第76話『合流に向けて』
この度インフルに罹患しまして、思うように執筆が進んでいません。書き溜めた物をゆっくりと出しつつ作業を続けていく予定ですが、更新が少なくなるかもしれないことを予め理解して頂けると幸いです。
モリアからの返事から数日後、私たちは互いに出立し、目的地である岩槍の広場へと向かっていた。頭上から降り注ぐ日差しは、天を覆う雲の気配など初めから存在しなかったかのように、赤砂の大地を容赦なく炙っている。
大サクス神殿から桟橋に向かい、そこからロヨンの氷で道を作る。身体能力が大幅に向上した私の体をもってすれば、その速度は以前の比ではない。
ロヨンと並んで地を跳ねるように駆け、不安定な赤砂の足場を超えていく。踏み込んだ場所が僅かに崩れ、靴底に似た装甲の下で砂が流れても、今の私はその乱れを即座に拾い上げ、次の姿勢へ繋げることができた。
他のVRMMOであればとっくに持っていたはずの身体能力を、ここに来てようやく手にすることができた喜びは、殊の外大きい。視界の端を流れる景色が速く、体の重みが遅れずについてくる。
一ヶ月もの間、あの不自由な体で頑張ってきたのだ。歩くだけで苦労し、たった一度の戦闘で全身のあちこちが軋んだ。今となっては、あの鈍重さすら奇妙な懐かしさを伴って思い返せる。その反動故か、些かその補正が大きすぎる気もしたが、そんなことはどうでも良い。得た力を遠慮深く眺めている趣味は、私にはあまり似合わないからね。
大切なのは、それをどう使うかだ。
「ルイス殿、なにやら楽しそうな顔をされていますな」
ロヨンが私の顔をチラリと覗き見、器用に大地を蹴りながら声をかけてきた。
「ああロヨン、楽しいに決まっているではないか。以前の私を知っている君なら、私が抱くこの気持ちが理解できるはずだよ」
私が試すような口調で言うと、彼はもちろんとでも言いたげに頷いた。その様子には、からかいと納得が半分ずつ混じっているように見える。
そんなこんなで随分と駆けてきたが、どうやらそう簡単には岩槍の広場まで行かせてくれないらしい。それを雄弁に物語っていたのは、進路を塞ぐように赤砂の上へ現れた一体のモンスターだった。
見たこともない姿だ。この赤砂の大地に溶け込むように変化したであろう保護色の赤を身に纏うその蠍は、まるで威嚇するかの如く上半身を逸らし、大きな鋏を天へと掲げた。
甲殻は乾いた鉱石のように鈍く光り、節と節の隙間には煤を擦り込んだような暗色が走っている。地面を掻く多脚の動きは忙しなく、赤砂を細かく跳ね上げるたび、ざらついた音が耳障りに散った。
かなり大きく、五メートル四方の部屋に押し込めたとしても、壁に脚や尾が引っかかって身動きが取りにくくなりそうなサイズ感だ。背の反り具合と尾の高さを合わせれば、見上げるほどの圧がある。
咄嗟に簡易鑑定を行うと、以下の結果が得られた。
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▼基礎情報▼
♦名称:レッドサンド・スコーピオン
♦属性:大地/毒
♦レベル:16
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ロヨンも確認したようで、彼から面倒臭そうに思う雰囲気が伝わってくる。
「ルイス殿、ちゃっちゃとやりましょうぞ」
「もちろん」
どちらからともなく駆け出すと、それに応えるかのように向こうも駆け出した。わちゃわちゃと乱れ動くその多脚の気持ち悪さったらない。全身の装甲を彩る赤とは対照的に、その先端や細部は黝いのだ。
それが、今では試される大地にも平然と生息するアイツを想起させる。乾いた砂地を這い回る巨大な影がこちらへ迫る様子は、昆虫めいた不快感と獣じみた殺意を伴っている。
さて、どう攻め込んでやるべきか。そう悩んだ刹那、目の前に黒い物体が突如現れたのを察知した。僅かな認識の端で確認できたのは、鋭利な棘のようなもののみだ。恐らく奴の尻尾だろう。空気を裂く音が一拍遅れて耳に届き、視界の右側を黒い線が凄まじい勢いで掠める。
「よっ!」
咄嗟に体を捻じ曲げ、その尾を避けると、その隙を縫ったロヨンの氷塊が蠍の頭部を激しく揺らした。透明度の低い氷が横合いから叩きつけられ、パキャンという嫌な音を響かせて甲殻の表面に白い亀裂を走らせる。蠍は太い脚で砂を抉りながら、上半身を大きく仰け反らせた。
今度は逆に私がその隙を縫うように近付くと、この数日間で作った間に合わせの剣を腰の鞘から抜き放ち、その分厚い頸へと突き込んだ。刃先が甲殻の継ぎ目を探り当てた瞬間、腕に鈍く重い抵抗が返ってくる。
凄まじい抵抗に曝されるが、知ったことかと頑強な装甲でゴリ押すと、奥で何やら硬い感覚を覚えた。刃が筋のようなものを噛み、そこからさらに深く沈む。
