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〈Genesis of Anomaly〉〜恩寵という名のデバフを盛るほど強くなるVRMMOで、盛れるだけ盛ったオンボロ機械兵器のお話〜  作者: 月麗 ジアマリ
第二章▼避難所から始まる地下研究所探索▼

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第26話『地下での遭遇』

 昨日は投稿できず、すみませんでした(T_T)


 その代わりかなり執筆できたので、ある程度まとめて投稿します!

 昇降機が止まったのは、完全な暗闇の中だった。


 それまで足元に伝わっていた振動が、深い水の底へ沈んでいくようにすっと消え、最後にガコン、と重い金属同士が噛み合う音だけが低く響く。


 直後、沈黙が空間を支配した。


 ふむ。何も聞こえない。上で体験した風が流れる音も、機械が動く気配も、遠くで水が滴るような反響さえない。ただ、光のない空間だけが、こちらの存在を押し返すように広がっていた。


「これが正しい表現かは分からないが、顔に黒い布を押し当てられているみたいに感じるよ」


 目を開けているはずなのに、目を閉じている時とほとんど変わらない。


 私は昇降機の床から足を離さないまま、顔だけをゆっくり左右へ向けた。だが、肝心の視界には何も映らない。


 機械の身体になってから、暗所への耐性はある程度あるつもりだった。少なくとも、地上の廃墟や薄暗い建物の中なら、光が足りなくても輪郭くらいは拾えていた。


 目の前に自分の手をかざしても、見えているのか見えていないのか判断できない。指を動かしたはずなのに、視界に変化がないというのは、予想以上に落ち着かないものだった。


「……さすがにこれは困るな」


 思わず呟いたところで、以前にも似たような状況があったことを思い出した。


 たしか、マリーが暗視に近い機能を使っていたはずだ。あの時は状況が慌ただしく、仕組みを確認する余裕などなかったが、今なら試せるかもしれない。


「マリー、暗視にするにはどうすればいいの?」


《視覚補助機能の起動が可能です。右目を喪失している現在の状態では、通常の光学補正だけでは十分な視界を得られません。魔力回路に微量の魔力を流すことで視界を補正します》


「つまり、魔力を使う機能ってことか」


《はい。消費は軽微です。ただし、強い光源が発生した場合、補正が過剰となり一時的に視認性が低下する可能性があります》


「分かった。起動しよう」


《了解。視覚補助機能、起動します》


 マリーの言葉が終わると同時に、視界に薄い膜が重なるような感覚が走った。


 何もなかった空間の中に、少しずつ輪郭が浮かび始める。黒一色だった世界の奥に、床の縁、壁の曲面、昇降機を囲む広がりが沈んだ影のように立ち上がった。


 当然色はほとんどない。青みがかった濃淡だけで構成された視界ではあるが、少なくとも自分がどこに立っているのかは分かるようになった。


 曖昧な視界を頼りに昇降機を抜け、地下の空間へ降り立った。


 機械の足が床を踏むと、硬い音が小さく返ってくる。思ったよりも音が伸びない。天井が高い場所ならもっと響いてもよさそうなものだが、この円形の空間は音まで飲み込むように作られているらしい。


 床面は驚くほど滑らかだった。


 屈んで指先を当ててみると、思っていた以上に手触りがいい。石を掘ったというより、掘った後に気の遠くなるほど丁寧に磨き上げたような質感だ。ざらつきも、欠けも、継ぎ目らしいものもない。指先を滑らせても、引っかかるところがまるで見つからなかった。


 私は軽く息をつき、改めて周囲を見渡した。


 昇降機の周囲には、十メートルほどの幅を持つ通路がぐるりと巡っていた。中央に昇降機があり、それを囲むように円形の床が広がり、さらにその外側を滑らかな壁が取り巻いている。


