第42話『データの命に触れて』
余裕があればあと一話更新するかも!
以下飛ばしても構いません!
本作の内容にはあまり関係のないお話です!
ジアマリは家族法を勉強しているのですが、これがまた難しいのです。私は日本のものよりも仏の家族法を中心にしているので、日本とは違った形の家族が存在しているということを受け止めるのに時間がかかりました。
多くの人は家族法?何ぞやって考えだと思うので、そういった普段目にしないような部分で作品を彩れたらなと都度思います。ただ、家族法を活かすってなんやねんといった感じで、お悩み中です。
多くの作者様は独自色の違いを文章の構成や表現の幅で描いていると思うのですが、私はそこら辺がどうにも平凡なので、アイデア勝負だと言えます。なのでアンテナを高くして色々と話の種を集めているのですが、最近個人的に激アツなのがNBAです。
いやなんでやねんとなる方もいらっしゃると思いますが、あれ本当に面白いですね。以前はバスケットボールよりもむしろサッカーに興味があったのですが、一度八村選手の属するレイカーズの試合を見てビックリしました。
そこからレブロン・ジェームズなる選手を知り、色々と動画を見ていくうちにどんどんのめり込み、気が付けばすっかりNBA沼にハマっていました。
なので作中にスポーツの話が出てきます。タイムリーなので、出しちゃいました。
斃した醜鬼たちの死骸を収納し、私は街道脇の草地に腰を下ろした。
左膝についた左手を頬に添える。
ただ静かに自然を眺めるこの時間は、ひどく心地良かった。先ほどまで剣を振るい、 瘴気に侵された醜鬼を仕留めていたのが嘘だったかのように、今は風の音だけが周囲を通り抜けていく。
この身体は機械だ。私の本来の身体とは違い、疲労の質も、痛みの伝わり方も、息を整える感覚もまるで違う。だが、こうして草地に座り、空を見上げ、風に揺れる草花をぼんやり眺めていると、不思議と現実の身体にも同じ景色が染み込んでくるような気がした。
いつの日か、こんなことを思ったものだ。
もし私の体が健全な人と同じくらい丈夫で、豊かな自然を自由に愛でられる環境にあったとしたら、ここまでVRMMOにハマらなかったのかもしれないな、と。
もちろん、そうなったとしてもゲームを嫌いになるとは思えない。昔から私は、画面の向こうに広がる世界や、自分とは違う誰かになれる仕組みが好きだった。現実の身体に制限があろうとなかろうと、ゲームという娯楽の魅力は変わらないだろう。
それでも、体が軽く、どこへでも自分の足で行けて、思い立った時に山や川や広い公園へ向かえるような日常があったなら、少し違う生き方をしていた可能性はある。
朝早くに家を出て、まだ人の少ない道を歩く。木々の間を抜ける風を浴びながら、知らない花の名前を調べたり、池の水面を泳ぐ鳥を眺めたりする。体力があれば、少し遠い場所まで電車で行って、そこからまた歩き回ることもできるだろう。
現実でも散歩くらいはできる。
治療や対処療法は昔に比べればかなり進んでいて、体調を見ながらであれば、軽い運動や短い外出も不可能ではない。病院へ徒歩で行ける日があるのも、その積み重ねのおかげだ。家から病院までの道を自分の足で歩けるというだけでも、昔の私からすれば随分な進歩なのだと思う。
けれど、それはあくまでも慎重に調整された範囲の話だ。
少し歩く。少し休む。調子が悪ければすぐに引き返す。無理をしない。体に熱がこもらないようにする。症状の出方を確認する。予定を詰め込まない。そういう前提を一つずつ並べた上で、ようやく日常の端に触れられる。
激しいスポーツは、最初から選択肢に入らない。
サッカーのように広いコートを走り回る競技も、バスケットボールのように急な切り返しと跳躍を繰り返す競技も、ラグビーやアメリカンフットボールのように衝突を前提とする競技も、今の私には当然無理だ。あれらを本気でやろうものなら、勝敗以前に身体が先に音を上げる。
だが、無理だからといって、憧れが消えるわけではない。
サッカーなら、広いフィールドを走り抜けながら味方へパスを通してみたい。相手の守備の隙間を見つけ、ほんの一瞬の判断でボールを動かす感覚は、きっと面白いだろう。