「おらあ!」
その刃を勢い良く振り抜くと、私はすぐさま体勢を落とした。蠍が私を貫こうと突き出してきた脚を前転することで避け、地面に深く突き刺さったそれを袈裟斬りにする。甲殻と刃が擦れ合い、耳の奥に残るほど甲高い音が散った。
切り裂かれた脚の一本が墓標のように見えるのは、私の頭がおかしいからだろうか。
表現するのも悍ましい咆哮を上げた蠍は、許さんとばかりに猛攻を仕掛けてきた。鋏が横から迫り、尾が上から落ち、複数の脚が私の進路を潰すように赤砂を穿つ。
それらを難無く避け切ると、丁度良いタイミングで再びロヨンの薙ぎ払うような氷撃が突き刺さった。低く唸るような冷気の塊が蠍の腹側を掬い上げ、一瞬だけその巨体を浮かせる。
それを見て、瞬時にイメージして念じる。足元の赤砂がぎゅっと固まり、細かな粒が無理やり圧縮されるように形を変えた。奴の下に私の半分程の高さの槍が生じる。赤砂で作ったとは思えぬほど鋭く、荒い結晶を束ねたような尖端が上を向いた。
重力に引かれたその巨体がその赤色の槍に刺し貫かれると、ビクリという大きな痙攣を伴って動きを止めた。脚の先が痙攣し、鋏が空を掴むように開閉する。
その隙を見逃さず、咄嗟に先程突き込んだ大きな傷口目掛けて剣を振るった。
仰け反りそうになる体を全力で踏ん張ることで抑え、その硬い何かを割くことを意識して更に捩じ込む。装甲の内側へ刃を押し込むたび、腕から肩、背中へと重い反発が伝わった。
蠍が私を弾き飛ばそうとする力をさらに上から圧潰し、足裏に赤砂の抵抗を噛ませる。やがて、その力がふっと抜けた。巨体の内側で張り詰めていたものが切れたように、蠍は呆気ないほど簡単に事切れてしまった。
「ふぅ」
息を吐く仕草をしたところで、視界の端にマリーの無機質な表示が浮かび上がる。
《戦闘終了時ログを確認。レベルの上昇を確認しました。情報を表示します》
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▼戦闘記録▼
♦討伐:レッドサンド・スコーピオン
▼レベル上昇▼
♦レベルが10から11に上昇しました。
♦レベルの上昇に伴い、全ステータスが50から55へ上昇しました。
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うん、いくらなんでも強化されすぎではないだろうか……。目に見えて向上した装甲の強度に加え、素の身体能力も信じられないほど改善している。先程の回避も、踏み込みも、以前の私なら反応したところで体が追いつかなかっただろう。
ロヨンとの手合わせでは軽くあしらわれてしまったので自覚できていなかったが、これはたった二つの恩寵の克服で得られて良い加護ではないように思う。もちろん、過分な贈り物を律儀に返却するほど、私は品行方正なプレイヤーでもないが。
「やりましたな、ルイス殿。この程度の敵では、もはや敵では無いようで」
「いや、ロヨンの適切な援護のおかげだよ。ありがとう」
ニヤリと互いに笑うと、その死骸をインベントリに収納し、再び歩みを進めた。赤砂の上には戦闘の痕跡がしばらく残り、氷撃で削れた砂と、槍を作った場所の硬い窪みが、短い戦いの形をそのまま地面に刻んでいた。
あまり派手な戦闘ではなかったが、対モンスターへの試金石だと思えば、満足できる出来栄えではあったか。溶岩蜥蜴とは言わないまでも、それなりの強さを持ったモンスターではあったようだし、レベルも上げることができたのは嬉しい。
何より、自分の体がどの程度まで動くのか、その輪郭を少し掴めたことが大きいのではないだろうか。攻めに入る速度、避ける時の余裕、力で押し切る場面の強引さ。そのどれもが、以前よりずっと私好みの感触に近付いていた。
そうして易々と砂丘をも超えると、今度は地面の色が徐々に黒くなっていくのが目に入った。赤一色だった砂に、煤を混ぜたような粒が紛れ始め、足元の色合いはゆるやかな帯となって変わっていく。
このグラデーションは、ここらが赤砂と岩槍の広場の境であることを示している。遠くには、まだ輪郭の曖昧な黒い隆起が幾つも見えた。槍という名を冠する土地に相応しい、尖った影の群れだ。
ここから広場までも少し時間が掛かるが、そう長くもない。私たちの身体能力をもってすれば、三十分も掛からないだろう。
とはいえ、境に差し掛かったばかりの地面は油断を誘うように緩く、赤砂とも黒い岩地とも言い切れぬ足触りをしている。
「何事もなく広場へ抜けれたら良いが」
私たちは、目的地へと向かって歩き出した。
久しぶりの病気なのですが、死ぬほど頭が痛いです。気圧や花粉で頭が痛くなることがない丈夫な体だったのが災いし、痛みへの耐性が皆無なんですよね。
しばらくはゆっくりします。




