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〈Genesis of Anomaly〉〜恩寵という名のデバフを盛るほど強くなるVRMMOで、盛れるだけ盛ったオンボロ機械兵器のお話〜  作者: 月麗 ジアマリ
第二章▼避難所から始まる地下研究所探索▼

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第27話『ル・ロヨン』

 夜にもう一話更新するかもしれません。

 しないかもしれません。

 それは私の気分次第( ̄▽ ̄)

 言葉遣いだけなら老人のようだ。


 だが、声そのものはとても若く聞こえる。澄んでいて、滑らかで、妙に耳に残る音だ。


 顔をガスマスクで覆っているせいでその表情は分からないが、少なくとも声だけを聞けば、目の前の大柄な姿とは別の人物を想像してしまいそうである。


「ル・ロヨン……」


 全く聞き覚えのない名だ。上の階層でかなりの資料を読み漁ったが、そのような名前は一つもなかったと記憶している。


 いったい何者なのだろうか。


 研究者を名乗る者がサンクティンの地下深くで暮らしている。しかも、件のゲートに関わると思われる場所で。偶然と考えるには、些か都合がよすぎるのではないだろうか。


 この御仁に聞きたいことは多い。ここにいつからいるのか。どうやって入ったのか。何を知っているのか。ガスマスクの下はどうなっているのか。


 だが、いきなり問い詰めても仕方がないだろう。


「あなたはここで何をしていたのだ?」


 まずは一番自然な問いを投げてみるとしよう。


 ル・ロヨンは、その質問の何かが気に入ったのか、喉の奥でクククと笑った。


「ここに来るなら目当て物はひとつしかあるまい。そんなもの、勿論ゲートよ」


「ゲート、か」


 やはり、その単語が出る。


 手記にもサンクティンの地下にあるゲートのことが書かれていた。


 異なる世界に繋がる力を持つという、古代の構造物。その研究を応用すれば、街と街、国と国を繋ぐ長距離移動用の設備を作れるのではないか。そう記されていたはずだ。


 今の時代にもその存在に関する噂話が広まっているのかもしれない。あるいは、少なくとも一部の研究者や探索者の間では知られているのだろう。


「そういうお前さんは、なんぞこんな所にまで来た」


「気になることがあってね。それの調査だよ。同じだね」


 私は軽く笑って返した。


 全てを話すつもりはない。だが、何も知らないふりをするには、あまりにもおかしな状況だろう。既にここまで来てしまっているのだ。


 相手もそれを理解しているのか、ル・ロヨンは両手を少し上げ、やれやれとでも言いたげに肩を揺らした。


「地下の底で同じものを追う者に会うとはのう。面白いこともある」


「それで、ここは君のアジトってことでいいかい? 少し物色させてもらったよ。もちろん何も盗ってないさ」


 隠しても仕方がないので、先に言っておく。


 ル・ロヨンは怒る様子もなく、ゆっくりと私の横を通り過ぎた。大きな外套の裾が床近くで揺れる。その時、薬草のような、古い紙のような匂いがかすかにした。


 彼はその生活空間へ入ると、棚の一角に手を伸ばした。慣れた手つきで何かを取り出し、机の上へ置く。


 カップが二つ。それから、小さな容器が一つ。


 容器の中には黒っぽい粉が入っていた。香りからして、恐らくコーヒーの粉だろう。


 続けて、彼はケトルのようなものを取り出した。底が厚く、側面に細い溝のある金属製の器具だ。蓋を開けると、片手をその上にかざし、低く何かを唱える。


 すると、空中に水が生まれた。


 水は掌の前でまとまり、そのまま細く伸びてケトルの口へ吸い込まれていく。量はそれなりにあるのに、一滴もこぼれない。床も机も濡れなかった。


 水属性の魔法だろうか。


 私がそう考えている間にも、ル・ロヨンは水の入ったケトルを見たことのない機械の上に置いた。箱型の台座に円形の窪みがあり、そこへ底がぴたりとはまるようになっている。


 側面のスイッチを押すと、台座の内側に小さな光が灯り、それがケトルとの接地面から漏れ出ているのが見えた。


 どうやら湯を沸かしているらしい。


