第83話『街へ征こう』
明日は複数話投稿します。
薬が効いたのか、すっかり元気になった反面、常時眠くなる状態異常になりましたが、それでもずっと楽ですね。なんせ寝ていれば体調が良くなるので。
諸々の準備が終わったのは、二日後のことだった。
日数がかかったことに特別な理由があったわけではない。モリアの予定が単純に合わなかったことが大きい。
彼女は大サクス神殿に作られた畑と植物園の確認に、思った以上の時間を使っていた。土の区画、水の流れ、光量の調整、種子保管庫、危険植物を隔離できそうな場所。それらを一つずつ確かめ、手持ちの種や素材をどこへ置くか決めていく作業は、彼女にとって明らかに遊びではなく本業に近いものだった。
それゆえか、思ったよりも遅くまでログインしていたようなのだ。弱い体を押してゲームを続けてしまい、少しだけ体調を崩してしまったようである。とはいえ、今はもう回復しているので、あまり心配するのはどうかとも思うが、私と同じような虚弱体質なので心配といえば心配だ。
ここで無理に引っ張り出して、後で管理不足による事故が起きました、では笑えないし。
危険な植物を安全に育てられる畑。そう表現するだけで、今後の悪巧みに使えそうな匂いがするのだから、彼女には健やかに居て欲しいものだ。薬にも毒にも、拘束にも目眩ましにも使える植物が育つのであれば、モリアの準備期間はそのまま私たち全体の戦力強化に繋がるしね。
私としても、急かす理由は無いしね。ゲームだから、体調を崩してまでやるものでもあるまい。
それは置いておくとして、だ。
その二日を情報収集に使うことにした。もちろんアルラン王国第一都市、アルラスについてだ。
現在合流予定のヤトがいる街であり、大聖殿があり、さらに東門の先には機神サクスザント様に関係すると思われる小祭壇の報告がある。目的地としては、これ以上ないほど釣り針が大きかった。
まず、ロヨンが知っている範囲の地理を改めて確認した。
彼の記憶は、あくまで三年以上前のものだ。十年前からサンクティンの調査を始め、三年前には地下へ取り込まれてしまった。なので、今の国境や街道の治安、旅人の出現による変化までは分からない。けれど、アルランという国名や、アルラスという都市名そのものには心当たりがあった。
この大陸に生きるものとしての常識なのかもしれないが、一応の確認だ。
「アルランは、ハルサイファン大陸における主要国の一つでございますな。私の知る限り、第一都市アルラスは古くから人と物の集まる要地であり、大聖殿の名もよく知られておりました」
ロヨンは、図書館から持ち出した古い地誌を開きながらそう言った。
談話室のテーブルには、古びた本と、私が掲示板から拾った情報をまとめたウィンドウが並んでいる。水路の細い音が足元で響き、天井から下がる照明が柔らかく揺れていた。あまりにも落ち着いた空間なので、これから街へ向かうための作戦会議をしているというより、旅行前の下調べをしている気分になる。
まあ、実際にやっていることは旅行前の下調べに近いのかもしれない。問題は、その旅行先で厄介な神殿や危険NPCやテイマーなのに獣に嫌われている友人が待っているといつことだ。
「大聖殿が有名なら、ヤトがそこで始まったのも納得だね」
「ヒューマンであり、テイマーであり、人魔神ロメルガの恩寵を得たのでしたな。であれば、複数の神を祀る大聖殿へ導かれたとしても不思議ではありませぬ」
「問題は、その恩寵のせいでテイマーとして半分詰んでいることだけどね」
私がそう言うと、ロヨンは困ったように杖の頭を撫でた。
丸一日回遊魚をしていたので、掲示板側の情報もそれなりに集まった。
