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〈Genesis of Anomaly〉〜恩寵という名のデバフを盛るほど強くなるVRMMOで、盛れるだけ盛ったオンボロ機械兵器のお話〜  作者: 月麗 ジアマリ
第三章▼恩寵の克服▼

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第62話『予約特典に願いを』

 今日はジアマリとドラゴンクエストの誕生日です!


 これからも変わらず大好きなドラゴンクエストが続いていくことを願って、誕生日おめでとう(T_T)

 掠れた声で呻くロヨンを見て、なんとも言えない気持ちになった。


 私はこれまでのゲーマー人生を通して、他の人より少し共感性が高いことを自覚しているが、それでも彼の気持ちは、妙に胸の奥へと入り込んできた。


 私が彼の崇める神の寵児であることも、その一因ではあるのだろう。けれど、それ以上に、蹲った彼の姿があまりにも生々しかったからだ。


 この体質上、普通に暮らす多くの人よりは、病院という場所がずつと身近にあった。自身や家族を蝕む厄介者に、祈るように、呪うように、どうにもならない現実へ声を殺して泣く人々を、この目で何度も見てきた。


 二十二世紀も半ばだが、人類は今なお全ての病を克服できたわけではない。


 世界は、そこまで甘くなかった。


 だからだろうか。崩れた祭壇の前で膝をつき、喉の奥から掠れた音を漏らしているロヨンの背中が、妙に現実味を帯びて見えたのは。


 さて、今の私が取れる選択肢はどれほどあるのだろう。


 打ちひしがれた身内を慰めるために、私ができること。


 機神様に御目見して頂くことか。いや、それはさすがに突拍子が無さすぎる。そもそも、そんなことを気軽に頼めるなら、私は今頃この朽ちた片腕のまま苦労などしていない。


 いや、ゲーム開始当初は良く姿を見せてくれていたが、最近ではメッキリだからな。そうこうしている間も、ロヨンは蹲ったまま、肩を震わせている。


 どうしたものかと頭を悩ませていると、一つの名案とも迷案とも言える考えが浮かんだ。


 何とかできるかもしれない、と。


 思い浮かんだのは、未だにメールの肥やしになっている一つのアイテムだ。


 事前予約特典。


 ゲーム開始直後、まともに歩くことすらできず、廃ビルの階段で休んでいた時に確認した、あの宝玉である。


 ▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼


【UR】神捧珠シード

 ┗自身が信仰する神の名前を呟くと共に、この宝玉を天に捧げる動作を行うことで、この宝玉が砕けるのと引き換えに一時的に自身が信仰する神との交信を可能とする。何を話すも、何を語るも、何を求めるも、全ては偏に神の思し召し。


 ▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲


 あの時は、ガチで詰んだと思える瞬間まで塩漬けしておこうと判断した。配布物をメールに紐付いたまま保存しておくのは、ゲーマーなら誰もが一度は考える手垢塗れの小技である。しかもGoAには、幸いなことに受け取り期限が存在しないからね。


 だから私は、あの神捧珠シードを今の今まで温存してきた。


 このアイテムは事前予約者なら誰でも受け取ることができるアイテムだ。効果は以前確認した通り、自身が崇める神へ、一つの願い事を提案できるという権利に近いだろうか。


 もちろん、願ったことがそのまま無制限に叶うわけではない。サービス開始からしばらくし、掲示板機能が解放された時より多くのプレイヤーが協力して検証を行った。


 その結果、一般的なプレイヤーの願いは、その神に関係があり、かつそれなりに簡単な内容であれば、基本的に叶えてくれる傾向があるらしいと分かった。


 例えばスキル。例えばクラス、つまり職業。例えばその神に縁のある小物やアイテムの入手。場合によっては、特別な試練やクエストの発生なども。


 そのあたりなら、どうや、無茶苦茶にゲームバランスを壊さない範囲で、かなり柔軟に応じてくれるようだった。


 だが、そこに一つ例外があった。


 神の寵児である。


 とある服飾に関係する神の恩寵を得ていたプレイヤーが神捧珠シードを利用し、自分だけのアトリエと服屋、それから作業部屋が複合した贅沢な施設を望んだところ、なんと郊外に所持していた小さなマイホームが冗談みたいな規模で強化された、という報告が掲示板に上がっていた。


 生産設備、陳列空間、素材保管庫、採寸用の部屋、さらには神の趣味らしき謎の装飾まで追加されたらしい。本人は大喜びしていたが、周囲のプレイヤーからは羨望と嫉妬と軽い恐怖が入り混じった反応を向けられていたようだ。