 古代研究所の地下で、ガスマスクをつけた大男が、水魔法でケトルを満たし、よく分からない機械でコーヒーを淹れようとしている。


 状況だけ見ればかなり奇妙だが、本人の動きは酷く落ち着いていた。ここで何度も同じことをしてきたのだろう。


 ル・ロヨンは椅子を引き、どかりと腰を下ろした。大きな身体を受け止めた椅子が小さく軋む。


「まあ、コーヒーでも飲んで話そうや」


 そう言って、彼は空間の隅に置かれた木箱を指さした。


 座れ、ということだろう。


 私は一瞬だけ迷った。


 相手の正体も、目的も、こちらへの態度もまだ分からない。出されたものを飲んでいいのかも怪しいし、そもそも今の私の身体でコーヒーを飲む意味があるのかも分からない。


 だが、会話を続ける機会を手放す理由もない。


 この男はゲートを知っている。少なくとも、そのためにここにいると言った。それだけで、話を聞く価値はあるだろう。


「まあそうだね。情報交換といこうか」


 私は木箱の上に腰を下ろした。


 木箱は見た目より頑丈で、私の身体を受けても崩れなかった。表面には細かな傷が多く、以前から椅子代わりに使われていたのだろうと分かる。


 机の向こうでは、ケトルが小さく震えている。台座の内側から立ち上がる熱が、金属の表面をじわりと温めていた。


 相変わらずガスマスクの丸いレンズは、こちらを見ている。彼の顔は見えないし、その表情も分からない。


 それでも、彼が私を観察していることだけはよく分かった。


「それで、ゲートを目当てに来たと言っていたけれど、君はどこでその話を知ったんだい?」


 私が切り出すと、ル・ロヨンは膝の上で指を組んだ。


「外じゃあ、そこそこ知られた噂よ。サンクティンの地下には、古代の超技術が眠っておる。世界の裏側へ通じる門、死んだ文明が残した不思議な遺物、神々の時代に使われた特別な絡繰。名前は話し手によって違うが、根っこは同じじゃ」


「この世界では、割と有名な話なのか?」


「学のある者、遺跡を漁る者、古い伝承を集める者の間ではのう。無論、酒場で酔っぱらいが笑い話にする程度のものでもあるが、わしのような者にとっては、笑って済ませられん」


 ル・ロヨンは机の上に置かれた古びた紙束へ目を向けた。そこには地図のようなものや、記号の羅列が書かれた紙片が乱雑に重ねられている。端が擦り切れ、幾度も折り畳まれた跡がついていた。


「わしは研究者じゃ。古代文明、特にサクス文字と転移機構に関する研究をしておる。サンクティンの噂を聞いたのは、今から十年ほど前になるかの」


「十年?」


 思わず聞き返してしまった。


 この場所には十年いたのかと思ったからだ。しかし、ル・ロヨンはすぐに首を横へ振った。


「この地下に十年ではない。サンクティンに来たのがおおよそ三年前じゃ。その間ずっと、街の上や廃区画を調べ回っておった。古い排水路や崩れた地下倉庫、使われていない井戸に封鎖された礼拝堂。入口らしきものを探して、まあ随分と無駄足を踏んだわい」


「かなり執念深いね」


「研究者など、大なり小なりそういう生き物じゃろう。ひとつの仮説に取り憑かれれば、食い扶持を削ってでも穴を掘る」


 冗談めかした口調だったが、声の奥には妙な重みがあった。


 私は周囲の生活空間へ視線を向ける。机の脚には補強の金具が打たれ、壁際には空になった保存瓶がいくつも並んでいる。


 古びた毛布は端がほつれ、道具類は何度も修理された跡がある。ここで過ごした時間は、決して短いものではないはずだ。


「では、地下への入口は見つけたのか?」


「見つけた、と言えるかは怪しいのう」


 ル・ロヨンはそこで小さく笑った。


「正規の入口ではない。わしは下水を調べておってな。古い水路の一部が妙に新しい材質で補修されていた。おかしいと思って足を踏み入れたところ、床の一部が崩れたのじゃ。次の瞬間には水へ落ちておっての」


「水?」


「深い水じゃ。かなり急な流れもあった。持っていた荷物は流され、手にしていた灯りは消え、どちらが上か下かもも分からんようになった。あれは流石に死んだと思ったのう」


 ガスマスクのレンズが、台座の小さな光を反射した。


「だが、気がついたら、この通路で横になっておったのだ。濡れてはいたが、なぜか生きていた。身体に大きな怪我もないし、当然呼吸もできるじゃろ?荷物の一部も近くに流れ着いていたのう」


