第60話『破壊の痕跡』
記念すべき第60話です!
みなさん、本当にありがとうございますm(_ _)m
今後もよろしくお願いします!
夜にもう一話更新予定です。
吹き飛ばされた扉の奥から窺えるものは少なく、私たちの足はそこで止まってしまった。
破壊の痕跡を辿る足取りは、この惨状を前にしてどう動けば良いのか分からなくなったかのように鈍い。さっきまで小さな生き物たちが暮らす穏やかな島を歩いていたせいか、目の前に広がる暗がりはよりいっそう重く見えた。
こんなことをされる神は、このおかしな世界の中でも決して多くはあるまい。
入口を塞いでいたはずの巨大な扉は、向こう側へ倒されていた。その大部分が蝶番ごと捻じ切られて床に沈んでいる。
壊された直後はもっと鋭く、もっと凶暴な傷口だったのだろう。今は長い年月に削られ、赤砂と草の根に覆われて、辛うじて遺跡らしい静けさをまとっている。
私は入口の影へ一歩近づき、視界の端に簡易鑑定の表示を呼び出した。対象をこの建物全体へ合わせ、いつものように情報を拾おうとする。
次の瞬間、薄い光の枠が視界の中で歪んだ。
得体の知れない抵抗が走り、表示されかけた文字列が光の粒となって砕ける。それに合わせて左目の視界に細かなノイズが一瞬だけ混じった。
《簡易鑑定、失敗。対象の周辺に解析を阻害する反応を確認しました》
「ロヨン、進もう」
私が声をかけると、ロヨンはハッとした様子でこちらを見つめ返した。杖を握る指がわずかに緩み、次いで強く握り直される。その様子は、文字通り茫然自失といった風だった。
「そうですな、ルイス殿。我々は知らなければなりませぬ。いったいこの遺跡が、何を祀っていたのかを……そして、この地に眠る真実を」
ロヨンは何かを決意した様子で一つ頷くと、慎重な足取りで入口の近くまで進んだ。残された支柱に手を添え、崩れかけた石材へ体重をかけすぎないようにしながら、そっと中を覗き込む。
数秒ほどそうしてから、彼は振り返って私に手招きをした。そのまま私を顧みることなく、施設内へと踏み込んでいく。
私も続けて遺構の中へ踏み込んだ。
入口を抜けると、そこは大きなホールだった。
外から見た時点で野晒しに近いとは分かっていたが、内側へ入るとその傷み具合はいっそう明らかになる。天井の一部は脱落し、そこから差し込む曇った光が床の上に白く溜まっていた。
壁の上部には蔦が絡み、ひび割れた石床の隙間からは細い草花が顔を出している。かつて磨かれていたのだろう床石は、雨と砂に晒されて表面を荒らし、ザラザラとした質感になっている。
吹き抜けた天井の向こうには、灰色の空が見える。ドーム状だったと思われる屋根の名残は、ところどころその骨組みを晒しているのみだ。
まず目につくのは、正面に佇む二股の階段だった。
階段は左右へ広がりながら、壁際へ向けて緩く弧を描いている。今でこそ石材の欠けや沈み込みが目立つが、本来は訪れた者の視線を自然と上へ導くための、かなり見栄えのする構造だったのだろう。
広いホールの奥に置かれたその美しい曲線は、朽ちた今でも僅かながらの優雅さを残していた。
階段の上には、黄色い敷物の痕跡がわずかに残っていた。布そのものはほとんど失われ、ところどころに色褪せた繊維が石へ貼りついているだけだ。それでも、階段の流れに沿って伸びていたことは分かる。
右側の階段は、天井から落ちた大きな瓦礫に押し潰されていた。黒灰色の塊が階段を斜めに貫き、美しい彫刻の施された手すりごと砕いている。
無理に登れなくもないかもしれないが、登っている最中に足場ごと崩れる未来が見える。左側の階段は欠けこそ多いものの、まだ辛うじて使えそうだった。
ホールには、入口から見て左右にも通路が伸びていた。
左側の通路は、崩落した壁と天井から脱落した瓦礫で完全に塞がれている。瓦礫の隙間から乾いた草が生え、奥へ続く暗がりは見えない。
右側の通路は、多少の砂と落石こそあるものの、人ひとりが進むには十分な幅が残っていた。空気の流れもそちらから感じる。どこか別の部屋か、外周へ抜ける空間に繋がっているのだろう。