 広場と呼ぶには狭いが、ただの乗降口と呼ぶには妙に整いすぎた場所である。


 上へ続く昇降機は、今や沈黙した円柱のように背後にある。振り返れば、私をここまで連れてきた箱は黒い輪郭だけを残し、まるで地下の底に刺さった杭のように見えた。


 反対側へ視線を戻す。


 壁には細かな紋様が彫られている。直線と曲線が幾重にも組み合わさり、機械の回路にも、古い装飾にも、何らかの文字にも見えた。


 規則的なようでいて、目で追っていると途中から別の流れへ分岐していく。一本の線が別の線に寄り添い、離れ、円を描き、また鋭く折れて壁の奥へ潜り込む。


 その意匠にどんな意味があるのかは分からないが、単なる飾りとして彫られたものではないように思える。


「これ、掘って作ったにしては綺麗すぎるよ。マリー、どう思う?」


《現在の視覚情報では加工痕の判別は困難です。少なくとも自然形成物ではないと思われますが、通常の切削、研磨とは異なる手段で整形された可能性があります》


「甚だ不思議だな」


 外周の壁には、一つだけ大きな入口が開いていた。そこに扉は備え付けられていない。円形の空間から外へ出るための口が、壁の一部を大きく切り取るように作られている。


 改めてこの空間を観察すると、どこか鳥籠のようだと思った。中央に昇降機があり、その周りを通路が囲み、外へ通じる入口が一つだけある。


 格子こそないが、閉じた空間の中に乗降口だけが置かれている様子は、少しだけ檻めいて見える。


 この場所には、かつて色々な物が置かれていたのだろう。


 昇降機で運び込んだ研究資材、実験用の機材、記録媒体、あるいは外へ簡単に出せない何か。そういったものを一時的に保存したり、仕分けたりするための空間だったのかもしれない。


 十メートルほどの余裕があるのも、大きな荷物を動かすためだと思えば納得できる。


 しかし、今はもぬけの殻だ。棚も、箱も、機材も、それらの残骸すら見当たらなかった。古い施設なら埃や破片が溜まっていてもおかしくないはずなのに、床面は妙に綺麗に保たれている。


 上の廃墟とは明らかに違う。あちらは風化と放置の気配が色濃く残っていたが、ここは長い時間の中に置き去りにされながらも、そこから汚れだけを取り除かれたような奇妙な清潔さを保っていた。


「埃がないのも変だな」


《床面に微弱な魔力反応を検出。塵埃の蓄積を抑制する機構が残存している可能性があります》


「清掃機能つきの乗降口か。一体どんな技術で作られているんだ……?」


 何もない場所が綺麗であることは、本来なら悪いことではないだろう。当然それが好まれるのだから。


 しかし、廃墟の地下で、長い時間を経てもなお清潔さだけが維持されているとなると話は別だ。上では壊れていたものが、ここでではまだ生きている。誰もいないように見えて、施設そのものがまだ死んでいないのだ。


 周囲を見た限り、明らかに動いている設備はない。隠し扉や端末らしいものも、少なくともこの視界では確認できなかった。本当に、乗り降りや荷物の受け渡しに使うだけの空間なのだろう。


 私はもう一度だけ周囲を確認してから、大きな入口の方へ向かった。


「よし、通路を抜けてみるか」


 入口を越えた直後、左右の壁から小さな音がした。


 カチリ、と乾いた音がして、壁に備え付けられていた燭台のようなものに火が灯る。一つだけではない。私の少し先、そのまた先、さらに奥へと、通路に沿って順番に火がついていった。


 暗闇の奥へ、青白い点が走る。


 先ほどまで閉じた円形の空間にいたせいか、その変化はかなり大きく感じられた。壁の火が増えるたび、通路の形が一段ずつ奥へ引き延ばされていく。


 暗所視覚補助を入れたままだったせいで、急に視界が白く滲んだ。輪郭が膨らみ、距離感が少しだけ狂う。目を指で強く押されたような不快感があり、私は思わず一歩だけ足を止めた。