アルラスはアルラン王国の第一都市として多くの旅人が集まり、西門には市場、東門の先には湿地と古い水路跡、北には石切場、南には商業区や裏路地があるというのはこれまでの情報収集から分かっていたことだが、大聖殿は旅人の初期導線としてもかなり有名で、自分の恩寵を確認するために訪れる者も多いようだった。
つまり、初心者が非常に多いのが特徴らしい。ブレイチェックとは違って、派手に動くクランや有名プレイヤーも少ないようで、第一都市という名ではあるものの、未だプレイヤーの活動はそこまで活発でもない。
そして問題の小祭壇。これといって新たな情報はなかったが、常に確認しておく必要がありそうだ。
「合流前に直接向かうこともできそうだね」
私はウィンドウを指で軽く弾きながら言った。
ロヨンには今すぐ向かいたい気持ちもあるのだろう。機神様の信仰を広げる上でも、祭壇の存在は重要だ。壊れかけたものなら、なおさら見ておきたいと私でも思うのだから。
だが、ロヨンはゆっくりと首を横に振った。
「お気持ちは分かります。ですが、ヤト殿との合流を優先すべきでしょうな」
「うん。私もそう思う」
試したようで悪かったかな。
ヤトには既に、アルラスで合流することを伝えてある。大聖殿周辺を目印にし、危なそうなら無理に外へ出ず街の中で待つようにも書いた。こちらの都合で寄り道をして、合流の予定を乱すのは上手くない。
それに、テイマーなのに獣に避けられるという状況は、どういうことか気になるじゃないか。早めに見ておきたいんだ。
彼のためというより、面白いからだ。もちろん助けるつもりはある。あるが、面白いものを面白いと思う心まで捨てる理由はないからね。困っている友人を救いに行くついでに、その困り方がこのゲームらしくて最高にひどいのを見て愉悦するだけだ。その二つは、私の中で両立する。
「それで、ここからの距離なのですが」
モリアが手元のウィンドウや資料から顔を上げた。彼女も掲示板の移動報告を拾っていたらしい。枝の指先が空中を撫で、いくつかの書き込みがこちらへ共有される。
「頂いた情報や得た情報を踏まえて、アイランドからサンクティンまでの移動距離を基準にすると、サンクティンからアルラスまでは、ちょうど同じような距離感だそうです。もちろん、道を間違えず、途中で大きな迂回が発生しなければ、ですが」
「うーん、遠い、か?」
私は思わず、ソファの背へ体を預けた。
以前なら、その距離はかなり重く感じられたのだろうが、幸運なことに今は違う。
再鋳されし神造躯体と、抗い堪忍ぶ古代骨格へ昇華した二つの加護により、以前のような露骨な違和感はかなり遠のいていた。さらについでとばかりに得ることができた最適化によって、吸収同化した機構群の扱いも安定している。
レベルも今や十一。主要ステータスは五十五だ。
かつて箱の中でまともに立てなかった機械兵器としては、ずいぶん立派になったものだ。
「行けるね」
「行けますな」
「行けると思います」
三人の意見は、そこで一致した。
出立は翌朝。
大サクス神殿を出る前に、ロヨンは祭壇へ祈りを捧げた。モリアは畑の管理設定を最後まで確認し、いくつかの種子と、道中で使えそうな乾いた根の束を持ち出した。私はインベントリを確認し、間に合わせの剣と各種素材、最低限の食料や備品を整理する。
マリーによる機体診断も済ませた。
《右目欠損、右腕欠損、背部ブースター使用不能は継続。火属性耐性低下は-二十五パーセントで維持。炉心崩壊は出力不安定判定。自動最適化は微弱ながら稼働中です》
「つまり、いつも通りそれなりにひどいけど、動けるということだね」
《概ね正確です》
「もっと前向きな言い方はない?」
《戦闘および長距離移動は十分に可能です》
「よし、それでいこう」
そんなやり取りを終え、私たちは神殿を出た。
