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〈Genesis of Anomaly〉〜恩寵という名のデバフを盛るほど強くなるVRMMOで、盛れるだけ盛ったオンボロ機械兵器のお話〜  作者: 月麗 ジアマリ
第三章▼恩寵の克服▼

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第38話『大陸』

 誤字報告、ありがとうございます(T_T)

 

 私はカクヨム様の方でも投稿しているので、修正する際はそちらも直さなければいけないのが大変です……

 不安はある。


 サンクティンの外へ出た直後の高揚は、時間が経つにつれて少しずつ落ち着いてきていた。代わりに胸の奥へ残ったのは、開けた空間に身を晒しているという、ひどく分かりやすい実感だ。


 とはいえ、立ち止まっていても辿り着ける場所は増えない。


 サンクティンの外壁は、近くで見上げていた時ほどの圧力こそ薄れたものの、なおも視界の端に重く横たわっている。長い年月に削られた灰色の壁面には蔦が這い、崩れた縁には草木が根を張っていた。


 都市そのものが巨大な岩の塊になり、その隙間へ別の命が少しずつ入り込んでいるようにも見える。


 橋を渡った先の街道は、思っていたよりも道の形を保っていた。敷き詰められていた石は一枚一枚の高さがずれ、割れ目には土が溜まっている。人の手が離れて久しいのだろう。端の方では草が伸び、ところどころで細い根が石の下へ潜り込んでいた。


 サンクティンの中でも植物は見た。ひび割れた壁に絡みつく蔦や、崩れた舗装の隙間から覗く小さな草なら、むしろ珍しくなかった。


 しかし、街の外にある緑は、それらとは密度が違う。


 街道の左右には背の低い草地が続き、その向こうに低木が点在している。葉の色は鮮やかな緑ばかりではなく、ところどころに黒ずんだ斑点や灰色の縁取りがあった。


 瘴気の影響か、あるいはこの土地の植物が元からそういう性質なのかは分からない。離れた丘の斜面には背の高い木も見えたが、幹は曲がり、枝ぶりもどこか歪んでいる。


 そこには、確かに外の世界があった。


 風が流れ、草が揺れ、遠くから正体の分からない生き物の声が届いてくる。機械の身体でなければ、ここで一度深く息を吸い込んでいたかもしれない。


 いや、この体でも呼吸に似た動作は可能だ。ただ、それが生命維持に不可欠というわけではない。胸部のリアクターがエネルギーを生み出してくれる以上、私の身体は人間だった頃と同じ理屈で動いてはいなかった。


 私は呼吸の代わりに、外気を拾う感覚機構の出力を少しだけ上げた。


 湿った土の匂いに似た情報と、草の青さを思わせる刺激が流れ込む。廃ビル群やサンクティン内部の空気には、埃、錆、古い油のような重さがあったが、ここにはそれとは別の雑多さがある。腐った葉の気配、水気を含んだ風、どこか甘い花のようなものまで混ざっていた。


《外気成分に軽度の瘴気混入を確認。サンクティン内部より濃度は不安定です。現時点で活動への影響は限定的と判断します》


「限定的、ね。そう言われると安心していいのか迷うな」


《慢心は推奨しません。過度な不安も非効率です》


「便利なことを言う」


 マリーの返答はいつも通り平坦だった。こちらの心配を慰める気はなく、必要な情報だけを淡々と並べてくる。


 その距離感には、もうずいぶん慣れてしまった。冷たいというより、余計な揺らぎがない。だからこそ、こちらも判断材料として受け取りやすいところがある。


 隣ではロヨンが杖を片手に歩いていた。彼は街道の石の浮き沈みを確かめるように、ときおり杖先を軽く突く。地下で見せていた疲労は残っているはずだが、外へ出てからの足取りには不思議な確かさがあった。長く旅をしてきた人間の身体に染みついた動きなのだろう。


 ただし、彼の視線は休むことなく周囲を巡っている。


 草地、低木、街道の先、空、また草地。何かを探しているというより、見落としを減らすために視界を配っている。軽く会話している時でさえ、その癖は抜けない。サンクティンの地下で三年を過ごしても、外で生きるための感覚までは失われていないらしい。


 それは頼もしくもあり、同時に、この土地が油断できる場所ではないことを静かに教えてくる仕草でもあった。


 しばらく進むと、背後のサンクティンは少しずつ遠ざかっていった。外壁の細部は見分けづらくなり、都市の輪郭は灰色の塊として丘の上に沈んでいく。つい先ほどまで自分があの中にいたことが、早くも少し現実味を失いかけていた。


 私は歩きながら、頭上を見上げる。


 変わらず空は曇っていた。


 薄い雲がかかっているという程度ではない。分厚い雲が何層にも重なり、陽の位置だけがぼんやりと明るい塊として透けている。光は地上へ届くまでに鈍く削られ、草地も街道も、どこか灰色を混ぜた色に見えた。


