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〈Genesis of Anomaly〉〜恩寵という名のデバフを盛るほど強くなるVRMMOで、盛れるだけ盛ったオンボロ機械兵器のお話〜  作者: 月麗 ジアマリ
第三章▼恩寵の克服▼

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第37話『サンクティンにさようなら』

「ロヨン、そろそろ行こうか」


「そうですな」


 私の言葉に頷いたロヨンは、片手に持った杖を軽く掲げ、先に立って歩き出した。古びた床材を杖の先が叩くたび、乾いた音が部屋の中に小さく響く。ここで過ごした一週間と少しの時間に区切りをつける合図のようにも聞こえた。


 私たちが目指すのは、彼に心当たりがあるという機神様の神殿だ。


 このゲームのサービスが開始してから、すでに一ヶ月弱。複数の情報源から得た情報を私なりに評価してみる限り、プレイヤーたちの成長速度は、こちらの想像をかなり上回っているらしい。


 理由はわりとハッキリしている。つい先日この世界に生まれ落ちたばかりの旅人プレイヤーと、元よりこの地に根を張って生きてきた住人《NPC》との融和が、想像以上に早かったのだ。


 この場合は、住人たちの懐の広さに目を見張るべきなのだろうか。下手をすれば、瞬きほどの隙で命が消し飛ぶ世界である。そんな場所にあって、他者と協調することは、ある種の生存戦略として広く受け入れられてきたように思う。


 だからこそ、多くの住人はよそ者に対して警戒こそすれ、ただ外から来たというだけで排斥するようなことは少ないのだろう。


 もちろん、土地や勢力、個人の気質によって差はあるはずだが、少なくとも私が見聞きした範囲では、旅人という存在は思いのほか早く世界に馴染みつつある。


 現に、今こうして私と共に旅をしているロヨンも、初めて出会ったときに私を邪険に扱ったりはしなかった。もっとも、あの場で敵対されていたら、それはそれで随分と困ったことになっていただろうけどね。


 そんなことを考えながら、私は先ほどまで仮の拠点にしていたビルの一室を見回した。


 私たちはあの徘徊ロボットを撃破したあと、使えそうな素材を回収し、周囲を調べながら拠点とするべき建物を見つけ出した。街の中心地から、神殿があるとされる方角へ向かって数十分ほど歩いた場所にある、中程度の規模のビルだ。


 外観こそ風化が進み、壁面には汚れや亀裂が目立っていたが、内部構造は思いのほかしっかりしていた。


 私たちはそこを、ほとんど丸ごと仮拠点として使うことにした。


 話し合いに使うための会議室。ひとりで使うにはいささか広すぎる個室。倒した機械から転用できそうな機構や技術を調査するための作業室。物資を一時的に並べておく倉庫代わりの部屋も用意した。


 最初はただ雨風をしのげればいい程度に考えていたが、手を入れ始めると意外に快適な空間へ変わっていくものだ。


 床に散らばっていた瓦礫を片付け、使える机や棚を引きずって配置を整え、壊れた扉の蝶番をどうにか補修する。そんな作業の一つ一つは地味だったが、拠点らしさが増していく感覚は悪くなかったように思う。


 一週間と少しの滞在だったとはいえ、かなり快適に生活できたのではないだろうか。もし今後、どこかで腰を据える拠点を築く必要が出てきた場合には、ここで得た経験を活かすことで、より優れた居住空間を再現できるだろう。


 名残惜しいとまではいかない。けれど、ここを離れるのだと思うと、少しだけ表現しにくい感覚があるのも事実だ。


 軽く確認を済まし、部屋を出た。


 先導するロヨンの背中を眺めながら、長い廊下を進む。壁の一部には剥がれかけた装飾板が残り、天井の照明器具は沈黙したまま、くすんだ硝子の奥で古い時代の名残を抱えていた。


 外から差し込む鈍い光が床に細長く伸び、私たちの影を歪ませている。


 「案外悪くなかったね、このビルも」


「そうですな、きっとこのビルにも機神様の祝福があったに違いありませぬ」


 まあ、このビルも機神様が司る技術で作られたものだろうし、そういった側面もあるにはあるのだろうが、ロヨンの思うサクスザント様の力か些か大きすぎる気がしないでもない。