そして、二股に分かれた階段と階段の間には、大きな両開きの扉があった。
いや、正確には扉だったものがある。
中央部分に、人が通るには大きすぎる穴が穿たれていた。それは丸く綺麗な穴ではない。内側へ向けてグニャリと折れ曲がり、金属か石か判然としない建材がめくれ、そのまま力ずくで奥の空間へと押し倒されている。
扉の表面には古い装飾らしい線が残っていたが、破壊の痕がそれを乱暴に断ち切っていた。開けるという発想を持たない誰かが、真正面から力任せに突き破ったかのようにしか見えない。
「きっと、ここを壊した連中は、正確な目的を持っていなんだろうね」
ロヨンはすぐには答えなかった。床に散った何かしらの破片を見下ろし、ただ俯くばかりだ。
「勇者、という名で語られる者たちが、本当にここまで来たのなら……彼らはただ暴れたのではありますまい。壊すべきものを教えられ、その通りに壊して回ったのでしょうな」
「そうだね」
私はホール全体を改めて見渡した。ここに精巧な地図は残されていない。だが、建物の動線はなんとなく読める。正面の大扉は、おそらくこの施設の主要な空間へと続いているのだろう。
ふむ、そうだな……。施設の規模を考えると、一つに固まって動くのはかなり効率が悪い。何より、ロヨンはロヨンでこの場所をゆっくりと観察したいはずだ。きっと私の目とマリーの補助だけでは拾えない情報もあるだろうしね。
「とりあえず目的の祭壇を見つけるまでは、手分けするとしよう。一つに固まって動くには、些か広すぎる」
私の提案に、ロヨンは少しだけ迷う素振りを見せた。だが、すぐに頷く。
「承知しました。では儂は、右側の通路を確認いたします。そちらは居住区画やら備品の保管区画へ繋がっているやもしれませぬ」
「そうだね。無茶はしないように。貴重な解説役に先に壊れられると困るからさ」
「ルイス殿こそ、何かを見つけたからといって、すぐ食べようとなさいませぬよう」
「な!しないよ!」
ロヨンは小さく肩を揺らし、右側通路へ歩いていった。背中が暗がりに吸い込まれる直前、彼は一度だけこちらを振り返る。私は左手を軽く上げて応じた。
さて、私は目の前の二股の階段の間にある、大きな扉の向こう側を探索するとしよう。
突き破られた穴の縁は、近づくほどに大きく見えた。私の身長でも屈まずに通れる。破断面の一部には金属特有の鋭さが残っていたが、大半は風化し、赤砂を被って丸く研磨されている。
《床面の安定性は、限定的に良好です》
「了解。ああ、それにしても壊れている扉にまで気を遣うのは、なんだか少し奇妙な気分だね」
私は慎重に辺りを観察しながら通路を抜けた。
その先は、少し長い廊下になっていた。ホールより奥まった空間にあるからか、保存状態は幾分ましだった。もちろん、無事とは言い難い。
床にはどこからか飛来した赤砂が入り込み、天井の隙間から落ちた細かな破片が散っている。それでも、外気に晒されていたホールに比べれば、随分とかつての姿を想像しやすい。
足元には、黄色味を帯びたカーペットの名残が続いていた。ホールの階段に残っていたものと同じ系統の色だろう。しかし、その端はほつれ、擦り切れ、一度触れてしまえばそのまま粉へ変わりそうなほど乾いている。
壁紙らしきものも、ところどころ剥がれながらも残っていた。淡い土色の地に細い植物模様が描かれており、近づくとその線がサクス文字めいた幾何学模様へ繋がっているのが分かる。
また、その壁には等間隔で燭台が並んでいた。何かしらのレリーフが刻まれたそれは、かなり特徴的な外観をしている。
金属製なのか石製なのか判然としないが、少なくともその表面は黒く燻んでいる。受け皿の部分には燃え尽きた蝋のような白い塊がわずかにこびりつき、そこへ砂埃が積もっていた。私は試しに、近くの燭台へ指先を伸ばす。
触れた瞬間、受け皿の縁がぱらりと崩れた。
