第92話『イベント前日』
日本勝ちましたね!!嬉しすぎます……(T_T)
さて、明日は複数話投稿する予定です。お楽しみに!
ログインすると、やはり最初に見えたのは木の天井だった。見たことないなんてことはなく、昨夜のログアウト時にも一度見た天井だ。
窓はきっちりと閉まっているが、外からは通りの音がそれとなく入ってくる。現実の部屋よりもずっとこちらの方が朝らしいというのは、なんだか変な話に思える。
《起動確認。状態異常なし》
「おはよう、マリー」
《おはようございます》
「よーし、まずは朝食だね」
私は外套を整えて部屋を出た。
一階へ降ると、食堂には優しい朝の光が差していた。丸卓にはこの宿の利用者であろう数組の客が座り、焼きたてのパンと湯気の立つ椀を前に談笑をしている。厨房の方からは、何かを調理しているであろう音と、元気なピシュカの声が聞こえた。
食堂を軽く見回すと、奥の卓には既に私以外の全員が揃っていた。
ロヨンは手元の冊子を眺め、、モリアは湯気の立つ椀の前でただ静かに座り、ヤトはパンを片手に少し困ったような笑顔を浮かべている。
「おはよう。私が最後か」
「おはようございます、ルイス殿」
「おはようございます」
「おはよう。よく眠れたかい?」
「もちろん」
席へ着くと、ピシュカがすぐに朝食を運んできた。良く焼けたパンと卵、豆の煮込み、香草を浮かべたスープ。昨日の夕食より幾分か軽いが、共同宿の話を聞いた後では充分すぎるように思えた。
「ところで、昨夜のアレは見た?」
私がそう切り出すと、三人の表情が揃って少しだけ変わった。
「機神様より信託がありましたな。たしか……、境界迷宮踏破戦、でしたか」
「掲示板も大騒ぎでした。イベント用のスレッドが一気に増えていましたね」
ロヨン、モリアが静かに答える。ヤトもパンを手元の皿に置き、肩を竦めた。
「私も少し見たよ。皆、まずは星三つへ突っ込むだの、星六つへ記念受験するだの、元気いっぱいだったねえ」
「うーん、素晴らしい。ポラリスユーザーの健康状態は良好だ」
「果たして健康なのかな、それは」
私の言葉に早速突っ込むヤト。そんなこんなで、皆で団欒しつつ朝食を食べ、明日行われる予定のイベントについて話し合った。
イベント開始は明日の正午。専用の特設拠点から境界迷宮へ入り、難易度は☆から☆☆☆☆☆☆まで。現時点ての推奨範囲は☆から☆☆。インスタントダンジョンの攻略で得られるDPは各種アイテムや素材と交換でき、ランキングはボス撃破数、難易度、攻略速度、探索達成度などで集計される。敵は撃破することでドロップを落とすが、素材量は通常より減る。構造、敵、宝箱、罠、報酬内容は入場ごとに変化し、死亡や装備破損、状態異常、所持品消費などは通常仕様に準じる。
「明日ということは、今日は丸一日準備に使えますな」
ロヨンが髭を撫でる。
「そうなる。今日の準備を雑にすると、きっとそのまま痛い目を見るよ」
「回復薬、状態異常対策、水、食料、照明、罠対策……必要そうなものは多いですね」
モリアが指折り数える。モリアの指摘通り、きっと予想だにしない角度から様々な試練が降りかかるはずなので、あらゆる困難に対処できるだけの備えが必要不可欠だ。
私は自分のインベントリを思い出した。アレコレと面白いモノは沢山眠っているが、旅人らしい消耗品は驚くほど少ない。
「今さらだけど、私たちはあまり冒険者らしい備えをしていないね」
「ルイス殿の場合、これまでは自前で作り、自前で直し、自前で拾うことが多かったですからな」
「私は餌ならあるよ。うん、餌ならね」
ヤトが自分の腰の餌袋を軽く叩いた。
「残念ながら、迷宮の罠に丸餌を投げても解除できるなんてことはなさそうだよ……」
「できたら面白いだろうけどねえ」
「その場合、罠を餌付けできた最初のテイマーとして歴史に名を刻めるね」
