第82話『返信と目的地』
一日中横になっているのもあれだと思い、映画SHOGUNを見始めました。すごく面白いですね。
私はソファの背もたれから少しだけ身を起こし、視界の中央へウィンドウを固定する。ロヨンとモリアにも、私が何かを読み始めたことは伝わったのだろう。二人とも自然と口を閉じ、談話室には水路の細い音だけが残った。
表示された文章は、妙に丁寧で、それでいてどこか力の抜けたものだった。そして、な、長い……。
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ルイス君へ。
こんばんは。ひとまずゲームを開始して、少しだけ触ってみました。
いやあ、これはすごいねえ。良い意味でも悪い意味でも、想像していたよりずっと濃い毎日です。最初の案内AI?を見た時点で、仕事終わりに開くゲームを間違えたかもしれないと思いました。
種族はヒューマン、クラスはテイマーにしました。ここまでは、まあ私らしいというか、かなり無難な選択だったと思います。
問題は、その後でした。
恩寵の影響だと思うのですが、肝心の獣や魔獣に近付こうとすると、逃げられる、警戒される、たまに敵意を向けられると、まともにプレイできていません。近くの平原へ出て、初心者向けらしき小動物や弱そうな魔物に何度か接触しようとしたのですが、こちらが何かをする前に距離を取られます。
テイマーとして進むべき道に一歩踏み出す前から、既に高すぎる壁が立っているような感じです。
一人であれこれ試すのも悪くないのですが、このゲームは少し、一人で抱え込むには重い気がします。ルイス君が言っていた意味が分かりました。これは人を選びますねえ。
なので、できましたら早めに合流したいところです。
こちらの現在地は、アルラン王国第一都市【アルラス】です。今のところ、街の外の平原を少し見ただけで、遠出はしていません。
都合が合いそうでしたら、そちらの都合次第ですがアルラスで会えませんか。
ヤト。
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「……ふむ」
私は読み終えた後、しばらくウィンドウを眺めた。
なるほど。かなり困っているらしい。
文面は落ち着いているし、いつものように軽い冗談も混ざっているが、そこにある状況は普通に深刻だった。
テイマーが獣や魔獣に近づけない。挙句餌付けも難しく、本領発揮する前にそもそもの初回契約が厳しいようだ。従魔を得るための最初の一歩が、恩寵によって塞がれてしまっている、と。
ポラリス、相変わらずいい性格をしている。
「ヤトからだ」
私は二人へ視線を戻し、掻い摘んで内容を話した。
ヒューマンのテイマーとして始めたこと。アルラン王国第一都市アルラスにいること。そして、肝心の獣や魔獣との関係構築が、恩寵のせいでかなり難しいらしいこと。
モリアは枝の指を膝の上で重ねたまま、静かに聞いていた。ロヨンも杖へ手を添え、時折小さく頷く。
「テイマーなのに、獣に避けられると」
「そういうことだね」
本人にとっては切実な問題だろう。だが、どうにもこのゲームらしさが強すぎて面白く思ってしまうのは何故だろうか。機械仕掛けの身体で箱の中から始まった私、森でダンプカーみたいな猪に轢かれたモリア、地下に囚われていたロヨン。そこへ、テイマーなのに獣へ嫌われるヤトが加わる。
ひどい面子だ。面白すぎるだろう。
「街へ行く話をしていたところに、これだ。ちょうどいいと言えばちょうどいい」
ブレイチェックはまた後で、だね。
「アルラス、ですか」
ロヨンがその名をゆっくり繰り返した。
私は返信欄を開きながら、彼を見る。
「知ってる?」
「有名な都市です。大聖殿がございます」
なるほどね。まあ他の神を祀る神殿だ、ロヨンが知らないはずも無し、か。