バスケットボールなら、速攻の流れに乗ってコートを駆け上がり、最後にリングへ向かって跳んでみたい。現実の私には想像することしかできないが、空中で身体を伸ばし、ボールを叩き込む瞬間には、何かとんでもなく気持ちの良いものがあるはずだ。
ラグビーやアメフトは、正直に言えば怖い。人と人が全力でぶつかり合う競技など、見ているだけでも身体の奥がひやりとする。だが、恐ろしさと魅力は必ずしも矛盾しない。仲間のために身体を張って道を開き、相手の突進を受け止め、それでも前へ進む。そういう熱量には、画面越しでも胸を引っ張られる。
むしろそういう無茶を現実に近い感覚で体験できるからこそ、VRMMOは恐ろしいほど魅力的なのだ。
私は頬に添えていた手を離し、草地へ指先を置いた。細い草が金属の指に触れ、わずかに倒れる。感触はあるが、生身の肌で触れた時とは違う。湿り気や冷たさは情報として伝わってくるものの、そこに生々しい体温のやり取りはない。
それでも、ここに座っていると、自然の中にいるという実感だけは確かにあった。結局、何をどう考えたところで、ただの妄想にしかならないのだけれど。
「ルイス殿、お疲れですかな」
少し離れた場所で周囲を警戒していたロヨンが、こちらへ目を向けた。彼は杖を片手に持ち、もう片方の手で挨拶をするようにこちらへ手を振った。先ほどの戦闘で大きく消耗した様子はないが、視線は油断なく草地の奥をなぞっていた。
「疲れたというより、少し景色を眺めていたんだ」
「ほう。母なる大地の息吹を感じておられましたかな」
「そういう言い方をされると、急に立派なことをしている気分になるね」
私が軽く笑うと、ロヨンは満足げに頷いた。
「草花も、風も、石も、そこにあるだけで多くを語りますからな。急ぎの旅であっても、時には耳を傾けるべきですぞ」
「確かに。こういう時間は嫌いじゃないよ」
私は視線を空へ戻す。
雲は相変わらず厚い。遠くの丘陵は淡い霞に溶け、街道の先は緩やかに曲がりながら岩槍の広場へ続いているはずだ。
まあ、長旅も悪くないね。長旅って言ってもまだ全然目的地からは遠い位置だと思うけど、体感だと全然そんなことはなくて、もう既に終盤って感じだ。旅は始まったばかりなのに、かなり楽しめている。
あり得たかもしれない日常を想像するのは、時々なら悪くない。けれど、そこへ深く沈み込みすぎると、今の自分が少し嫌になってしまうから、程々にね。
現実の身体も、このゲームの身体も、どちらも私のものだ。ならば、今考えるべきなのは、目の前にある世界でどう楽しく生き延びるかだろう。
私は草地についた左手で身体を支え、ゆっくり立ち上がった。
「よし。妄想はここまでにしよう」
「何やら深く考えておられたようですが、よろしいので?」
「うん。どうせ考えるなら、楽しいことを考える方がいいからさ」
《現状の優先事項としては、目的地への移動、周辺地形の把握、ロヨンからの情報収集が挙げられます》
「分かってるよ、マリー」
淡々とした声が脳内に響く。彼女の正論を耳にすると、少しだけ笑ってしまう時がある。
街道へ戻る前にロヨンの方を見た。
「そういえば、さっきの醜鬼とは別に聞いておきたいことがあるんだ」
「何でしょうかな」
「瘴人について、もう少し詳しく知りたい。旅人の間でも噂くらいは見かけるけれど、断片的な情報が多くてね」
彼はすぐには答えなかった。ロヨンは街道の先ではなく、足元の古い石畳を見つめながら、杖の石突きを静かに地面へ置いた。
「……瘴人ですか」
「話しにくいなら、無理には聞かない」
「いえ。知っておくべきことです。特に、これからこの世界に混沌を齎すおつもりならば」
「ほう。知っておくべき、ね。分かったよ、しっかりと傾聴しようではないか」
「それに、瘴気の濃い土地において、瘴人の話を知らぬまま歩くのは危ういですからな」
ロヨンはそう言って、ゆっくりと息を吐いた。
彼の声には、いつもの機神様に関する話をする時の熱や、私の知らない土地を語る時の穏やかな楽しさがなかった。
