第93話『直前のブリーフィング』
この後もう一話更新します!
26/6/27
後の表現と矛盾する描写があったため、修正しました。
グループチャットに短い通知が流れたのは、私が骸の感触を確かめ終えた頃だった。
視界の端に淡い枠が開き、そこにモリアの名前が浮かぶ。朝食のあとに作成したばかりの簡易連絡用チャットで、履歴と呼べるほどのやり取りはまだ少ない。そこへ、彼女らしい簡潔な文面が追加されていた。
『買い出しは一通り終わりました。少し見落としがないか確認してから戻ります』
うむ。
「そろそろか」
《現在時刻、昼過ぎ。集合予定時刻より大きな遅延なし》
「なら、私も下に行っておこう。部屋に籠もっていると、宿の一室なのに鍛冶場へ住み着いた気分になるからね」
床に敷いた布を畳み、散らばった端材をインベントリへ戻す。黒錆びの金属片だけは、少し長めに眺めてからしまった。
骸を腰へ固定し、部屋を出る。階段へ向かう廊下には、昼の温い空気が漂っていた。下の階からは食器の触れ合う音と、客たちの声が混ざって上がってくる。朝よりも幾分か騒がしい。イベント前日のせいだろうか、誰も彼もが明日の迷宮について話しているようだ。
一階へ降りると、窓辺の席では旅人らしき一団が地図を広げ、星二つから挑むべきか、星一つで様子を見るべきかを真剣に相談している。反対側の卓では、腕に覚えがありそうな男たちが大声で笑い、星三つに突っ込んでやろうと景気よく騒いでいた。
まったく元気なことだ。
私は奥の卓へ向かい、まだ誰も座っていない席へ腰を下ろした。なんだか骸の重みが落ち着くなあ。銀牙の時と同じような重さだからだろうか。急造にしては、思ったよりもずっと馴染んでいる。
しばらく何をするでもなく食堂を眺めていると、食堂へ入ってくる人影が。
「おや、ルイス君。早いねえ」
ヤトであったようだ。
「ヤトこそ。情報収集は終わったのかい?」
「ひとまずね。全部追うと切りがないから、重要そうなところだけ拾ってきたよ」
ヤトは私の隣へ腰を下ろした。すぐに説明を始めるかと思ったが、彼は卓の上に肘を置き、少し遠い目で食堂を眺め始めている。どうやら情報を詰め込みすぎたらしい。
「成果発表は、全員揃ってからにしようか」
「賛成だよ。二度同じ説明をするほどキャパシティに余裕がなくてね……」
私たちはそのまま、並んでぼーっとした。
旅人たちの笑い声。厨房から聞こえる調理の音。外から漏れ聞こえる遣り取り。なんとなく祭りの前の雰囲気に似ている気がした。もっとも、明日始まるのは楽しいお祭りというよりも、神々が用意した大規模な催しなのだが。ん、一緒か?
それから数分ほど経った頃、厨房の方からヒョコリとピシュカが顔を出した。手にはいくつか空の皿を抱えている。彼女は私たちの卓を見るなり、少し首を傾げた。
「あれ、二人ともどうしたの? 注文もせずに、そんなにぼーっとして」
「明日のことでね。少し準備疲れかな」
「ああ、神様からの啓示のやつ!」
ピシュカの表情がぱっと明るくなった。
「私も受けたよ。境界迷宮踏破戦、だったよね。ルイスさんたちは参加するんでしょ? 頑張ってね!」
「ありがとう。ピシュカは参加しないのかい?」
「しないしない。うちは宿屋だもん。お父さんもお母さんも、ああいうのは腕の立つ人たちが行くものだって言ってたよ」
彼女は当然のことのように言った。旅人にとっては楽しいゲームの中でのイベントで、住人にとっては神々から示された任意の訓練。参加するかどうかは個人の自由で、受けない者も珍しくない、と。
「やっぱり、住人の参加者は少ないのかな」
「少ないと思うよ。だって、危ないし!神様たちは、アビステイカーとか、そういう怖いものに対抗するための訓練の機会だって言ってたけど、死んじゃったら意味ないもん。受ける人は、騎士さんとか、傭兵さんとか、冒険者さんとか、かなり腕に自信がある人たちだって聞いたかな」
「なるほど。旅人の多くは死ぬ恐れが無いから参加するのに対して、住人は死んだら終わりだから、腕に覚えがある者だけが受けるのか」
「そうそう、みんなそう言ってたよ。だから、うちみたいな宿屋にはあんまり縁がない話かな。でも、旅人さんがたくさん泊まってくれるのは助かるよ!」
ピシュカは屈託なく笑った。
そりゃそうか、と私は思った。旅人は死んでも戻る。当然それなりの損失もあるが、根本的にはやり直せる仕組みだ。がしかし、ロヨンたちは違う。彼らは私たちと同じ卓に座り、同じ飯を食べるが、その命の扱いはまったく同じではない。
何度でも思う、ポラリスは甘くないな、と。特にイベントという形を取りながら、住人の命を普通に賭けさせる余地を十分に残しているところとかね。
「ロヨンさんも行くんだよね?」
「その予定だよ。だから気をつけないとね」
「うん。ルイスさん、ちゃんと守ってあげてね」