 これは、恐らくかなりゲームを進めないと得られないような物を、一つも二つも飛ばして得ていることと同義だ。


 また、魚に関する神の寵児である魚人プレイヤーが、自分だけの海底王国を望んだところ、ゆくゆくは国にまで発展し得るかもしれない、ごく小さな集落を作る権利を授かったという話もあった。


 たしかに得たもの自体の規模そのものは小さい。最初から城や軍勢が降ってきたわけでもないしね。だが、それでもとんでもない話だと思う。


 一プレイヤーが、いずれ国と呼べるかもしれないものを所持できるということは、その国の持つ各種力を我が物にできることと同じだからである。


 それを証明したに等しい出来事だったからか、かなり話題になった。今でも彼の活動を記録した動画をたまに覗くが、その度に少しずつ大きくなっているので、いずれ街と呼ばれる規模になるまでそう遠くないだろう。


 これらのことから分かる通り、神捧珠シードは、寵児が使用した場合に限り、その制限とも言うべきものがかなり緩くなる傾向にあるようだった。


 では、果たして私はどうだろうか。答えは決まっている。私は、機神サクスザント様の寵児である。


 この宝玉を使えば、集落とは言わないまでも、こんな風化して寂れた遺跡の一つくらい、復元してくれるのではないだろうか。


 そんな考えが、蹲るロヨンの背中を見て、ふと思い浮かんだ。


 もちろん、もっと直接的に自分を強化できる力を望んだ方が、結果的には得かもしれない。右腕の再生。機体機能の大幅な回復。失われた武装の復旧。あるいは、恩寵の克服そのものへと繋がる何か。


 どれも喉から手が出るほど欲しい。


 私がこの世界で巨悪になるつもりなら、そういった力はいくらあっても困らないからさ。むしろ今の段階ですら全く足りないほどだ。いずれ神々の眷属を虐殺して回るなら、ロマンや情だけで動く余裕など本来はない。


 それでも、私はロヨンの背中から目を逸らせなかった。


 だから、これは投資だと自分に言い聞かせる。これから長い付き合いになるであろうロヨンの好感度を稼いでおくのは、決して悪い選択肢ではない。


 彼の知識、研究、信仰、そしてサクスドルフの神官一族に伝わる秘伝の情報は、私にとっても大きな価値がある。ここで恩を売れるなら、むしろ安い買い物だ。


 そう理屈を積み上げてみる。けれど、本心はもっと単純だった。既に身内と呼べる程度には親しくなったロヨンが、折れた祭壇の前で泣いている。それを見て、どうにかしてやりたくなった。ただそれだけのことだった。


 「はあ」


 私は小さく息を吐き、メール欄を開く。


 半透明のウィンドウが視界の端へ浮かび、ずっと上の方に保存されていた事前予約特典のメールを表示する。そこには、ゲーム開始直後に見たものと変わらない、あの文面が残っていた。


《受取アイテムを確認。【UR】神捧珠シード


 マリーの無機質な声が、静まり返った祭壇跡に佇む私の脳内に響く。


 「よし、使おう」


 左手の上に、淡い光を帯びた宝玉が現れた。


 それは掌に収まるほどの大きさでありながら、奇妙な存在感を放っている。透明な球体の奥に、細い金色の線が幾何学模様のように走っているのが面白いね。


 朽ちた左手の指が、その表面を包む。


「……さて」


 言ってから、ほんの少し躊躇する。


 いや、ここで本当に使うのか?


 もしかしたら、もっと強大な何かを得られたかもしれないぞ。その可能性を丸ごと手放すことになる。本当にそれで良いのか?心の底から納得できているのか?


 だが、崩れた祭壇の前で泣くロヨンの姿を見て、それでもなお自分の強化だけを選ぶほど、私はまだ冷徹になれていないらしい。


 優しさで終わらせるつもりはない。この復元が成れば、ロヨンは私にさらに深く傾く。機神の寵児である私を、ただの旅人ではなく、失われたものを取り戻す、真の意味での救世主なる存在として見るだろう。