アルラン王国第一都市アルラス。多くの旅人が集まる街。少なくとも、合流場所としては悪くない上、探索にも持ってこいだろう。
私は返信を打った。
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了解。こちらも街へ行こうかと話していたところでした。アルラスで合流しましょう。
大聖殿周辺なら目印として使いやすそうだし、危なそうなら無理に外へ出ず、街の中で待っていてほしいです。それから、合流後に軽く散策するのも良さそうだなと思いましたので、できましたら色々な情報を集めてくださると嬉しいです。
恩寵の話も、合流後に詳しく聞かせてください。
ルイス。
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よし、送信。
ウィンドウが淡く消える。
これで、次の目的地はほぼ決まったようなものだ。ブレイチェックではなく、まずはアルラス。情報収集、都市の確認、サクスザント様の信仰調査、ヤトとの合流。ついでに、彼の恩寵が本当にどれほど厄介なのかも確認したい。
私はグデッとソファの背へ身体を預けた。
「よーし、次はアルラスを調べよう」
話はそこでまとまった。
ロヨンは図書館へ行くことになった。大サクス神殿の蔵書に、アルラン王国やアルラスに関する記録が残っているかもしれない。古い情報であっても、地理や習俗、神殿の由来程度なら十分に役立つ。
一方で、私とモリアは掲示板だ。プレイヤー側の情報は常に新しいからね。信頼性は玉石混交だが、現在の空気を掴むにはこちらの方が早いだろう。
「では、後ほど」
ロヨンはそう言って立ち上がった。
杖を手に談話室を出ていく背中は、どこか急いでいるようにも見えた。大聖殿という言葉が余程効いたのだろう。多くの神を祀る街。その中で、機神サクスザント様の痕跡がどう扱われているのか。彼にとっては、ただの下調べでは済まないはずだ。
残された私とモリアは、それぞれ掲示板を開いた。
アルラス。
検索欄へその名を入れただけで、かなりの数のスレが引っかかった。
アルラン王国第一都市。大聖殿。西門市場。東門外の湿地。北の石切場。南区の裏路地。初心者向け依頼。危険NPC報告。料理バフ。宿の相場。大聖殿前の屋台。
多い。
流石は第一都市というべきか、情報の厚みが違う。サンクティンや岩槍の広場とは比べものにならない。人が多い場所には、当然のように話題も多く集まる。
まず拾えたのは、大聖殿についての話だった。
アルラスに降り立つ旅人を導く施設として機能しており、複数の神の祭壇が並んでいる。そこで祈ることで、自身の恩寵の真なる姿を確認できるらしい。ヤトもそこで人魔神ロメルガの祭壇へ案内されたのだろう。
テイマーとの相性は良さそうに聞こえる。聞こえるのに、実際の恩寵は獣から避けられる方向へ振れているのだから、一癖も二癖もある神なのだろう。
モリアは危険人物報告を重点的に見ていた。
アルラス西門外には、初心者を獣道へ誘導する白い仮面の短剣使いがいるらしい。南区の裏路地には、赤い傘を売りつけてくる怪しげな女性商人。北の石切場には、礼儀に厳しい採掘指導者。雑に接すれば痛い目を見るが、きちんと向き合えば特殊なスキルを得られる可能性もあるという。
「うーん、それにしても事故物件が多いね」
含意あることを呟くと、すかさずモリアがそれを拾ってくれた。
「大都市らしいですからね」
モリアは虚空を見つめたまま、短く答えた。
美味しい店や綺麗な景色より、まず危険な相手を把握する方が大事だ。どこに近づくと面倒になるのか、誰を刺激すると危ないのか、どの危険が避けるべきもので、どの危険が利用できるものなのか。
そういう情報は、街に入る前から調べておく価値がある。
私は別のスレを開く。