 そういえば、この世界に生まれ落ちた廃ビルの上から周囲を見渡した時にも、似たような空だった。サンクティンの中にいた間は、主に地下施設を探索していたので外の天気を意識する余裕など少なかったが、それでも晴れ渡った青空を見た記憶はほとんどない。


 偶然という可能性はある。


 私が観測した期間が短く、その中で曇りの日が続いただけかもしれない。現実でも、地域によって天候にはかなり偏りが出る。たとえばブリテンは、西から湿った空気が流れ込みやすく、曇りや雨が多い土地として知られていた。


 私の時代でブリテンと呼ばれている地域は、かつてのイギリスという呼び名から少し事情が変わっている。アイルランドやスコットランドがそれぞれ別の道を歩んだことで、政治的な地図は昔の教科書とは違う形になっていた。それでも、空模様に関する印象まで大きく変わったわけではない。


 海の位置、風の流れ、山地の形。そういった条件が重なると、空は曇りやすくなる。


 では、この周辺も同じような条件を持っているのだろうか。


 もちろん、この世界には瘴気が存在している。雲の色が重く見える理由の一部には、あれが関係しているはずだ。空気の成分にも実際に混ざっている。だが、何もかも瘴気だけで説明してしまうのも雑に感じた。


 気候を考えるなら、大陸そのものの形を知る必要がある。海との距離、山脈の位置、風がどこから来て、どこで遮られるのか。そう考えたところで、私はふと根本的な疑問に行き当たった。


 そもそも私は、この世界の形を知らない。


「そういえばロヨン」


「はい、何ですかな」


 ロヨンは前を向いたまま返事をした。声は穏やかだが、右手の杖はいつでも構えられる位置にある。


「この母なる大地は、どういった形をしているんだい。四角い? 丸い? それとも、もっと複雑でヘンテコな形をしているとか」


 自分で口にしてから、かなり大雑把な質問だと思った。


 ただ、この世界なら本当にどんな答えが返ってきてもおかしくない。現実と同じような星の上にあるのかもしれないし、神話通りに巨大な存在の背に乗っている大地かもしれない。あるいは、ゲーム的な都合で見えない境界に囲まれている可能性だってある。


 ロヨンは少し考えるように髭を撫でた。


「ふむ。大地そのものの形となると、私にも何とも言い難いですな。丸いと唱える学者もおりましたが、果てに壁があると信じる者もおりますし、神々の御手によって支えられていると語る神官もおります」


「なるほど、天文学はまだ発展途上という感じか」


「天の星を読む者たちはおりますぞ。季節を測り、船の針路を定め、吉凶を占う者もおります。ただ、空の遥か上から母なる大地を見下ろした者などおりませぬゆえ、その全容を確かめた者は聞いたことがありませぬな」


 ロヨンの説明は、地上に生きる人々の知識としては自然なものだった。


 星を見て方角を知り、季節を読む技術はある。航海や暦に使われる知識も、おそらくある程度は体系化されている。けれど、大地全体を外側から観測する手段がなければ、世界の形を確定させるのは難しい。現実の歴史でも、似たような段階は長く続いたはずだ。


《地下施設で得た研究資料内に、サクス文明が行おうとしていたとされる高高度観測を示唆する記述が存在します。ただし、その計画が実行される前にサクスドルフは滅亡してしまったため、その真偽は定かではありません》


「相変わらずとんでもない技術を有していたんだね」


《そういった考え、理論があっただけで、実際にこの地の形を確認することを意図していたのかは不明です。周辺の地理を理解することが目的であった可能性も十分に考えられます》


「それはそうだね」


 私は苦笑しつつ、道端へ伸びていた花を踏まないように足の位置を調整した。踏んでも大きな問題にはならないだろうが、外へ出て最初に見るまともな緑を、わざわざ潰して歩く気にはなれなかった。


 歩き方も、以前よりずいぶん馴染んできた。バランスの取り方にはまだ意識を向ける必要があるが、脚部と腰部の補助機構が細かく調整してくれるおかげで、平坦な道なら大きく揺れずに進める。地下で吸収同化した補助機構は、こういう何気ない移動の中でこそ効果を実感しやすかった。


「なら、ロヨンが知っている範囲で構わない。ここはちいったいどういう大陸なんだい」


「ここはハルサイファン大陸と呼ばれておりますな。母なる大地に数ある大陸のひとつであり、私が知る限りでは、それなりに小ぶりな大陸に分類されます」


「小ぶり」


 大陸に対して小ぶりという言い方をされると、どうしても感覚が狂う。現実の尺度で考えれば、オーストラリアほどの規模でも立派すぎる大陸だ。だが、海の向こうにさらに巨大な陸地がいくつもある世界なら、相対的に小さいと言われるのだろう。


