第90話『長い一日の終わりに』
この後もう一話投稿します!
西門を抜けると、平原の土っぽい匂いは市場の匂いに塗り替えられた。
焼いた肉、煮込んだ豆、革、香辛料、汗、荷車の油。街の内側へ一歩入るだけで、空気が一気に鮮やかになる。夕方前の市場は昼よりも人が増えていた。平原帰りの旅人が採取品を売り、露店の主人たちは夕食前の客を捕まえようと必死に大きな声を張っている。
「夕食まで少し時間がある。各自、見たいものを見てくるというのはどうかな」
私がそう言うと、待ってましたとばかりにモリアの視線が薬草を売っている露店の方へ向き、同じくロヨンの視線は古書らしき束を並べた店先へ動いた。ヤトも革紐や餌袋を吊るした屋台を見ている。
「合流は小麦香る楠亭。そうだな、夕食前でいいね」
全員が頷き、それぞれ別の方向へ散った。
私は市場の大通りから少し外れ、古い道具を扱う一角へと向かった。大聖殿へ行く際にチラリと確認したのだが、なかなか趣深い様相を呈しているのだ。薄暗い布屋根の下に、由来の分からない雑多な物が適当に積まれている。欠けた皿、古い金具、錆びた短剣、片方だけの手袋、瓶詰めの何か。本物のゴミと掘り出し物が、ほとんど同じ顔で並んでいるのが最高だ。
こういう場所はいくら眺めていても飽きないからね。
新品の道具屋は、私には少し狭すぎるのだ。剣は剣、鍋は鍋、笛は笛として売られ、値段も用途に見合った退屈な値で、特に面白みもない。しかし、このゴミの山では、値札と使い道が遥かにかけ離れたアレコレが眠っていることもある。一見ただの傷物でも、実際はすごい掘り出し物でした、なんてことがいくらでも起こり得るのだ。
私は退屈そうに黄昏ている店主に断り、その山をゴチャゴチャと漁った。
店主は片目に曇った硝子片のようなものを嵌めた老人だった。こちらの右腕を見ても、とくに遠慮も驚きもない。何かが売れれば良いという顔で、椅子に座ったまま干した果物を噛んでいる。
最初に目についたのは、罅の入った小さな骨笛だった。祭具か、呼び子か、子供の玩具か分からないが、表面には細い刻みがあり、吹き口が少し歪んでいる。手に持つと、内部の空洞に妙な引っかかりがあった。吹き口から覗き込むと、どうやら音の通る道が曲がっているようで。
全体に走る罅のせいで楽器としての価値は落ちるが、何やら例えようのない魅力を感じてしまった。一旦キープで。
次に、煤けた小さな輪具が気になった。首輪にも腕輪にも見えるが、細部を観察するにどうやら古い祈りの道具か封印具に近い物であるようだ。ところどころに黒く焼けた跡があり、それによってか刻印の一部は潰れている。
輪の内側には、サクス文字とは違う不思議な記号が並んでいた。刻印や記号の内容を確認できればそれだけで十分な収穫になるし、割って中を見るだけでも価値はあるだろう。
三つ目は手袋だった。古い革製で、片方だけしか残っていない。指先には、くすんだ金の糸が繊細に縫い込まれていた。掌側の縫い目は擦り切れているのに、指先の金糸だけはまだ美しい形を保っている。
私が手に取ると、店主である老人が言った。
「そいつは元は対だったらしい」
「ほう。そのもう片方は?」
「紛失だ。前の持ち主がなくしたのか、荷の途中で消えたのか、うちの棚で誰かが片方だけ持っていったのかは知らん。片方だけの手袋なんぞ売れ残るに決まっているだろう?だから安いんだ」
なるほど。チラリと値札を確認すると、今までに気になったどのアイテムよりもずっと安かった。半額以下だ。
「安いのは良いことだ」
「……普通は買わんぞ、そんなもの」
「その通りだね。けどね店主さん、普通の買い物をするなら、別の店へ行っているよ」
老人は干した果物を噛み、少しだけ口元を歪めた。
よし、これもキープだ。
更に山から遠い場所にポツンと置かれた黒く錆びた金属片を拾う。形は酷く歪で、まるで複雑に欠けた硝子玉のようだった。石炭色の表面に走る錆の下に、普通の金属とは違う不思議な色合いをした地金が見えた。
《記録にない微弱なエネルギーを確認。詳細不明》
「うん、買いだね」
最後に、このガラクタの中では比較的まともに見える小瓶を手に取った。中には灰色の種が一粒入っている。一度水に濡れて乾いたかのようなボロい札には、読みにくい字で「芽吹かず」とだけ書かれていた。そもそも種が死んでいるのか、発芽に特別な条件が必要なのか分からないが、モリアへのお土産にちょうど良いだろう。
老人にまとめて値段を聞くと、数が増えたからか思ったよりも高かった。
迷わず値切った。骨笛の罅、輪具の焼損、手袋が片方しかないこと、金属片が用途不明であること、種瓶の不発を順に指摘する。老人は途中で面倒になったらしく、干し果物を噛みながら片手を振った。
結果的に二割引程になった。悪くない買い物だったのではないだろうか。支払いの直後に【交渉上手】、【迷惑客】なる称号を得たが、これはなんだ?嫌がらせか?
まあなんにせよ、気前のいい買い物だったのではないだろうか。無駄遣いとも言う。
私はそこから少し離れた人目につかない場所へ移り、先程インベントリに収納した物を簡単に整理をした。
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▼物色結果▼
■罅割れた骨笛
分類:用途不明の古道具
状態:破損/音階不安定
備考:内部の空洞に歪みあり
■煤けた祈り輪
分類:古い祭具または封印具?