 そこまでいってしまうと、この世界に存在するあらゆる機構は特別な仕掛けを用いることで動いているので、それら全てが彼女の管轄するものとなってしまう。流石にそこまでのことはないだろう。


 突き当たりの踊り場へ抜けると、そのまま無骨な階段を下りていく。足音が階下へと反響する。


 エントランスまで降りたところで、私は一度だけ背後を振り返った。


「よし、これからは本格的に人外の領域へ旅立つことになるわけだ。しっかり気を引き締めないとね」


《ロヨンより得られた情報を参照すると、サンクティンの探索中に遭遇した敵性個体の中に、この近辺でよく出没するモンスターとの一致例はありません。サンクティン外の領域には、これまでとは異なる危険が存在する可能性があります》


 マリーの声が、相変わらず脳内に淡々と響く。その冷静さはありがたいが、内容はかなり不穏だ。


 そうなのである。どういうわけか、サンクティン内では、この街の外でよく見るモンスターがほとんど確認されていないらしい。


 かなりの地域を旅してきたロヨンもそう認めている以上、単なる偶然では済ませにくい。サンクティンという都市そのものに、私たちがまだ気付いていない何らかの仕掛けが残っているのだろうか。


 サクス文明が関わっている以上、街の内と外を分ける見えない境界のようなものがあっても驚きはしない。


 とはいえ、これまでかなり探索したつもりでも、決定的に怪しい箇所は見つけられなかった。地下施設やゲートのような分かりやすい異物はともかく、街全体を包む仕組みとなると、さすがに手の出しようがない。


 考えたところで、今すぐ答えが出る話でもない。私は意識を切り替え、ビルの外へ踏み出した。


 前方には、この街と外界を結ぶ門へと続く大路がまっすぐ伸びている。石畳はところどころ剥がれ、隙間からは乾いた草が細く伸びていた。


 人の営みが絶えた街路には、壊れた荷車の残骸や、用途の分からない金属柱の折れたものが点々と残っている。かつては多くの人が行き交っていたのだろう。広すぎる通りは、今となっては余白ばかりが目立った侘しい風情がある。


 サンクティンは、周囲を高い壁に囲まれた、一見すれば防御力の高そうな都市だ。遠くから眺めれば、その威容だけで外敵を退けられそうにも見える。


 だが実際には、この街は多くの怪物に蹂躙されて滅んでいる。


 彼らはどういうわけか、その壁を壊すことなく都市の内部へ侵入し、暴虐の限りを尽くしたようだ。壁に大きな破壊の痕跡が見られないこと。侵入経路として真っ先に疑われる門にも、目立った損傷が残っていないこと。その二つを考えるだけでも、普通の攻城戦や襲撃とはまるで様子が違う。


 まるで、怪物たちは最初から街の中にいたかのようだった。


 そして、その怪物たちがどのように消え去ったのかもハッキリしていない。死骸が積み重なっているわけでも、どこかへ撤退した痕跡が残っているわけでもない。街は滅び、住人たちは消え、襲撃者の姿もまた煙のように途絶えている。


 改めて考えると、ずいぶん気味の悪い話だ。


 そんな思考を頭の隅に置きながら、私たちは大路に沿ってゆっくり歩いた。前方に鎮座する巨大な門は、近付くにつれてその大きさを増していく。分厚い扉は開け放たれたまま、長い年月を受け入れるように動かずそこにあった。


 都市の内側に溜まっていた重く淀んだ静けさから、外へ向かって流れる風の匂いへ。湿った石と錆の匂いに、土と草の青い気配が混ざる。視界の先が開けた瞬間、私は足を止めかけた。


 この世界に生まれ落ちてから、初めての青々とした緑である。


 サンクティンは廃ビルが繁栄するコンクリートジャングルなのだ。どこを見渡してもビル、ビル、ビルである。探索しても、豊かな自然に触れる機会などそうないのだ。


 目の前に広がる緑は、たしかにどこが元気がないようにも見える。しかし、街中で見かけた弱々しい自然と比較すると、その力は雲泥の差だろう。


 自然とは本来、人が敵うようなものではないからな。とてつもない力を秘めているものなのだ。瘴気に包まれてなお、その威容を誇る大自然から、目が離せない。


 空は相変わらずの曇天だった。厚い雲が低く垂れ込め、旅立ちの日としては少しばかり締まりがない。とはいえ、こちらの都合に合わせて空模様が劇的に晴れ渡ってくれるほど、この世界は親切ではないらしい。