「誰かに助けられたのだろうか?」


「かもしれん。だが足跡もなければ、気配もなかった。入口も出口も分からん。水路に戻ろうにも、その通路へ繋がる道が見当たらん。おそらくは、この地下施設の何らかの力がわしを生かしたのじゃろうが、詳細は全くの不明じゃ」


 不思議な力で生かされた、かあ。


 やはりこの地下には、こちらの理解を超えた何かがあるに違いない。


 それはこれまでの探索でも散々思い知らされてきたことだが、ル・ロヨンの話はそれを別方向から補強していた。


「それで、外へ出る方法は?」


「見つかっておらん」


 ル・ロヨンはあっさりと言った。


「随分と落ち着いているね」


「最初は慌てたわい。力の限り壁を叩き、あらゆる通路を走り、狂ったように叫びもした。だが出られんものは出られん。幸い、この地下施設には保存食や嗜好品がいくらか残っておった。水も魔法でどうにかなる。ならば、すぐに死ぬわけではないじゃろ?」


「それで色々と工面しつつ、ここの調査を続けたのか」


「外へ出られぬのなら、どうせここで死ぬ身じゃ。であれば、とことん調べてやろうと思うた。研究者としては、なかなか悪くない墓場じゃろう?」


 なんでもないように、鷹揚に笑っている。だが、それは強がりのようにも、諦めのようにも、純粋な好奇心のようにも聞こえた。


 私は軽く息を吐くような動作をした。肺があるわけではないが、そうした方が自分の中の間を整えられる気がした。


「君は強いね」


「強いのではない。逃げ道がなければ、前を見るしかないだけじゃ。自ら死ぬには、些か歳を取りすぎた……。失いたくない思い出の数々が、そうしようとした儂を押し止めるのじゃ」


 ケトルが小さく鳴った。


 台座の低い音が止まり、部屋の空気にふわりと香りが混じる。何か特殊な水を使用しているのだろうか。


 ロヨンは焦げたような苦みと、乾いた木の皮に似た匂いのする黒い粉を容器から器具へと移し、湯を注いだ。


 細い湯気が上がる。


 薄暗い部屋の中で、それは白い糸のようにゆっくり揺れ、天井近くの暗がりへ溶けていく。


 ガスマスクの丸いレンズ越しに、その湯気を眺めるロヨンの姿は、奇妙なくらい生活感があった。


「現在は何を研究しているんだい?」


「サクス文字じゃ」


「なるほどね。たしか上で見た資料の中にそんなのがあったかも」


「あれはただの文字ではないのじゃ。あれは特別な力を持つ文字なんじゃ。意味を刻むだけでなく、世界に命令を残す働きをするようでの。もっとも、わしにもまだ全容は見えておらんがの」


 彼は机の上に広げられた紙片の一枚をこちらへ滑らせた。


 そこには、見覚えのあるような、ないような記号が並んでいた。古代研究所の壁や扉、昇降機の内部で見た紋様に似ている。曲線と直線が複雑に絡み合い、単なる装飾とは違う規則性を持っていた。


「この施設の各所に刻まれている。封鎖、保存、転送、認証、循環。場所によってそれぞれの働きが違っておるのじゃ。おそらくゲートにも、この文字列が深く関わっておる」


「それが分かれば、ゲートを動かせる?」


「可能性はある。だが、無闇に触ればどうなるか分からん。サクス文字は便利な力などではないのじゃ。少しでも何かを間違えれば、簡単に扉を爆ぜさせる類の代物じゃ。だからこそ、下手な調査ができんくての」