「努力はしよう」
その流れで昼食を頼む。そろそろ他のメンバーも来るだろうと四人分を頼むと、ピシュカは元気よく厨房へ戻っていった。
それから少しして、モリアとロヨンが戻ってきた。
外はかなりの盛況ぶりだったのか、少し草臥れで見えた。若干目が死んでいるのは、私の気のせいだろうか。二人は私たちの卓を見ると、ほぼ同時に息を吐く。
「お待たせしました」
「いや、ちょうど良い頃合いだよ。先に昼食を頼んでおいた」
「それはありがたいですな。ああ……なかなか骨が折れましたぞ」
二人して空いている席に腰をかけると、全身の力を抜くようにグデッと背もたれに倒れた。相当難航したようで、その様子はあんまりだった。
「まず買い出しの報告からで良いですかな」
「うん、お願いするよ」
モリアがインベントリから大量のアイテムを取り出すと、それを机上へ一つずつ並べていく。
「回復薬が人数分と予備。毒、麻痺、火傷への対処薬を少数ずつ。包帯、清潔な布、止血用の粉。照明具は小型のランタンと、短時間だけ光る石をいくつか。水袋、保存食、簡易食。それから罠確認用の細棒、紐、安い投擲用ナイフ、粉袋、金属杭を買いました」
「おお、壮観だ……」
初めて見るアイテムばかりだが、なんだかそれっぽいじゃないか。
「呪いや精神に作用するものへの対処品もありましたが、想像よりもずっと高かったので、今回は見送りました。品薄になっているらしく、今朝の時点で値が上がっています」
こればかりはイベント告知から開催までが急だからね、仕方がない。むしろ予め備えていた者が偉いのだ。
値が上がる前に目を付けられていれば、とも思ったが、今さら悔やんでも仕方ない。回復薬と基本的な対策品が揃っただけでも、素寒貧な朝よりは随分とましな装いだろう。
「店主の話では、旅人向けの回復薬と照明具は今日中にかなり捌けるだろうとのことでしたな」
ロヨンがツルツルの顎を撫でながら続けた。
「他の旅人たちも準備に走っております。中には、星三つ以上へ挑むと息巻いて高価な薬を買い込む者もおりましたぞ」
「なるほど。上を狙うなら、かなりの出費になりそうだね」
「そういうことですな」
「私たちは身の丈で行こう。どうやら背伸びはまだ早そうだ」
今回のイベントの結果は、色々な悪巧みの材料になるだろう。
「次は私かな」
ヤトが卓の上へ視線を落としたまま言った。彼は自分用にまとめたメモを開き、何度か指で流れを確認する。
「ルールや流れはもう皆知っているだろうから、今回は注目されている集団と人物だけに絞るよ。まず有力集団で名前が挙がっていたのはガルトラッゾ。現時点での最強ギルドって扱いをされているところだね。上位難易度へ挑むなら、まずこの名前は外せないって雰囲気だった」
「最強ギルド」
私はその響きを口の中で転がした。分かりやすい看板だ。果たしてどんな力を持っているのだろうか。
「次にバグキングダム。略してバグキン。蟲人系の有力ギルドで、種族特性と連携が強みだそうだ。迷宮みたいな閉所だと、戦い方次第でかなり目立つんじゃないかって話が出ていた」
バ、バグキン……。
「蟲人の集団か」
「うん。それから、龍人中心のフレイムドレイク。飛行能力や火炎、龍魔法が強みだから、開けた階層なら派手に動けると思う。ただ、迷宮の構造次第ではその強みを潰される可能性もあるって言われていたかな」
私は卓に並んだ金属杭を一本つまみ、指先で転がした。何でもない道具でも、使い方次第では簡単に命を奪える。立派な翼や強烈な火炎も、天井が低ければ窮屈なだけかもしれない。
「個人だと、レグルスという大盾使い、セシルという白い棺桶を背負った回復役、あとアッシュという槍使いの名前が出ていた。どれも掲示板で目立つ程度には実力があるみたいだ。特にレグルスは、今回のイベントで特に活躍できそうだって話だったかな」
「タンクか。たしかに迷宮では重要そうだね」
私たちには無いロールだ。多くのゲームプレイを通して理解してきたことだが、パーティプレイにタンクは不可欠だ。それを考えると、現状のこの集団は少々歪だと言わざるを得ないな。
「うん。それからセシルは見た目のインパクトもあって、かなり話題になっていたね。白い棺桶を背負った回復役って、一目で覚えやすいから。アッシュは単純に槍の腕が凄まじいらしい。一部では豪槍って呼ばれているみたいだよ」
「なるほどね」
もう既に個人として話題に挙がるようなプレイヤーが出てきたのか。とはいえ、今回の結果次第では更に多くの人々が話題に挙がるようになるのだろうな。かく言う私たちも十分にその候補足り得るだろう。
以前の掲示板回で名前が挙がった集団が、ここに来て再登場です。今回のイベントの仕様上、直接接触する可能性は限りなく低そうですが、あるとすればランキングで名前が並ぶかも……?
そこはこの先のお楽しみですね。