「瘴人とは、世界に瘴気が満ちるようになってから現れ始めた者たちです。元は人であり、獣でも怪物でもありませぬ。村で暮らしていた者、街道を歩いていた者、兵として働いていた者、神に祈っていた者。そうした普通の人々が、ある時突然、変わってしまうのです」
「前触れはあるのかい」
「ある時もあれば、ない時もあると聞きます。多くの場合、最初はひどく苦しみますな。全身から汗が噴き出し、咳が止まらず、胸を押さえて膝をつく。熱病のように身体を震わせ、目の焦点が合わなくなり、周囲の声に反応しなくなる」
聞いているだけで、現実の病室の匂いを思い出しそうになる。
苦しむ身体。止まらない咳。汗。周囲ができることを探し、それでも手が届かない状態。私が知るものとは違うのだろうが、想像の入り口には十分だった。
とても恐ろしいな。
「それは病気なのか?」
「少なくとも、病や疫病として扱うことはできませなんだ」
ロヨンは首を横に振った。
「瘴人に触れたからといって、すぐに周囲の者が同じようになるわけではありませぬ。水や食べ物から広がるとも言い切れませぬ。家族の中で一人だけが瘴人となることもあれば、同じ場所にいた者の全てが突然変貌することもある。医師も、神官も、術師も、長く調べ続けておりますが、はっきりとした原因は掴めておらぬのです」
「恩寵の瘴気耐性があっても防げないのかい」
「そこが厄介なのです」
ロヨンは眉間に皺を寄せた。
「この世界に生きる者は、神々より授かった恩寵によって瘴気に耐えております。ゆえに、ただ瘴気に晒されただけで即座に倒れることは少ない。ですが、その耐え方にも個人差があるのでしょうな。強い瘴気の中に長く留まった者、心身をひどく弱らせた者、あるいは何か別の要因を抱えた者が、ある時ふと均衡を崩す。そう考える者もおります」
「確定ではない?」
「ええ。仮説の一つに過ぎませぬ」
成果はゼロ、という言葉が頭の中に浮かんだ。
もちろん、現地の人々が何もしていないわけではないのだろう。むしろ多くの国が必死に研究を続けているはずだ。原因を探り、治療法を探し、封じ込める手段を探している。だが、実用的な解決策には届いていない。
この世界には神の恩寵があり、魔法があり、サクス文明の遺産すらある。それでもどうにもならないものがあるという事実は、ひどく重いな。
「瘴人になると、最終的にはどうなる?」
「あの醜鬼たちのように、突如として暴れ出します」
ロヨンの答えは短かった。
「最初は苦しみながら、自分の身体を掻きむしる者もおります。助けを求めるように手を伸ばす者もおります。けれど、やがて言葉が通じなくなり、目に映るものへ襲いかかる。家族であろうと、友であろうと、恩人であろうと区別しませぬな」
私は思わず、先ほど倒した醜鬼たちのいた草地へ視線を向けた。
銀索蜘蛛は最初からモンスターだ。少なくとも私にとっては、しっかりと敵性個体として認識できる存在だった。倒すことに迷いはない。倒さなければこちらが危ない。むしろその素材で私の不調が快復するのだから、何をもっても倒すべき存在なのだ。そう割り切れる相手だった。
だが、瘴人は元人である。
誰かの家族で、友人で、隣人で、名前を呼べば振り返った存在だったのだろう。それがある日突然苦しみ、咳き込み、汗を流し、助けようとした者に襲いかかるようになる。
ゾンビみたいだな、と思った。
もちろん、この世界の瘴人を、私たちの世界にある創作物のゾンビと同一視するのは些か雑だ。噛まれたら感染するという話でもなければ、死体が動くという話でもない。
だが、痛みに鈍くなり、言葉が通じず、死ぬまで戦い続けるという特徴だけを取り出せば、かなり近いものがある。
「一口に鈍くなるとは言っても、痛みは感じているのかな」
「分かりませぬ。ただ、経験則として、瘴人は痛みにひどく鈍くなります。腕を折られても止まらず、腹を裂かれても向かってくる。足を潰してなお這いずり、喉を潰しても声にならぬ息を漏らしながら動く者すらおります」
最悪以外の感想が出てこない……。
「……嫌な相手だ」
「ええ。強い弱い以前に、戦う者の心を削りますな」
それはそうだろうな。想像しただけで嫌な気分になる。先程戦ったアイツらにも、大切な人がいたのかもしれない。