 目の辺りに意識を向け、そこに働いているであろう機能をオフにするようなイメージを持つと、自然と暗視機能は薄れていった。


 闇の中から床が現れ、壁が現れ、天井の緩やかな曲面が現れる。


 形だけ見れば、古い館の壁にありそうな燭台だ。受け皿の上に、小さな炎だけが浮かんでいた。色は普通の橙ではなく、どこか青白さを帯びている。


 通路はかなり広い。トラックを二台横に並べても余裕がありそうな幅があり、天井も高かった。


 ここも荷物や大型の機材を運ぶための道なのだろう。床と壁、そして天井までがよく磨かれていて、火の光を薄く反射している。


 完全な鏡というほどではない。それでも、壁面には私の姿がぼんやり映っていた。


 欠けた外装、継ぎ足した部位、修復しきれていない損傷の跡。自分の姿を不意に横から見せられると、改めて随分と目立つ身体だと思わされる。


「これで人の前に立つというのは、少し無理があるかもしれないね」


《外見上の警戒要素は多いと推定されます》


「正直でよろしい」


 私は小さく肩をすくめ、先へ進んだ。


 足音が広い通路に反響する。床が硬いせいか、一歩ごとに乾いた音が返り、それが壁と天井の間を伝って少し遅れて耳に戻ってくる。


 数歩進むだけで、背後の昇降機の気配は薄れていった。振り返ればまだ入口は見える。しかし、円形の乗降口は通路の奥に切り取られた暗い穴のようで、今いる場所とは別の部屋になってしまったように感じられた。


 また前を向く。


 通路の壁には、先ほどの鳥籠状の空間と同じような紋様が続いていた。ただ、こちらのものは少し荒々しい。


 所々に深く刻まれた溝がある。その溝の底に火の光が届かないせいで、黒い線が壁面を這う血管のようにも見えた。


 しばらく進んだところで、右手側に開けた空間が見えた。


 最初は物置かと思った。


 通路に面した大きな横穴のような空間で、扉はない。青白い火が入口近くの壁に浮かび、奥をぼんやり照らしている。そこだけ通路よりも天井が低く、空気がわずかに淀んでいるように感じられた。


 しかし、近づくにつれて印象が変わっていく。そこには幾つもの家具が置かれていた。


 机、椅子、棚、横倒しにされた木箱。壁際には厚手の布が重ねられ、簡易的な寝床のようになっている。


 机の上には紙束らしきものと、小さな器具がいくつか置かれていた。棚には瓶や箱が並び、どれも古い施設の備品というより、誰かが使いやすいように置いた私物に見える。


 私は入口の手前で足を止めた。


 ふむ。これは誰がどう見ても生活感があると思うだろう。それも、遠い昔の名残というより、かなり新しい気配だ。


 ここに人がいる。そう考えるしかなかった。


 しかも、つい最近までいた可能性が高い。少なくとも、何十年も前に放棄された生活跡ではない。今も誰かがここを拠点として使っている。


 私は慎重に一歩だけ中へ入った。


 机の上の紙束は、古びてはいるが崩れていない。端がわずかに反り、何度もめくられたような癖がついている。


 小さな器具の一つは、金属製の針を束ねたような形をしていて、何に使うものなのか見当もつかない。瓶の中には乾いた葉のようなものが詰められ、別の箱からは薬草にも焦げた布にも似た匂いが薄く漏れていた。


 寝床の方へ視線を移す。


 厚手の布は雑に重ねられているが、放置された雑巾とは違う。人が横になれる幅を確保し、頭を置く位置だけ少し高くしている。壁際には短い棒のようなものが何本か立てかけられ、その横には布で包まれた荷物が置かれていた。


 ただの物置ではない。


 誰かが、ここで寝起きしている。


 私は背中に冷たいものを感じた。いや、機械の身体に汗は流れない。だが、そう表現するしかない感覚が、私を襲った。


 なぜだ。どうやってここへ来た。昇降機には特別な認証のようなものが必要なのではなかったのか?