 ハルサイファン大陸。


 サンクティンという古い都市があり、地下にはサクス文明の施設が残り、どこかに機神様に関わる痕跡が眠っている。その大地の名前を、私は今になってようやく知った。


 掲示板で調べれば簡単に分かったことなのだろうが、どうしてか目に入らなかった。


「他には、もっと大きい大陸があるわけだ」


「ありますな。私が名を知る大陸だけでも、このハルサイファンを含めて七つ。もちろん、それが全てとは限りませぬ。海は広く、人の足が届く場所など母なる大地のごく一部。大陸と呼ぶには小さく、島と呼ぶにはあまりに大きな陸地も数多くあると聞きます」


「島嶼、というには大きすぎる陸地もあるわけか」


「船乗りたちは、そうした海の地図を宝のように扱いますな。私は海よりも遺跡や古き道を追うことが多かったゆえ、詳しい話は専門の者に譲りますが」


 ロヨンの言葉を聞きながら、私は頭の中で大雑把な地図を広げた。


 複数の大陸。かなりの数の大きな島々。海を渡る船乗り。星を読む航海術。そこへ古代文明の遺跡、神々の影響、瘴気による土地の変質が重なる。


 舞台としては十分すぎるほど広い。


 広いどころか、現実のゲームとして考えるなら少し過剰なくらいだ。一つの大陸だけでも探索しきれる気がしないのに、その外側にまだ六つ以上の大陸がある。しかも、人類が到達していない土地まで含めれば、実際の数はさらに増える可能性がある。


 そういえば、サービス開始前後にポラリスがサーバー設備へ大規模な投資をしたというニュースを見かけた記憶がある。単なるニュースだと思っていたが、この規模の世界を維持しようとするなら、相応の設備が必要なのだろう。


「このゲーム、運営がサーバーにとんでもない額を投資したってニュースがあったんだよな……」


「さあばあ、ですかな」


「ああ、すまない。こちらの話だよ。旅人がこの世界を訪れるのに不可欠な、特殊な装置に関する仕組みの話さ」


 ロヨンは完全に理解した顔ではなかったが、否定もせず頷いた。


「ルイス殿の語る理は、私には難しいことも多いですぞ」


「私からすると、君の世界の理も十分難しいけどね」


 こちらから見れば、この世界の方こそ理解しがたい。機神様、恩寵、瘴気、サクス文明、地下に眠るゲートの研究。現実の知識で説明できそうなものもあれば、最初から現実の枠に収める気がないものもある。


 その一方で、この世界の人々にとっては、プレイヤーの存在こそ意味不明なのだろう。


 私たちは突然現れ、死んでも元に戻り、現地の常識を数日で踏み越えていく。客観的に見れば、かなり厄介な存在だ。


 掲示板で見た情報を思い返す。


 サービス開始からおよそ一ヶ月。プレイヤー数は一千三百万ほどにまで増えているらしい。全員が常にログインしているわけではないし、世界中へ分散しているとしても、異常な数であることに変わりはない。


 初期地点についての情報も、掲示板ではかなり集まっていた。


 選択した種族によって、生まれ落ちる場所には一定の傾向がある。龍人なら龍人に縁のある地域。獣人なら獣人の街や集落。森と関わりの深い種族なら、モリアのように森の中やその周辺へ。人間に近い種族を選んだ多くのプレイヤーは、大きな都市で目覚めたという報告が目立っていた。


 つまり、大多数は完全なランダム地点へ放り出されたわけではない。種族や恩寵に応じた範囲の中で、それなりに生存可能な場所が選ばれているのだと思う。


 もっとも、私のように廃ビル群で目覚めた例もある。


 特殊な種族、変わった恩寵、初期地点との相性。そうした条件が重なると、生まれ落ちる場所もかなり尖ったものになるのだろう。自分のことながら、よく最初の数日を乗り切ったものだ。


 その例外の果てに、今はロヨンと並んでサンクティンの外を歩いている。思えば、随分と遠いところまで来たものだ。


 距離だけの話ではない。廃ビルの暗がりで息を潜めていた頃と比べると、見えている世界の広さそのものがまるで違う。


 私は広がりすぎた思考を戻すために、ロヨンへ視線を向けた。


「ハルサイファン大陸には、大きな国がいくつあるんだい」

 じっくりと世界を広げていきます。

 

 サクス文明が栄えたのは当然この大陸でのことです。加えて、サクスドルフが大陸を統一したことを示唆するような史料は無いので、大陸外への影響は今のところ不明ですね。

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― 新着の感想 ―
のんびり進行って感じですね わかりやすい物語の動きがない感じ ビルを建設したり警備ロボットを配備したりと、サクス文明でなくてもかなり技術が発展してるのかと思いきや、世界地図が未完成? 技術の発展がチ…
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