料理バフ関連の話題では、アルラス西門近くの黄色い豆スープが寒冷耐性を少し上げると書かれていた。大聖殿前の白蜜パンは、祈祷効率が上がるかもしれないらしい。パンを食べて祈りが上手くなるというのは妙な話だが、この世界なら普通に成立しそうで困る。
機神様にも効果があるのだろうか。無さそうに思えるのは、彼女と会話を重ねることで、何となくそのパーソナリティに触れたからだろうか。
さらに東方面のスレで、私は手を止めた。
機神系と思われる小祭壇の発見報告。むむむ。
アルラス東門から街道を外れ、低い丘と湿地の間を進んだ先に古い水路跡がある。その奥にある崩れた小屋の地下で、機神サクスザント様に関係すると思われる小祭壇が見つかったらしい。
損耗しているが、最低限の恩寵確認は使える。克服補助は条件不足しているようで、全体的な補修が必要である可能性もある、と。
「……これは」
思わず声が漏れた。
モリアがこちらを向く。
「どうしました?」
「アルラス東に、機神様関係の小祭壇が見つかっているらしい」
モリアの枝の指が、ぴたりと止まった。
「それは重要ですね」
「重要だね。ヤトとの合流以外にも、行く理由ができたよ」
アルラスへ行く理由が、また一つ増えた。
ヤトとの合流。大聖殿の確認。プレイヤーの多い第一都市。そして機神系小祭壇。ここまで揃うと、何を押してでも行かざるを得まい。特に祭壇なんかに関しては、他のプレイヤーの助けにもなりうるからね。
未だ機神様の祭壇や神殿は母数が限られているのだ、少しでも多く勢力拡大を進めるために、できることは何でもやるべきである。
問題は、アイランドからアルラスまでの距離と移動手段である。
そこはまだはっきりしない。掲示板上の地理情報を拾っていくと、アルラスはアルラン王国の中心都市で、東に湿地と古い水路跡、西には平原や市場へ繋がる門、北に石切場、南に裏路地や商業区らしき話題がある。地形としては豊かで、人の出入りも多い。
そこから、平原を抜けて進み続けた先に有名な山脈があるとの事で、これはこの旅路のマイルストーンになるかもしれない。
数時間ほど、そんな調子で情報を集め続けた。
最初は楽しかった。知らない街の情報を拾うのは普通に面白い。だが、掲示板は掲示板である。読み続けていると、だんだん文字の海に沈んでいくような感覚になる。装甲の身体に目の疲れがあるのかは分からないが、少なくとも精神的にはかなり疲れる。
モリアも同じだったらしい。
ふと、彼女が虚空から目を逸らした。枝でできた両腕を上へ伸ばし、蔓の絡む頭部を少し後ろへ傾ける。人間で言えば伸びをするような仕草だった。枯れ枝がかさりと鳴り、黒ずんだ葉が小さく揺れる。
「少し、疲れました」
「分かる」
私はソファに深く沈んだ姿勢から、さらに崩れた。
背もたれへ預けていた体を横へ倒し、片腕しかない身体をソファの上へだらりと伸ばす。ふかふかの座面が装甲の重みを受け止め、思ったよりもきちんと沈んだ。もし今の私に生身の呼吸があれば、だらしないため息が出ていただろう。
「今のルイスさん、かなりひどい姿勢ですよ」
モリアが笑った。
「自覚はある。クズみたいな姿勢だろう?」
「はい」
「正しい理解だよ」
枯れ木のような異形が笑うと、妙に雰囲気があるなあ。乾いた枝の間を風が抜けるような笑い方だった。本人が楽しそうなので、別に何でも良いのだが。
ちょうどその時、廊下の方から足音が聞こえた。
ロヨンだ。
彼は数冊の本らしきものを抱え、杖を脇に挟むようにして談話室へ戻ってきた。こちらの姿勢を見るなり、ガスマスクの奥でしばらく沈黙する。
「……見事に溶けておりますな」
「情報収集で疲れた」
「姿勢があまりにも」
「このソファが悪い」
ロヨンが呆れ、モリアがまた笑った。