粉になった欠片が壁を伝って落ち、カーペットの上に薄く広がる。ほんの軽い接触だったが、この廊下に残るものは、その程度の刺激にも耐えられないらしい。
いずれの物もかなり劣化が進んでいるようで、調べようにも少し離れてから観察するしかないのが辛いところだ。
「くそ、眺めることしかできないじゃないか」
《経年劣化が著しい状態です。以後、接触を最小限にしてください》
「ああ、私向きの場所ではないなあ。私とロヨン、逆だった方が良かったかもしれないね」
壊して奪うのは嫌いではない。むしろ、得られるものがあるなら大歓迎だ。けれど、指先で触れただけで粉になるほどのものには、奪う手応えすら感じられない。
食べる価値のある仕組みが残っているならまた別の話だが、この廊下の残骸に宿るのは、失われた暮らしの輪郭だけだった。
思いのほか長い廊下を進むにつれて、辺りを漂う空気の質が少し変わった。奥へ行くほど冷たさが増していく。なぜだか足音も少し響く。
壁紙の剥がれた隙間には、細い線で描かれた図案が見えた。植物の蔓にも、波にも、文字にも見える。私はそれを見ながら歩く。意味は分からない。けれど、まったく無意味な飾りという感じもしない。
この施設を建設していたブルーカラーの方々が書いたものだろうか。いや、そんなのが存在したかは分からないのだけれども。魔法でパッと作れたかもしれないしね。
たぶん、ここを歩いていた者たちにとっては、自然に目へ入る祈りの文句か、日常的な標語のようなものだったのだろう。安全第一・品質第二みたいな。
現実の施設にも、廊下に理念や案内がやたら貼ってあるところはあるしね。神殿でも研究所でも、結局そういうところは変わらないのかもしれない。それが壁紙の内側にあるのが不思議だけども。
やがて、廊下の先が開けた。
そこは立派な造りの吹き抜けになっていた。
私は思わず足を止め、上を見上げる。空間の中央が一階から二階まで抜け、そのさらに上には元々ガラス張りだったらしい天井の枠が残っている。
もっとも、ガラスそのものは見る影もない。大半は砕け落ち、残った破片が枠の縁でぎらりと鈍く光っていた。曇天の光が割れた天井から降り注ぎ、空気中の埃を薄い幕のように浮かび上がらせている。
二階部分は、吹き抜けを囲むように通路が巡っていた。二階で広がるその通路は、ホールの階段を登った先と繋がっているのだろう。こちら側から見ると、さきほどの二股階段が単なる飾りではなく、ホールとこの奥の空間を結ぶための大きな導線だったことが分かる。
一階部分には、左右と奥に扉のない通路が開いていた。壁に大きく口を開けたような出入口で、部屋と部屋を繋ぐためのものだ。扉板を吊っていた痕跡は見当たらない。最初から開かれた空間として設計されていたのだろう。
左右の通路は暗く、奥はやや広い。光の入り方から見て、奥の通路の先には上へ向かう構造がある。
広間の床には、かつて水を流していたらしい細い溝が幾何学模様を描いていた。今は乾き、赤砂と砕けたガラス片が入り込んでいる。
破片の上を踏まないように進むと、足裏から硬い粒が逃げる感覚が伝わった。ガラスの一部はまだ透明度を保っており、光を拾って青白く光る。
階段は建物の外周へ沿うように緩く曲がりながらも上っている。幅は広く、段差も浅い。人が列をなして進むことを想定していたのかもしれない。壁にはところどころ浅い窪みがあり、そこに小さな灯りか飾りが置かれていた形跡がある。今はそのすべて失われ、窪みの中に埃だけが積もっていた。
私は一段ずつ足場を確かめながら上がった。
最適化のおかげで、身体の動きは以前より素直になっている。隻眼隻腕という当然の不便さは未だ残っているが、足運びの細かなズレをマリーが拾い、機体側がそれに応じてくれる。
うん、これは良い。
劇的に強くなったというより、余計な引っかかりが随分と減った感じだ。壊れた体で無理やり動いている感覚が少し薄れて、機械の身体が持つ本来の滑らかさを思い出しつつある。こういう地味な改善こそ、後で効いてくるのだろうね。
