第24話『扉の先に扉』
本日はあと一話更新するかもです。まだ分かりません。
更新されたら「ジアマリ、執筆頑張ったんだな」と思ってください(T_T)
一見するとビクともしなそうな扉だったが、よく観察すると、両側を固定している丁番がかなり風化していた。本来持ち得た堅牢さは、既に失われているらしい。
「ふんっ!」
私は左手にありったけの力を込め、この扉をこじ開けようと試みる。
厚い扉はわずかに軋んだ。手のひら越しに、僅かにだが動きかけたような感触もある。けれど、それ以上はびくともしなかった。
「困ったな……」
いや、力だけで押し切る必要はない。丁番が弱っているなら、そこを狙えばいい。
そこで私は、今まで大きな出番がなかった大地魔法を思い出した。これまで一度もまともに使用してこなかったが、説明を読む限り、とてつもない力を秘めているのは確かである。
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【SR】大地魔法
┗地魔法を極めるに至った先に辿り着く極地。大地に語りかけるように祈れば、きっと彼らはあなたの望みを叶えてくれる。
「決して大地魔法の研鑽を怠るなよ、いつの日かお前が神に縋った時、きっと助けてくれるのはこいつだから」
┗【大地の呻き声】グランカルドスの言葉
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すみませんグランカルドスさん、研鑽怠りまくっています……。
いや、移動も探索もままならなかったのだから仕方がない。そう言い訳したいところだが、正直、常用しているファブリケーターと吸収同化が便利すぎて忘れていただけでもある。
折角だ。ここで慣れも狙って、大地魔法で何とかしてみよう。
「……ええと、どうすればいいんだ?」
説明には、詠唱も魔法陣も書かれていない。ただ、大地に語りかけるように祈れば望みを叶えてくれる、とあるだけだ。詩的すぎて、実用面がさっぱり分からない。
私は足元を見下ろした。
割れたタイル、砕けたコンクリート片、赤錆の粉、埃に埋もれた細かな砂粒。石材も砂も金属も、広い意味では大地の欠片と言えなくもない。
大地に語りかける。それは、ただ神頼みをするという意味ではないのだろう。もっと強く、具体的に、そこにあるものへ形を与えるように念じることなのだと思う。
私は左手の人差し指を立て、その先端に意識を集中させた。
形を思い描く。その質量を想像する。表面のざらつき、内部の密度、指先に乗る重みまで、できる限り具体的に作り上げる。
周囲の砂粒や石粉が引き寄せられ、鉱物の粒子が噛み合い、歪な小石へ変わっていく。
すると、指先に微かな重みが生まれた。
「お」
私の人差し指の先に、米粒より少し大きい程度の黒灰色の粒が浮かんでいる。完全な球形ではなく、表面もざらついている。ふむ。それはたしかに小石だった。
《微弱な地属性反応を検知。術式展開は極小規模ですが、魔法の発動は成功と判断できます》
「よし。つまり、こういう感じか。グランカルドスさん、すみません。今更ながら今後は真面目に研鑽します」
謝罪を口にし、私は指先の小石を扉へ向けた。
次は飛ばす。ポトリ、と落とすのではなく、勢い良く弾く。指先から押し出し、狙った場所へ真っ直ぐ射出する。
そう念じた瞬間、小石が弾かれた。
パチン、と乾いた音がして、灰色の粒は扉の表面にぶつかった。塗装の剥げた金属面に小さな傷を増やしただけで、攻撃と呼ぶにはあまりにも頼りない。
「ふむ。まあ悪くない。少なくとも指鉄砲ごっこよりは可能性があるしね」
私は改めて丁番へ視線を向けた。
扉そのものは分厚い。正面から破るには硬すぎる。だが、丁番は赤黒く錆び、根元の金属板には細かな亀裂が走っている。
今度は掌を突き出し、その前に意識を集中させる。指先の小石ではなく、もう少し大きく、重く、硬く、衝撃を伝えられる礫。
床に散らばった破片が震え、埃が薄く舞った。削れたタイルの粉とコンクリート片が集まり、掌の前でぎこちなく固まっていく。
潰す。固める。内部の隙間を埋める。脆い塊ではなく、叩きつけるための石にする。
《警告。現時点でのあなたの魔法制御精度は低く、連続使用による悪影響が懸念されます》
「分かってる。一発で決めるから心配いらないよ」
右腕がない今、反動を受け止める姿勢にも限界がある。私は足を少し開き、腰を落とし、胴体全体で左腕を支えるようにして、左側の扉の丁番へ狙いを定めた。
腐食が最も深そうな固定部。金属板と壁面が接する、わずかに膨らんだ部分。
「行け」
短く呟いた瞬間、掌の前の礫が撃ち出された。
ゴッ、と鈍い衝撃が響く。