「倒す以外の方法はないのかい」
「少なくとも、私が知る限りでは」
「治療法も?」
「確かなものはありませぬ。鎮める祈り、眠らせる薬、縛りつける術、瘴気を祓う儀式。様々な手段が試されました。ですが、瘴人となった者を元へ戻したという話は、少なくとも私は聞いたことがありませぬ」
ロヨンはそこで少しだけ間を置いた。
「それゆえ、多くの国が今も研究を続けております。瘴人を単なる怪物として斬り捨てるだけでは済ませられぬからです。昨日まで共に飯を食っていた者が、明日にはそうなるかもしれぬ。そうした恐れと隣り合わせに、人々は生きております」
さっきまで心地良かった草地の空気が、少しだけ違って感じられた。人が人でなくなるかもしれないという認識を、この世界では誰しもが持っているのだろう。
このゲームは本当に容赦がない。
美しい景色を見せた直後に、その足元へ厄介な現実を置いてくる。だが、それも含めてこの世界なのだろう。楽しい部分だけを見ていたいなら、そもそもポラリス・テクノロジーのゲームを選んだ時点で間違っている。
そこで、ふと思いついてしまった。
これ、何かしらに利用できないだろうか?例えば瘴気を一点に集めることができるようになれば、未知の怪物を生み出せたり、あるいは人を瘴人にできたりするのではないだろうか?
そうなれば、私たちの目的へぐっと近道になる可能性がある。ずっと深く昏い絶望と混沌をばら撒くことができるのではないだろうか。
「なるほどね」
私は短く答えた。
「ロヨン、もし瘴人と戦うことになったら、何を一番警戒すべきだと思う?」
「止まったように見えても近づきすぎぬことですな。あれらは倒れたふりをする知恵があるわけではありませぬが、身体の限界を越えて動きますぞ。もう動けぬと思った瞬間に腕を伸ばされ、致命の一撃を浴びることがありますゆえ」
「動作確認は遠距離から。できれば頭か胴体を確実に壊す?」
「ええ。半端に止める方がかえって油断を生むので、しっかりと止めを刺すことですな」
私は草地に残る足跡を一度見下ろし、それから街道の先へ向き直った。
「ありがとう。聞いておいてよかった」
「どういたしまして。暗い話になってしまいましたな」
「こういう話を知らないまま進む方が怖いさ」
そう言うと、ロヨンは少しだけ表情を緩めた。
「では、そろそろ参りましょうか。岩槍の広場までは、もう少し歩くことになります」
「了解」
《移動再開を確認。周辺警戒を継続します》
私は銀牙をすぐ抜ける位置に収め、足元の石畳へ戻った。街道はゆるやかに曲がりながら、灰色の空の下へ伸びている。
さっきまで心地良く眺めていた自然は、変わらず美しい。けれど、その美しさの奥には、瘴気と怪物と、どうにもならない悲劇が潜んでいる。
楽しいゲームの続きは、きっとその先にある。
ロヨンが杖を鳴らし、私たちは岩槍の広場へ向かって歩き出す。
ルイスとロヨンのパーソナルをしっかりと表現できているか不安になります。
ルイスは以前に説明した通り、ダークなゲームを好むおかしな奴で、その性格もハッキリと悪人であると言えるでしょう。(ダークなゲームを好む=悪人と言っているのではなく、ダークなゲームを好む悪人だと言っています!ここ大事です!)
しかし、穏やかに自然を慈しんだり、他者の痛みには共感できる部分がきちんとあります。自身もかなり苦労して生きているので、まあ当然っちゃ当然です。
ただゲームはゲームだと割り切れる一面もあるので、バーチャルな世界だと極悪人になれる極端な性格でもあります。
ロヨンは根は良い奴でありながら、他の神への復讐心や憎悪を滾らせるヤバい奴で、常にその悪意に苛まれています。機神に作られたサクスドルフの救世主であるルイスには穏やかに接しているだけで、本来は他の人との関わり方は酷く冷酷ですね。これはおいおい作中で描くつもりです。
ここで少し話しずらそうにしているのも、他の生き残りやその子孫に瘴気によって苦しむ者がいないか不安になっているからです。
これらを文中で上手く説明したいのですが、表現力の乏しさから断念。悔しい。ので、ここで補足です。