桟橋から湖を渡ると、外の空気が一気に荒野のものへと変わった。水鏡の窪地を取り巻く風には、湖水の湿り気と赤砂の乾いた匂いが同居している。新しく整えられた桟橋の白い石材は、日差しを受けても不思議と熱を持ちすぎず、足裏に伝わる感触も安定していたのが記憶に残った。
そこから先は、しばらく懐かしい道だ。
赤砂の大地を進み、岩槍の広場の外縁を抜け、かつて溶岩蜥蜴と死闘を繰り広げた場所を遠目に見ながら進む。ロヨンの氷が要所で足場を作り、モリアの根が崩れやすい地面を一時的に縫い止める。私は先頭で周囲を確認しつつ、必要なら大地魔法で足場や簡単な遮蔽を作った。
「楽しそうですね」
隣を歩くモリアが、ふとそう言った。
「うん、楽しいよ。前は歩くだけでも結構な苦行だったからさ。今は景色を見る余裕があるし、モリアも仲間になったんだ。心のどこかでピクニックみたいに感じているのかもしれないね」
「それは良いことです」
「うん。景色を見る余裕があると、色々なものに気が付くよ」
旅路は、少なくともサンクティン辺りまでは順調だった。
もちろん、全く何も起きなかったわけではない。赤砂の斜面では、砂の下に潜んでいた小型の蠍型モンスターに足を取られかけたし、岩槍の影では、岩に擬態した狼の群れがこちらを窺っていた。サンクティンに近づくにつれ、草地の中から黒ずんだ鼠のようなものも何度か飛び出してきた。
ただ、戦闘らしい戦闘として語るほどのものではなかった。
もちろん厄介ではある。油断すれば脚を噛まれ、毒を入れられ、あるいはモリアの枝を折られたかもしれない。だが、今の私たち三人なら十分に処理できる範囲内だった。ロヨンが足止めし、モリアが根と黒霧で動きを縛り、私が剣か大地魔法で仕留める。逆に私が前へ出て引きつけ、二人が横から削ることもあったかな。
改めて思ったが、モリアの制圧力はかなりおかしい。レベルによる暴力もそうだが、植物魔法の精緻な操作が私よりもずっと巧い。
乾いた土地では本領を出しづらいはずなのに、地面を割って根を出したり、黒い霧を集めて弾にしたり。相手を拘束して、逃げ道を消し、動けなくなったところへ淡々と止めを刺すその姿は、絵面が邪悪で大変よろしい。
うーん、この三人で街へ入るのか。
考えれば考えるほど、事故の匂いがするのは私の杞憂かなあ?
日が傾き始める頃、懐かしのサンクティンを囲う外壁が見えてきた。
灰色の巨大な壁は、遠目には都市というより古い岩山のようだった。崩れた縁には蔦が絡み、亀裂からは草が生えている。相変わらず風化の激しい都市だ。かつての建造物が長い時間をかけて大地へ沈み、その上から新しい命が薄く覆いかぶさっているように見えた。
初めて外へ出た時、私はこの壁を背にして歩き出したのだ。
「懐かしいですかな」
ロヨンが隣に並んだ。
「懐かしいね。戻りたいという意味ではないけれど」
「ええ。私も同じです」
彼の声は穏やかだった。
サンクティンは彼にとって、無為に三年を奪った場所でもある。けれど同時に、私と出会い、大サクス神殿へ繋がる道を開いた場所でもあった。その感情を一言でまとめるには、少々複雑すぎるのだろう。
私たちはサンクティンの少し外、街道から外れた岩陰に仮のキャンプを作った。
ロヨンが火を起こし、モリアが周囲に簡単な自律した警戒用の根を張る。私は火から少し距離を取り、背の低い岩へ腰を下ろした。火属性耐性低下はかなり緩和されたとはいえ、炎に寄りすぎる趣味はない。焚き火の赤い光が装甲の縁を照らし、欠けた右腕の影を地面に長く伸ばしている。
夜のサンクティンは静かだった。
辺りから何かが聞こえるわけでもなく、ただ風が草を揺らし、焚き火が小さく爆ぜる。遠くで獣のような声がしたが、それもすぐに消えた。
「改めて確認しようか」