 もし地上から普通に来られるなら、もっと荒らされていてもおかしくない。逆に、この場所を使っている者が私と同じように機能的に許可されているのだとしたら、それはそれで何者なのか見当もつかない。


 あるいは、そもそも外から来た者ではないのか。


 考えがまとまる前に、通路の奥から音が聞こえた。


 コツ、コツ、と硬い足音だった。


 磨かれた床を、靴底か杖の先が叩いている。音はまだ少し遠いが、反響の具合からしてこちらへ向かっているのは間違いない。


 私はその場で動きを止めた。


 さっきまで意識していた生活空間の細部が、一瞬でただの背景へと切り替わってしまった。


 机の上の紙、寝床の布、棚の瓶。それらすべてよりも、通路の奥から近づいてくる音の方がはるかに大きな意味を持ち始めたからだ。


《足音を確認。接地音、歩幅、反響間隔から推定。対象はかなり大柄です。歩行速度は緩やかですが、重量があります。この生活空間の使用痕跡と合わせて判断するなら、対象はこの場所を拠点としている人物である可能性が高いです》


「……家主のお帰りというわけだ」


《その表現が妥当でしょう》


 あまり嬉しくない妥当さだった。


 私はこの空間を荒らしてはいない。何かを盗ったわけでもない。ただ、勝手に入って、勝手に観察しただけだ。


 だが、それをされた側がどう感じるかは別の話である。家主のいない間に見知らぬ者が入り込んでいるなど、普通なら警戒されて当然だろう。


 ここで慌てて通路へ戻ろうとすれば、どう考えても鉢合わせになる。しかも、生活空間から出てくる形になるため、物色していたところを見つかって逃げ出したように見えるかもしれない。


 この空間のどこかに隠れるのも無理だ。この身体で家具の陰に隠れたところで、見つかった時の印象が悪くなるだけだろう。


 そもそも、この部屋にはまともな遮蔽物が少ない。机の下に潜り込めば、壊れた人形が雑に隠されているような光景になってしまう。


 ならば、ここは敢えて堂々としていた方がいい。


 そもそも、ここは廃墟の研究所だ。誰が何を理由にここを使っているのかは知らないが、私だけが咎められる筋合いはない。


 私は昇降機に拒まれず、ここまで降りてきた。少なくとも、施設の機能上は侵入者として排除されていない。


 もちろん、その理屈が相手に通じるかは分からない。だが、後ろめたそうに振る舞うよりはまだマシだ。


 そう決めたところで、足音の間隔がわずかに変わった。


 一定だった歩調が、少しだけ遅くなる。


 気付かれたか。ならば、よし!


 私は生活空間から通路へ出た。


 青白い火が壁面で揺れている。磨かれた床に私の影が伸び、その向こう側、通路の奥に大きな人影が立っていた。


 私は左足をほんの少し引き、すぐに思い直して戻した。構えるには早い。逃げるにも遅い。なら、まずは言葉だ。


「私はこの地下空間に用があってやってきたルイスだ。失礼だが、あなたはどちら様で?」


 できるだけ落ち着いた声で名乗る。


 相手は大男だった。


 背丈は二メートルほどだろうか。広い通路に立っていても、はっきり大きいと分かる。


 厚手の外套をまとっており、肩から背中にかけて大きなマントのような布が垂れていた。顔はガスマスクに覆われている。丸いレンズが二つ、壁の炎を鈍く反射していた。


 手には杖を持っていた。金属ではなく、木を削り出したような質感だ。表面には細かな刻みがあり、自然の枝をそのまま使ったものではないと分かる。


 杖の先には、小さな鐘のような装飾が付いていた。歩くたびに揺れていたはずだが、不思議と音は鳴っていない。


 大男は、私を見て少しだけ動きを止めた。


 驚いたのだろう。だが、それはほんの一瞬だった。すぐに肩の力を抜き、こちらを観察するように立ったまま首を傾ける。


「こんな辺鄙な所に客人が来るとは、なんとも数奇なものよ。儂はしがない研究者の一人、ル・ロヨンじゃ」


 ガスマスクの奥から響いた声は、口調と合っていなかった。

 謎の研究者であるル・ロヨンさんの登場です。


 一部の物好きな人なら得心が行くと思いますが、とある人物をモチーフに作り上げました。

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