私は横になったまま、ロヨンがテーブルへ本を置くのを見る。表紙には古いサクス文字と、アルラン語らしき文字が併記されていた。旅行記、地誌、祭祀記録、交易路の覚書。図書館から短時間で持ってきたにしては、なかなか良い収穫に見える。
私はようやく身を起こした。
「情報交換しよう」
ロヨンは頷き、本を一冊開いた。
まず分かったのは、アルラスが古くからアルラン王国の中心都市として扱われてきたことだった。街道の結節点であり、巡礼者、商人、旅人、傭兵が多く集まる場所である、しい。東西南北に立派な門を持ち、それぞれの門の外に異なる土地が広がっているのが特徴だ。
王都と呼ぶかは時代によって揺れるようだが、第一都市と呼ばれるだけの規模と影響力を備えていたのは間違いない。ただし、王族が暮らす都市はまた別にあるらしく、やはり王都とは呼ばないのだろう。
大聖殿についてもいくつかの記録があった。
単一の神を祀る神殿ではなく、多くの神々の祭壇を抱える大規模な祭祀施設であること。ふーむ、住人や旅人はそこで己の信仰と恩寵を確認するのか。ヤトがそこでスポーンしたのも、その仕組みによるものだろうね。
ロヨンは淡々と語ったが、大聖殿の話になると声の奥に熱が混じった。
多くの神を祀る場所。
そこに、機神サクスザント様の名が今も残っているのか。それとも、忘れられ、隅へ追いやられ、別の形に変わっているのか。彼にとって、それはただの観光情報ではないのだろう。
私の推測では、既に跡形も無いように思えてならないが、口にはすまい。
私とモリアは掲示板側の情報を整理した。
西門周辺は露店や屋台が多く、初心者も集まりやすいハブであること。黄色い豆のスープ、白蜜パンなど、食事バフに関する報告もある。北には石切場、東には湿地と古い水路跡、南には商業区や裏路地。危険人物報告は多いが、その分だけ人の出入りも活発らしい。
そして、私が機神系小祭壇の話を出すと、ロヨンははっきりと反応を変えた。
「アルラス近郊に、機神様の小祭壇が……」
彼の声が低くなる。
「損耗状態だけど、機能は一部残っているらしい。補修できるかもしれない、という話もある」
「確認せねばなりませぬな」
私も知っているほどのことなので、きっと多くのユーザーが知っているところだろう。とはいえ、彼らがそれに強い関心を抱くとは思えないが、気になる人は気になるだろう。
これが他の神を祀る立場にある人や、機神を邪神と謗る人々に知られたら、どうなるか分かったものではない……のだが、まず間違いなく知られているはずだ。その上で続報がないとなると、未だ悪いことは起きていないと見るべきなのだろうが、どうにも心配だ。
ロヨンにとって、それはサブイベントではない。失われた信仰の痕跡を探るメインイベントだ。地上に残された、かつての故郷へと繋がる細い糸。彼が見過ごせるはずもなく。
私は頷く。
アルラスへ行く理由が、これで完全に揃った。
ヤト。大聖殿。機神の小祭壇。街の情報。物資調達。
危険も多いだろう。
何度でも思う。人が多い場所は、それだけ面倒事も多い。それに私たち三人は非常に目立つ。さらにヤトが加われば、面倒の数も種類も増えよう。
だが、それがなんだ?全く構わない。
どうせ普通の冒険者のふりなど長くは続かないし、異形溢れるこの世界で、多少おかしな姿をしていようとどうとでも言い訳がきく。ならば、気にすべきは目立ち方だけだ。恐れられるのか、珍しがられるのか、あるいはそこらにいる人々と同じように認識されるのみか。そのあたりを見極めながら動けば十分だろう。
談話室の水音が、会話の隙間を埋めるように流れている。大サクス神殿の中は穏やかだ。
アルラス。
アルラン王国第一都市。
私は体を捻り、天井から下がる柔らかな照明を見上げた。
「よし。次の目的地はアルラスだね。準備をしよう。出立は明日以降で。」
そう口にすると、ロヨンとモリアは同時に頷いた。
次の目的地が決まったようですね。