 まあ、仕方あるまい。いつまでも街に長居していても、状況は変わらない。


 門のすぐ先には、それなりの長さを持つ橋が架かっていた。橋の両脇には低い欄干が続き、そのさらに下を覗き込むと、かなり深い堀が見える。底には水が満ちていた。水面は濁っているものの、雲間からわずかに差した陽の光を受けて、ところどころが細かく瞬いている。


 その光は、暗い世界の中に置き忘れられた破片のようだ。うん、かなり詩的に表現できているだろう。もしかして作詩の才能があるかも。


 私は欄干に手を添え、堀の向こう側へ視線を伸ばす。風化した街道は、地平の先へと細く続いていた。途中で崩れている箇所や、土砂に埋もれかけた部分も見えるが、それでも道としての形はかろうじて残っている。


 さらに遠くでは、山々が黒い影のように連なり、街道の行く先を遮るように横たわっていた。


 顎を少し上げ、地平を睥睨するように遠くを観察する。どうやら、目的地まではなかなかの距離がありそうだ。そもそも目的地がどこで、どんな形かも分からないが。


 まあ、これはゲームだからね。あまりにも簡単に目的が達成されても張り合いがない。ほんの少しの苦労は、旅を彩るスパイスとして受け入れるべきだろう。もっとも、そのスパイスが致死量でなければの話だが。


「じゃ、行こうか。街の外に関しては微塵も知識がないから、とりあえず旅に慣れたロヨンの導きで進もう」


 私がそう告げると、ロヨンは嬉しそうに目を細めた。長く旅をしてきた者特有の落ち着きが、その表情にはある。頼られることを誇るようでいて、同時に気を抜いてはいない。


「そうですな。ではまず街道を道なりに進み、岩槍の広場を目指しましょうぞ。今までに私が集めた情報の中には、その広場を越えたずっと先に、遥か古の時代に祀られた邪神の祠があるとされているものがありましてな。おそらく、サクスザント様に関わる場所で間違いありますまい」


 ほう、岩槍の広場とな。


 名前だけを聞けば、尖った岩が無数に並び立つ、いかにも危険そうな場所を想像する。自然にできた地形なのか、それとも誰かが作り上げたものなのか。サクス文明が関係しているのなら、ただの景勝地ということもあるまい。


《アーカイブには存在しない語彙です。特定の集団でのみ使用されている特殊な呼称か、機神様の気紛れで収録されなかった語である可能性があります。判別は困難ですが、警戒して進むべきでしょう》


「機神様の気紛れで済ませていいのか、それは」


《過去の記録精度には一定の偏りが確認されています。気紛れという表現は、現時点で最も簡潔な説明です》


 マリーの返答は、いつも通りの無機質さを保っている。そのくせ、妙なところで神様への遠慮が薄い。


 私は小さく息を吐き、橋の向こうへ視線を戻した。


 まだこの身は、世界を蹂躙するにはまるで足りない。サンクティンの中で得た強化や経験は確かにある。けれど、外の世界には私の身体に特攻を持つモンスターがいる可能性だって十分にあるのだ。


 地形も、生態も、敵の性質も分からない場所では、どれだけ注意してもしすぎることはない。


 ロヨンが一歩先へ進む。杖の先が橋の石を叩き、乾いた音を鳴らした。


 私もその後に続く。


 背後には、滅びた都市サンクティンがある。前方には、名も知らぬ荒野と、岩槍の広場と、古の邪神を祀ったという機械の神殿が待っている。


 曇天の下、風が橋の上を吹き抜けた。外の空気は冷たい。目覚めても冷たいのに、ゲームの中でまで冷たい空気を味わうとは。


「よし、出発進行だ」


 橋を抜け、ずっと続く街道に足を踏み入れる。大変なイベントが起きなければ良いのだが、それは神のみぞ知ることか。

 直前に誤字脱字を見つけたので、その修正のために少し遅れました(T_T)


 さて、これより第三章の始まりです!

第三章はルイス君初めての恩寵の克服をテーマにしています。

 楽しんで頂ければ幸いです!

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― 新着の感想 ―
最新話まで追いつきました。 めっちゃ読み応えありますね。
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