軽口を交わしながらも、問題はかなり明白だった。
明日のイベントへ入るには、回復と補助の備えが足りない。加えて、私個人にはもっと大きな問題がある。
そう、武器だ。
溶岩蜥蜴との激しい戦いで銀牙を喪失してしまったのだ。今の私が頼れるのは、超適当に作り上げた有り合わせの剣一本のみで、他は回収品や工具を戦闘に転用できるかなと思える程度のものばかりだ。これらでも取り敢えずの間に合わせとしてなら振るえるが、境界迷宮で未知の敵と戦う主武装としては非常に頼りない。
なので、
「私の武器も作り直したいかな」
「今の得物では不足ですかな」
ロヨンの言葉にすかさず返した。
「うん、かなり無茶だ。銀牙を作った時は、あれでもその時点の身の丈には合っていた。けれど今は、体も状況も色々と変わっている。そういうのも含めて、もう少しまともな得物を用意したい」
「なら、手分けしましょう」
モリアが言う。
「私とロヨンさんで買い出しに行きます。回復薬、状態異常対策、照明具、簡易食、水袋、罠を探るための安い道具、それらを買えるだけ買っておきます」
「儂も賛成ですな。店の者へ話を聞けば、旅人たちが何を買い込んでいるかも分かるでしょうし」
「私は掲示板を見ておこうか」
ヤトが控えめに手を上げた。
「現状では、恐らく皆ほど役に立てないけど、情報を拾うくらいならできるからね。イベント総合、準備品、検証、愚痴、考察辺りを横断的に見てみるよ」
「助かる」
私は素直に頷いた後、少し間を置いた。
「……すまない。自分だけ武器作りに時間を使う形になる」
申し訳なさを表に出すのは、どうにも座りが悪い。私は別に善良なリーダーを演じたいわけではないが、全員でまとまって動く以上、私の都合で彼らの役割を分担することに変わりはなかった。
普段なら他所のユーザーなんて心底どうでも良いと思ってるし、なんなら今でもそう思っている節があるにはあるのだが、一度身内だと思ってしまうとそうもいかない。そんな中で自分だけ私欲に時間を使うというのも、なんだか言葉にしずらい感情だった。
「構いませんよ」
モリアの返答は随分と早かった。
「ルイスさんの武器が整うことは、回り回って結果的に全員の安全に繋がりますから」
「その通りですな。前に立つ者の得物が頼りなければ、後ろも落ち着きませんぞ」
ロヨンも続ける。
「私としては、むしろ強い武器を持ったルイス君に前に立ってもらえる方がありがたいねえ。平原の兎に逃げられる男より、よほど信用できるだろうね」
卓の上に小さな笑いが落ちた。
よし、ということで本日の方針は決まったか。ロヨンとモリアは買い出し。ヤトは掲示板の巡回と情報整理。私は部屋へ戻って武器作り。昼頃に一度合流し、必要なら追加で動くということで。
朝食を終えると、私たちは宿の前で一度別れた。外は既に賑わい始めている。イベント告知の翌朝らしく、市場の方からは旅人向けの呼び込みが聞こえていた。
私はインベントリから硬貨の入った小袋を取り出し、ロヨンへ渡した。
「買い出し分だ。必要そうなものは多めに頼むよ」
「承知しました。回復薬と補助道具を中心に見繕ってまいりましょう」
「妙な物があればそれも確保しておいて」
「必要品を優先します」
モリアが即答した。
ロヨンとモリアは市場の方へ向かい、私とヤトは共に三階まて昇ると、それぞれの仕事のために宛てがわれた自室へ戻る。部屋の扉を閉めると、外の騒がしさが少しだけ遠くなった。
まず床に厚手の布を敷き、その上に使えそうな素材を並べる。宿の備品を焦がしたり削ったりすれば、女将に叩き出されかねないからね。小麦香る楠亭のパンを失うのは、今の私にとってかなりの損失である。
《武装作成に利用可能な候補素材を抽出します》
「よろしく」