私はウィンドウを開いた。
「アイランドからサンクティンまでが一つの区切り。ここからアルラスまでは、帰るのと同じ位の距離。途中の街道が歩ける程度に生きていれば、きっと予定通りに着けるだろう」
モリアが枝の指を焚き火へ向け、熱を確かめるように軽く動かした。
「この世界だと、面倒なイベントの方から歩いてくることが多いから、それは注意しないとだね」
「否定できませぬな」
ロヨンが深く頷く。
私は苦笑しながら、次に戦闘ログを開いた。
道中で処理したモンスターの記録を、マリーがまとめてくれている。戦闘シーンを一つずつ振り返るほどではないが、数字として見ると、やはりこの辺りの環境が優しくないことはよく分かる。
《道中の戦闘記録を整理しました。表示します》
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▼戦闘記録▼
♦討伐:レッドサンド・スコーピオン×2
♦討伐:ロック・ウルフ×3
♦討伐:ブラックスモッグ・ラット×6
♦討伐:サンドシェル・リザード×4
▼レベル上昇▼
♦レベルが11から13に上昇しました。
♦レベルの上昇に伴い、全ステータスが55から65へ上昇しました。
▼称号獲得▼
♦【指揮官】
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「おお」
思わず声が出た。
レベル十三。全ステータス六十五。
ついこの間まで、全ステータス五から始まった機械兵器とは思えない成長速度である。もちろん、初期状態が異常すぎただけで、他の旅人と比べればまだ分からない。モリアは既に二十二だし、掲示板を見る限り、もっと先へ進んでいるプレイヤーもいる。ステータスの伸びも貧弱に見えるが、成長は成長だ。自分の数字が増えるのは精神衛生に良い。
「また強くなりましたな」
ロヨンが嬉しそうに言う。
「数字の上ではね。右目も右腕も戻っていないし、背部ブースターも死んだままだけど」
私はウィンドウを閉じ、サンクティンの外壁へ目を向けた。
灰色の壁は、夜の中でますます大きな影になっている。アルラスまでは、まだ遠い。
それにしても、役者が増えてきたなあ。
盤面も少しずつ広がってきた。
「明日は、もう少し人の気配がある道になるかもしれないね」
「アルラスへ近づけば、旅人や商人と出会う可能性も高まりましょう」
「その時は、どうしますか?」
モリアが静かに問う。
私は少しだけ考え、焚き火の向こうで揺れる二人の影を見た。
「まずは穏便に」
ロヨンがわずかに肩を落とす。
「本当に、まずは、でございますな」
「もちろん。最初から騒ぎを起こしたら損をするのは目に見えているからね。相手を見て、街を見て、どこまで何を出していいか確かめる。全てはそれからだね」
「それから、何をするんです?」
モリアの声には、控えめながらも確かな期待があった。
私は左手を開き、火の明かりを受ける指先を眺める。
「決まってるだろう」
かつてサクスザント様が願った絶望と混沌。
それを今すぐ世界へ叩きつけられるほど、私たちはまだ強くない。けれど、少しずつ着実に手は増えている。ならば、やることは一つだ。
「面白くするんだよ。この世界を、私たちにとって都合よくね。楽しまなきゃ。そうだろう?」
焚き火が小さく爆ぜた。
ロヨンは何も言わず、ただ静かに頷いた。モリアは枝の指を膝の上で重ね、黒い霧の残滓のような影を足元に薄く滲ませながら、楽しそうに笑った、ように見えた。うーん、暗いからか、彼女の肌と相まってよく見えないんだよね……。
さて、そこに何が待っているのか。私は焚き火の向こうに広がる暗い街道を眺めながら、自然と口元が緩むのを感じていた。
次回、到着なるか。