 私は紙片を指先で押さえ、紋様を見つめた。


 手記にあったゲートの研究。ル・ロヨンの話すサクス文字。どちらも同じものへ向かっているように見える。違う時代の研究者たちが、同じ地下で、同じ謎を追っているのだ。


「さて、わしばかり話しておるのも公平ではないのう」


 ル・ロヨンがカップをこちらへ寄せた。


「お前さんは何者じゃ。見たところ、ただの探索者ではあるまい」


 来たか。


 私はカップへ視線を落とした。黒い液面に、私の顔がぼんやり映っている。機械の輪郭。人間から遠ざかった身体。その奥に、自分でもまだ掴み切れていないものがある。


 この世界では、何もかもを明かすのが善ではない。


 掲示板でも何度か目にした。信仰している神、恩寵の内容、種族の詳細、個人的な経歴。そういったものは不用意に話さない方がいい。


 現実の個人情報とはまた違うが、この世界におけるパーソナルな情報であり、時には機密に近い価値を持つ。


 私自身も、それを十分に理解している。だから、言葉を選んだ。


「詳しいことは言えない。ただ、見ての通り人間ではないよ。機械系の種族、とでも言えばいいのかな」


「機械系の種族、か」


 ル・ロヨンの声が、ほんのわずかに変わった。


 驚きではない。恐怖でもない。納得に近い。それでいて、どこか別の知識と結びつけたような響きがあった。


「なるほどな」


「何か心当たりが?」


 私が尋ねると、ル・ロヨンはすぐには答えなかった。


 彼はカップの縁に指をかけ、黒い液面をじっと見つめた。ガスマスク越しでは飲めないはずなのに、その仕草だけは妙に自然だった。


「古い話じゃ。かつて、機械の神を名乗るものが絶望と混沌を齎した、という伝承がある。地方によっては邪神として語られ、また別の土地では文明を押し進めた異端の神とも言われる」


 心臓に似た何かが、内側で一拍だけ強く跳ねた気がした。


「機械の神……」


「お前さんがそれと関わりあると言うつもりはない。だが、突然それに関係がありそうな種族が儂の目の前に現れ、こうしてサンクティンの地下へ降りてきた。偶然にしては、少しばかり出来すぎておると思うただけじゃ」


 含みのある言い方だった。


 踏み込むべきか迷ったが、今ここで追及しても、簡単に答えが得られるとは思えない。そもそも、私自身が自分の恩寵や種族について完全に理解しているわけではないのだ。


 こちらが沈黙すると、ル・ロヨンはそれ以上続けなかった。


 代わりに、彼は両手を後頭部へ回した。金具の外れる小さな音がして、ガスマスクがゆっくりと外れていく。


 私は思わず身構えた。何が出てくるのか、全く想像がつかなかったからだ。


 だが、外されたマスクの下にあったのは、拍子抜けするほど整った顔だった。


 肌は白く、地下暮らしのせいか血色は薄い。鼻筋は通り、口元には皮肉っぽい笑みが浮かんでいる。何より目を引いたのは、髪の隙間から伸びる長い耳だった。先端が鋭く、横へすっと流れている。


 思ったよりもずっと若い。


 外套越しの大柄な体躯と老人じみた口調に引っ張られていたせいで、勝手に年老いた顔を想像していたが、目の前の男はむしろ青年に近かった。少なくとも、声と顔はよく釣り合っている。