階段の途中、壁の小さな裂け目から外の光が差していた。そこから見えるのは、赤砂の浜と水鏡の湖面の一部だ。緩やかな島の傾斜、中央の遺構、それを囲む静かな水。外の景色は穏やかなのに、内側へ進むほど破壊の輪郭が濃くなっていく。
この落差は、いったいなんなのだろうか。
階段を上りきると、空気がふっと変わった。
そこは、一段と緑豊かな空間だった。
最初に目に入ったのは、床を割って伸びる草ではなく、明らかに配置を考えて植えられていたらしい多種多様な植物たちだった。円形の広い部屋の外周に沿って浅い溝が巡り、その内側に低木や蔓性の植物、細い葉を持つ草がまとまって残っている。
長い年月のうちに形は崩れ、好き勝手に伸びてはいるが、根の位置や石枠の並びにはなんとなく設計の意図が見えた。ここは、後から自然に侵食された場所というより、最初から自然を取り込むために造られた空間なのだろう。
部屋の外周に掘られた溝には、かつて水が流れていた形跡があった。しかし今は完全に乾き、砂と落ち葉が薄く積もるだけだ。だが、溝の曲線は部屋全体をゆるやかに囲み、天井から落ちる光を受けていたであろう水の動きを想像させる。
円形の部屋の天井にも、ガラスの枠らしいものが残っていた。吹き抜けの広間ほど大きくはないが、上部の一部が開けており、そこから淡い光が落ちている。割れた隙間から入り込んだ風が葉を揺らし、乾いた溝の中で落ち葉がかさりと音を立てた。
たぶん、この部屋はそういうものを丁寧に組み合わせていた。信仰の場であり、休息の場であり、神の恵みを目に見える形で示す場所でもあったのかもしれない。
仰々しい祭壇だけではなく、こういう穏やかな演出を置くあたり、昔の人々はなかなか良い趣味をしている。
「庭園……いや、礼拝室か?」
《部屋の中央奥に大型の人工物を確認。材質、周辺構造物と一部一致》
マリーの報告を聞きながら、私は部屋の奥へと視線を向けた。
階段から見て正面奥、円形の部屋の中心線上に、それは安置されていた。
女神像だった。
台座は腰ほどの高さがあり、その上に白に近い石で彫られた像が立っている。いや、立っていた、と言うべきか。下半身と衣の流れはまだ残っているが、上半身は大きく砕けていた。胸から上が斜めに失われ、片腕らしき破片が台座の脇に落ちている。
破断面は、風化だけでは説明できない形をしていた。
何か大きな一撃が、像の上半身をまとめて砕いたのだろう。台座の背後の壁にも、放射状に走る亀裂が残っている。白い石片は周囲に散り、古い葉と砂に埋もれながらも、いくつかはまだ彫刻の滑らかな曲面を保っていた。
衣の襞、指の一部、髪の房だったらしい細い線。失われた部位ほど精緻に作られていたことが、残骸からかえって伝わってくる。
私は像へ近づきすぎない位置で足を止めた。
部屋の緑は静かに揺れている。乾いた水路、割れた天井、砕かれた女神像。その三つが同じ空間に置かれているだけで、ここが何のために造られ、何を失ったのかがぼんやりと浮かび上がってくる。
穏やかな祈りの場所だったのだろう。水音が流れ、光が落ち、植物の匂いが満ちる場所。そこで祈る者たちは、この女神像を見上げていたはずだ。
その顔を、誰かが砕いた。
かなり分かりやすい意思表示だね。
「さて」
私の声は、思ったより小さく響いた。
「ここまで丁寧に壊された女神様が、ただの飾りだったとは思いたくないね」
《像および台座周辺に、微弱な信号痕跡を確認。先ほどの阻害反応と同系統です》
「ふむ、なるほどね……」
砕かれた女神像は何も答えない。私は足元の石片に注意しながら、その正体を探るべくゆっくりと台座の前へと進んだ。
ルイスくんはほとんど察している様子ですが、果たしてこの遺構はどの神を祀っていたのでしょうか。
ルイスくんの現在のステータスは次話の終わりに載せます。執筆用に簡易的にまとめたものなので、誤りがあったら申し訳ないです。
何度も見直しているので、おそらく大丈夫だと思いますが。




