナは思考を巡らせる間もなく、口をついて本音が出る。
「もっと話をしてみたい……対等に。友人の、ように」
口に出してみて、ルトレギナは、はっと息を呑んだ。
それに気が付いたのであろうレイジーナが、念を押すように口を開く。
「そこは『ように』じゃねぇ。『友人になりたい』でいいだろうが。ばーか」
レイジーナが可笑しそうに小さく笑って、ルトレギナの肘を小突いた。
レイジーナに釣られて、ルトレギナも小さく笑みを零す。
(そうだったのか。僕はイグナジアと、友人になりたかったのか)
それがはっきりとわかると、何だか曇っていた胸の内が随分すっきりとした気がした。
己の真の願望がわかったからには、それを叶えるために、あとは動くのみ。ルトレギナは身を乗り出して、レイジーナへ率直に尋ねた。
「叔父上。僕は友人の作り方を知らない。どうすれば、イグナジアと友人になれる?」
ルトレギナの問いに、レイジーナが目を細めて見せる。
「さぁな。ただ、あいつはたぶん……イグナジアは、諦めの悪い男が好みだろうぜ。これは経験談だ」
そう言って、レイジーナが妖しい笑みを浮かべる。悪巧みを企てているかのような、しかし、どこか勇気づけられる笑みだった。
ルトレギナは「諦めが悪い、か……」と視線を漂わせて呟くと、すぐにレイジーナへと力強く頷いて、その場に立ち上がる。
「承知した。ありがとう、叔父上。ならば徹底的に粘って、執拗に追い詰めて……イグナジアと友人になってみせよう。では、さっそく行ってくる」
そう早口に言い残して、ルトレギナは研究室を走り去った。
背後からは、レイジーナの呆れたような、それでも面白がるような声が遠くに聞こえた気がした。
「友人の一人もいねぇ、十七歳と十九歳とは、まあ……酒の肴にするには、青臭すぎるな」