使えそうなのは、これまでの探索で手に入れてきた各種部品。銀牙作成時に残った銀索蜘蛛の外殻端材、背甲の薄片、口器片の欠け、銀索糸の余り。それから溶岩蜥蜴の外皮鱗、断熱膜、凝熱血晶、熱を逃がす筋束の余り。そして岩槍の広場で拾った白結晶が少量。遺った銀牙の一部も使えるか。
どれも主役としては物足りないが、上手く組み合わせることで、有り合わせの剣よりは遥かにマシな物に仕上がるはず。
最後に、昨日買った黒錆びの金属片。
石炭色の錆に覆われた、砕けた機構の一部のような破片。マリーの目算では、微弱な未知のエネルギー反応があるそうだ。用途不明。危険性不明。ただし魅力は十分。
「こう見ると、まともな素材が一つもない」
以前と同じようなものじゃないか。私は床に広げた布の上に膝をつき、素材の一覧を眺めた。
「結局、剣だね」
《妥当です。片腕用の中型剣を推奨します》
「長剣は無理か」
《現在の素材構成では、均質な長刃の形成に失敗する可能性が高いです》
「なら、少し厚めの片刃剣。長さは左腕で扱える範囲。芯に銀牙の残骸、外側に外殻と背甲片。切っ先と刃元へ口器片。柄の固定に銀索糸。熱と歪み対策に溶岩蜥蜴の断熱膜と凝熱血晶。アクセントて白結晶を少々」
私は布の端に置いた黒錆びの破片を見た。
使いたい。非常に使いたい。がしかし……
《推奨しません。用途不明素材を主武装へ混入した場合、想定外の反応が発生する可能性があります》
……今回ばっかりは危険な賭けは避けるべきか。本来ならここであらゆる劇物を突っ込みたいところだが、そうも言ってられないからね。
ファブリケーターを起動する。
視界の端に淡い水色の渦が生まれた。布の上に並べた素材が一つずつ浮かび、薄い線で結ばれていく。
残骸が剣の中心線として伸びる。わずかに癖があり、かつての名残のような癖がある。私はそれを無理に正さず、過去の記憶を頼りに調整を重ねていく。
外殻と背甲片が用途に合わせて砕け、薄い板となって芯の左右に重なる。口器片は鋭さを利用して刃先と根元へ回した。銀索糸が内側で締まり、金属フレームが全体を整える。そこへ溶岩蜥蜴の断熱膜と凝熱血晶、白結晶が少量ずつ噛み合い、それぞれの素材が互いの歪みを押し合いながら一本の形剣へ生まれ変わっていく。
渦の中で、剣の輪郭が固まっていくのを眺めた。
長すぎず、短すぎず。片腕で扱うため、柄はやや短めに。刃は片側に重心を寄せた片刃。背は厚く、切っ先はかなり鋭い。ただし刺突専用だというわけではなく、斬り込み、引き抜き、骨や甲殻を割ることも可能な形状をしている。
滑らかな白銀でも、騎士が掲げるような清廉な刃でもなく、少し黒ずんだ背甲の積層が刃にまだら模様を作っている。全体としては灰色であるが、ところどころに赤と黒のグラデーションが彩りを加えている。
持つ前から分かる。こいつはやれるぞ、と。
《形状安定、内部固定完了。生成が完了しました》
水色の渦がほどけ、完成した剣が布の上へ落ちる前に、私は左手で受け止めた。
ズシリと重いが、銀牙の時のような振り回される重さではない。掌へ吸い付くように連れ添った柄が馴染む。
私は立ち上がり、部屋の中央で軽く構えた。左腕一本。肩、肘、手首、指。機械の関節が順に噛み合い、剣の重心が身体の前へ収まる。
「うん、急誂の付け焼き刃にしては悪くない出来なんじゃないだろうか」
私は刃を部屋へ差し込む光へ向けた。灰色の刃元から、鈍い赤黒の刃先へ光が照り返る。私はその剣を軽く振り、空気を裂く低い音を聞きながら銘を考えた。
「よし、この剣の銘は『骸』にしよう」
遺された柄と斃したモンスターの残骸から組み立てた剣なんだし、これが相応しいと思った。
すみません、誤字修正は来週の週末にまとめて済ませることにします。その頃にはこの章も良い所まで進めそうですので、それに合わせる予定です。それまではご不便をおかけしますが、何卒お待ちいただければ幸いです。