「……あれ、エルフだったんだ」


 つい、そう口にしてしまった。


 ル・ロヨンは片眉を上げ、それから口元だけで笑った。


「さて、どうじゃろうな」


「違うのかい?」


「耳が長ければ皆エルフというわけでもあるまい。まあ、外から見ればそう呼ばれることも多いがの」


 何やら含みのある笑みだった。


 種族に関することは、やはり簡単には言わないらしい。先ほど私が自分の詳細をぼかしたのと同じだ。


 お互いに踏み込みすぎない。その線引きが、この世界ではひどく重要なのだろう。


 ル・ロヨンはカップを持ち上げ、湯気を軽く吹いた。ガスマスクを外したせいで、ようやく飲めるらしい。彼は一口含み、満足げに目を細めた。


「飲めるなら飲んでみるがよい。味は保証する」


「毒は?」


「そんな貴重なものを初対面の客に使うほど、わしは裕福ではない」


「なるほど、説得力がある」


 私はカップを手に取った。


 熱が指先の装甲を通じて伝わってくる。口元へ運ぶ動作にわずかな迷いがあったが、試しにほんの少しだけ含んでみる。


 苦い。


 けれど、ただ苦いだけではなかった。乾いた香ばしさの奥に、わずかな甘みと酸味がある。


 舌という器官が今の身体にどれほど正確に機能しているのかは分からないが、それでも美味しいと認識できた。


「……意外と美味しい」


「意外とは余計じゃ」


 ル・ロヨンが喉を鳴らして笑う。彼が笑うと、部屋の空気が少しだけ緩んだ気がする。


 それからしばらく、私たちは互いに話せる範囲の情報を交換した。


 私は上の街で得た情報や、ここへ来るまでに見た施設の状態を話した。研究所の放棄、頑強な扉、古い手記、サンクティンに怪物の群れが襲来した可能性。


 もちろん、恩寵の詳しい内容やマリーの詳細、私自身の核心に関わる部分は伏せた上で、だ。


 ル・ロヨンは、それを咎めなかった。


 彼もまた、話すべきところと伏せるべきところを選んでいた。どの組織に属しているのか、誰の支援を受けていたのか、どんな神を信仰しているのか。


 そういった点には触れず、あくまで研究者としての見解や、地下での観察結果を教えてくれた。


 色々と複合して考えると、この施設は単なる研究所ではない。


 いくつもの区画が重なり合い、上層と下層で建築年代も技術体系も違う。生活空間らしき場所、実験用の区域、封鎖された保管庫、そしてゲートへ続くと思われる中枢区画。


 ル・ロヨンは限られた範囲を何度も往復し、壁の文字や扉の反応、空気の流れまで記録していた。


「ゲートは見つけたんだね」


 私がそう言うと、彼はカップを机に置いた。


「見つけた。もっとも、見つけたからといって完全に理解したとは言えん。近づくだけで肌が粟立つ。あれは、ただの転移装置ではない。世界の継ぎ目に歪な杭を打ち込むような代物じゃ」


 世界の継ぎ目。


 大げさな表現のはずなのに、この地下に限っては冗談に聞こえない。


「活動が止まっている、というようなニュアンスだったが、実際に動いているのか?」


「ふむ。眠っている、と言うべきかの。完全に停止しているわけではない。微弱だが、いくらかの反応がある。刻まれたサクス文字も未だに生きておる。何かしらの機能が失われているのか、封印されているのか、あるいは最初から我々が触れてよいものではないのか。その判断がつかんのじゃ」


「だからサクス文字を調べていた、と」


「そうじゃ」


 ル・ロヨンは指先で机を軽く叩いた。


「鍵を知らずに罠だらけの扉へ手をかけるほど、わしは無謀ではない。まあ、ここに閉じ込められておる時点で、説得力はないかもしれんがな」


 彼は笑ったが、私は笑えなかった。


 今まで見てきたものを考えれば、ゲートに不用意に触れる危険性は想像できる。けれど、そこへ行かなければ分からないこともある。


 私がこの地下へ来た理由。手記に記された研究。サンクティンの過去。そして、機神という言葉に繋がるかもしれない何か。


 それらの答えが、ゲートの近くにあるのなら。


 私はカップを置いた。


「ル・ロヨン」


「なんじゃ」


「そのゲートの元に案内してくれないか」


 部屋の中が静かになった。


 台座の光はすでに消えている。湯気も薄れ、コーヒーの香りだけが空気に残っていた。


 ル・ロヨンは私を見た。


 若い顔に、老人のような目をしていた。長く閉じ込められ、それでも研究を手放さなかった者の目だ。


「見たいか」


「見たい」


「後悔するかもしれんぞ」


「ここまで来て見ない方が、絶対に後悔するよ」


 しばらく、彼は何も言わなかった。


 やがて、口元に小さな笑みが戻る。


「よかろう。ならば案内しよう。わし一人では探索できん場所もあるからの。お前さんのような者が来たのも、何かの縁かもしれん」


 ル・ロヨンは立ち上がり、外していたガスマスクを再び顔へ当てた。金具が噛み合い、レンズの奥の表情が隠れる。先ほどまで見えていた青年の顔は消え、再び大柄な怪人がそこに立っていた。


 彼は机の脇からランタンに似た器具を取り、側面のつまみを回す。中に刻まれたサクス文字のような紋様が淡く光り、青白い灯りが部屋の床を照らした。


「足元には気をつけよ」


「足元?」


「色々と落ちてるのじゃ、不思議な物がの」


 それだけ言うと、ル・ロヨンは鐘の付いた杖をランタンとは逆の手に持ち、通路へ出ていった。


 私は木箱から立ち上がり、もう一度だけ部屋を見回す。古い紙束、空になった保存瓶、修理された椅子、飲みかけのコーヒー。


 閉じ込められた研究者が、死ぬまでの時間を燃やしながら積み上げてきた小さな痕跡。


 その全てを背にして、私は彼の後を追った。通路の暗がりは、私たちを待ち構えているように口を開けている。


 私はその奥へ、ゆっくりと足を踏み出した。

 突然ですが、イギリス英語を少しでも理解できるという方は、「Max Fosh」というYouTuberを見て欲しいです。


 どの動画も信じられないほど面白いので、暇な時にでもチラッと見ることをオススメします。


 彼のチャンネルではないのですが、その友人の「Zac Alsop」というチャンネルの一番人気の動画にも彼が出演していて、その動画が個人的にYouTubeで一番面白い動画です。


 突然すみません(T_T)

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