状態:焼損/刻印の一部欠落
備考:できたら鑑定したい
■金糸入りの作業手袋(片手のみ)
分類:作業具
状態:経年劣化/全体的な糸の解れ
備考:本来は左右一対であるそうだ。簡易鑑定では詳細不明。奇跡的に左手用だったので、迷わず購入。
■黒錆びの金属片
分類:素材
状態:黒錆/微弱なエネルギー反応
備考:元は丸い機構だったものが、衝撃によって砕け散った際に残った比較的大きな破片?謎のエネルギーを感知。
■乾いた灰色の種
分類:種子
状態:休眠または死滅
備考:札には「芽吹かず」と記載。モリアへのお土産
支出:
そこそこ痛い
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こんなところか?
ある程度納得したところで、ウィンドウを閉じる。すぐ役に立つものなら、普通の店で普通の値段を払えば済むのだが、私が欲しいのはそういった退屈な物ではなく、もっと値段と状態の釣り合いが崩れた面白いアレコレなのだ。私の琴線に触れる物なら、例えそれがら傷物でも一向に構わない。
今後も大きな都市を訪れた際は、こういったお宝探しをルーティンに組み込んでも良さそうだ。思いもよらない値打ち品に出会えるかもしれないからね。
そんなこんなで小麦香る楠亭へ戻る頃には、通りに淡い露店の火が一つずつ灯り始めていた。
それらを横目にマップの案内に従って楠亭へとひたすら歩き続ける。ようやっと辿り着いた我らが宿には、この長い一日を経験してか懐かしさを覚えるから不思議だ。
中へ入ると、すでにロヨンが食堂の端の卓に座っていた。卓の上には古びた冊子が二冊置かれている。大聖殿周辺の案内と、神々の祈りをまとめた写しらしい。彼は眺めていたそれらを丁寧に閉じ、私へと視線を向けた。
「どうでしょう、お気に召す物はありましたかな」
「もちろん。有意義な散財だったよ」
「私も同じようなものです」
少し遅れて、モリアが戻ってきた。話を聞くに、どうやら乾燥薬草、土?見覚えのない蔓の切れ端を購入したようで。彼女に先程購入した種瓶を見せると、彼女は無言でそれを受け取り、食堂を照らす淡い光に透かした。
「……これ、まだ生きていますよ」
「おっ、と……?そうなの……?」
「はい。ここではアレなので、〈アイランド〉に戻ってから実験しましょう」
「いいね」
お互いに購入した物を見せあっていると、ヤトが帰ってきた。彼は革紐の束、既に腰に装着している巾着よりも一回り大きな餌袋、それなりに大きな布?の束をを持っている。詳細は分からないが、きっとテイマーとしての働きに使えると思ったなにかだろう。
私たちはそれぞれが買ってきた物を卓上へ並べた。
「わあ」
ヤトが第一声でそう言った。
「わあ、とは」
「いや、ルイスさんらしい買い物だなあと思いまして」
ヤトは罅割れた骨笛を手に取り、細い罅を指でなぞった。
「これ、笛なのかい?」
「たぶんね。祭具か玩具かもしれないけれども、なんだかビビッときてね」
「一見壊れているように見えるねえ」
「その通り、それ、壊れているんだ。だから安かったよ」
「……ああ、壊れているんだ」
「損はないよ」
ヤトは困ったように笑ったが、笛への観察は止めない。指先で罅を避けるように持ち、耳元で軽く揺らす。当然音は鳴らないが、ほんの少しだけ空気が擦れるような気配があったのは気のせいだろうか。
そこへピシュカが夕食を運んできた。
香り高い厚切りのパン、豆と根菜の煮込みスープ、香草を擦り込んで焼いた肉。卓の上が一気に夕食の色になった。
「今日はよく歩いたでしょう?お腹いっぱい食べてくださいね!」
「よく歩いたし、よく逃げられたねえ」
ヤトがそう言うと、ピシュカは一瞬だけ首を傾げた。
「じゃあ、なおさら食べた方がいいですよ!」
その通りだ。
夕食は美味かった。肉は香ばしく、スープの煮込みは味が濃く満足感が凄かった。皆最初の一口で黙り、その後はしばらく食事に集中した。
食事を終えると、そのまま席に座って今日の結果を整理した。ヤトの現状を改めて再確認し、今度はコレを試そうアレを検証しようとブリーフィング。
ロヨンは先程購入したであろう冊子を開き、人魔神ロメルガの項目を見せていた。人と獣、群れと孤独、その境目に立つ神。かの神に纏わる話や、その神への理解に繋がりそうな説明がツラツラと書かれていたので、何かしらの糧になれば良いのだが。
モリアは灰色の種瓶を卓の端へ置き、それをジッと眺めていた。その種にどんな魅力があるのか分からないが、ずっと眺めているその姿からは、私もその種に不思議な力が眠っているのではないかと思えてならない。
そうしてアレコレ話し合っていると、いつの間にか外は暗くなっていた。ピシュカが皿を下げ、女将が明日の朝食の時間を教えてくれる。
ちょうど良い時間だということで、次に集まれる時間を軽く話し、解散と相成った。そのまま三階へと上がり、宛てがわれた自分の部屋に戻る。
「うーん、楽しかった」
小麦の匂いが残る宿の三階で、ログアウトをした。
第86話にて宿屋があたかも二階建てであるかのような表現があったので、取り急ぎ修正しました。
それから、リアクション?スタンプ?ありがとうございます!久しぶり確認したら、皆さん結構押して下さっているみたいで、なんだかほっこりしました。