 信仰と感謝と負い目。


 人を動かすには、どれも良い鎖だと思う。


「使用する」


 私がそう宣言した瞬間、この体から私の操作が離れ、勝手に動き出した。


 左腕がゆっくりと上がる。自分の意思で持ち上げたわけではない。内部の駆動が、何か別の指示を受け取ったかのように滑らかに連動し、神捧珠シードを天へ捧げる形を取った。


 私は思わず目を見開く。


 次いで、口が勝手に開いた。


「――機械を統べし古き神、サクスザント様に捧げる言葉」


 声は私のものだった。あれだね、そう、ゲームに挟まるムービーを見ているみたいな気分になる。


 それから、私は聞き覚えのない言葉をスラスラと詠唱した。韻やリズムが独特でありながら、どこか美しさも感じる音だ。客観視できているからこそ、より深く注視できているのだろう。


 サクス文字をそのまま音にしたような響きが、壊れた祭壇跡に染み渡っていく。


「……ルイス、殿?」


 祝詞を唱え始めた段階で、ロヨンが顔を上げた。


 涙で濡れた目が、私の左手に掲げられた神捧珠シードを捉える。次の瞬間、彼の表情が凍りついた。


 コロコロと変わるな。少し面白いぞ、ロヨンよ。


「その言葉……まさか……」


 彼は震える手で杖を握り、床に散らばった破片を押し退けるようにして身を起こした。


「一族の古い祈祷文に似ておる……、いや、似ているどころではない。失われたはずの機神へ捧げるお詞だ。なぜ、ルイス殿がそれを……」


 その声は、驚愕と畏怖に掠れていた。


 私の口はなおも勝手に言葉を紡ぎ続けている。


 掲げた宝玉の奥で、金色の線が激しく明滅し始めた。


 最初に動いたのは、床に散らばった小さな破片だった。砕けた祭壇の縁。燭台の残骸。壁から剥がれ落ちた装飾片。風化して砂と見分けがつかなくなっていた欠片たちが、かすかな音を立てて震え出す。


 次に、辺りの空気が変わった。


 廃墟特有の乾いた匂いの奥から、焦げた金属と、長い眠りから目覚める機械油のような匂いが立ち上る。天井の穴から差し込んでいた鈍い光が、神捧珠シードへと向かって細く曲がった。


 この島全体に沈殿していた何かが、宝玉へ集まり始めている。折れた柱に刻まれた文字、かつて祈りとして蓄えられ、破壊され、風化して、それでも完全には消えなかった残滓。


 それらが一斉に目を覚まし、私の左手の上へ流れ込んでくるのが強烈に感じられた。


 これ、本当に大丈夫なのか……?私、死なない?


 あまりの力の密度に、指先の感覚が一瞬にして薄れた。まるで、左手と宝玉が一つになったかのように、その境界が曖昧になる。


 視界に幾重ものノイズが走り、機体の内側を雷が這い回っているように暴れ、思わず意識が飛びそうになるが、気合いと根性で何とか堪える。


 ああ、こんなの、他のプレイヤーの報告には無かったじゃないか……。


《高密度なエネルギーの流入を確認。神捧珠シードを中心として収束中です》


 マリーの声に言葉を返したつもりだったが、私の口は祝詞の続きに呑まれた。


「求めるものは、失われし御座の再起。朽ちた殻に形を、砕けた祈りに声を、忘れられた名に再び畏れを」


 ロヨンが息を呑む音が聞こえた。


 よく理解できない言葉ではなく、聞き馴染みのある言葉によって祝詞が締められると、次第に宝玉の放つ光は弱まっていった。とはいえ、これを嵐の前の静けさだと感じてならないのは、私だけだろうか……。


 思わず目に入った彼は、もう蹲ってはいなかった。ただ、杖に縋るように立ち尽くし、私と宝玉、それから壊れた祭壇を交互に見つめている。


「ルイス殿……、あなた様は本当に……」


 その先の言葉は、辺りを包む強すぎる光に呑まれて消えた。


 神捧珠シードへと集まる力が、急に穏やかになった。荒々しく押し寄せていた幾つもの流れが、見えない溝へ収まるように整い、宝玉の内部で金色の線が一つの紋を描く。それは、まるでサクスザント様が司る歯車を重ねたもののように見えた。


 数瞬だけ、辺りから音が消える。


 ロヨンの息遣いも、風の音も、私自身が忘れていた呼吸音すらも、その全てが一瞬にして遠ざかった。


 あれ、これ、なんだかまずいかもしれない?


 その直後。


 爆発するかのような強烈な光が、神捧珠シードから放たれた。


 火花と神の威光を混ぜ合わせた凄絶な輝きが、この空間を一息に塗りつぶす。

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