礫は丁番の根元へ直撃し、赤錆びた破片を盛大に散らした。金属が割れる音と、壁面の奥で何かが砕ける音が重なり、扉全体が低く震える。
完全に吹き飛んだわけではない。だが、丁番は歪み、半ば千切れかけている。扉全体にかなりの負荷がかかったのだろう。固定部の亀裂がさらに広がっていた。
「おらっ……!」
私は左肩と左手を扉へ押し当て、体重をかけるようにして押した。
最初はビクとも動かない。しかし、奥で錆びた金具が悲鳴のような音を立てた。丁番が壁から剥がれかけ、金属片がぱらぱらと床へ落ちる。
次の瞬間、バキン、と乾いた破断音がした。扉は支えを失い、巨大な金属板となって向こう側へ傾く。そして、床へ叩きつけられた。
バタン、などという可愛げのある音ではなかった。腹の底に響くほど重い轟音が通路を揺らし、埃を一斉に巻き上げる。
「……思ったより派手にいったな」
《周囲に敵性反応なし。音響反射から、前方に階段構造を確認》
「階段か」
粉塵が落ち着くのを待ち、私は倒れた扉を跨いだ。
その先は、短い前室のような空間だった。壁は無機質な灰色で、装飾らしいものはほとんどない。天井には細長い照明器具の残骸が並び、大半は死んでいるが、一本だけが弱々しく明滅していた。
床の奥には、下り階段が口を開けている。
階段の先は考えるまでもなく暗い。しかし、ただ暗いだけではないように思えてならない。その奥行きが妙に深く、地下そのものがこちらを覗き返しているような圧迫感があった。
私は縁に立ち、慎重に下を覗き込む。
手すりは錆び、壁面のケーブルは途中で切断され、内部の線が乾いた植物の根のように垂れ下がっていた。
耳を澄ませると、水滴の音に混じって、ごう、とも、うう、ともつかない空洞音が響いている。
「地下に続く階段って、どうしてこうも嫌な雰囲気になるんだろうな」
《閉鎖空間、視界不良、反響音。その他複数の要因が合わさり、人間の持つ警戒感を誘発しているものと推測されます》
「冷静な分析をありがとう。本来なら無感情の機械に生まれ落ちた私にも当てはまるんだから、これは人間が持つ当たり前の感覚を利用したギミックなんだろうなあ」
私は左足を階段へ下ろした。
金属とも石材ともつかない段が、機械の足裏を受け止める。崩れる気配はないが、足音は思った以上に大きく響いた。
カン、という硬い音が壁にぶつかり、何度も反射して下へ落ちていく。まるで自分以外の誰かが、少し遅れて後ろから同じ足音を立てているようだった。
階段はまっすぐ下へ続き、やがて狭い踊り場へ出た。
壁には古い標識のようなものが残っていた。文字は掠れているが、下降を示す矢印と、丸の中に歯車を収めたような意匠だけは確認できる。
「マリー、読めるか?」
《損傷が激しく、完全な復元は困難です。ただし、施設区分を示す案内板の可能性があります》
「施設区分ね。ここから先は何かの専用区画というわけか」
《推測ですが、一般通路ではなく、管理区域または搬送設備に接続する通路である可能性があります》
踊り場の先には、さらに下り階段が続いている。天井の照明は完全に死んでおり、代わりに階段の下の方から、ごく弱い青白い光が漏れていた。
自然光ではない。魔法の光とも少し違う。もっと冷たく、精密で、何かの機構がまだ生きていることを示すような光だった。
「……そういえばあの広い空間でも感じたことだが、やはりまだ動いている設備があるのか?」
期待よりも先に、警戒が胸の奥へ沈む。私はもう一度、足を進めた。
二つ目の階段は、実際の段数以上に長く感じられた。下へ行くほど空気は冷たくなり、足音の反響も深くなる。背後の暗闇を振り返りたくなるが、前方には青い光がある。
私は最後の段を下りた。
そこは、少し開けた地下空間だった。天井は高く、左右の壁は滑らかな金属板で覆われている。上の階層と比べて、明らかに保存状態がいい。
そして、その奥に両開きの扉があった。
大きさは、銀索蜘蛛が通るには窮屈だろうが、私なら問題なく通れそうな程度。表面は黒に近い深い金属色で、左右対称に走る細い溝の奥を、青い光が脈打つように流れている。
その光は、ただの照明ではないように思えた。
扉の輪郭をなぞり、中央の合わせ目へ集まり、そこから枝分かれするように幾何学的な線を描いている。魔法陣にも見えるし、回路図にも見える。幻想的でありながら、ひどく機械的でもあった。
「これは……やはりまだ生きてるな」
《高密度の魔力反応および機械反応を検知。認証機構が稼働中である可能性があります》
「認証機構?つまり、さっきみたいに壊して入るっていうのはなるべく避けた方がいいかもね。下手したら中の物が滅却されるかもしれないし」
この扉には外から見える丁番がない。壁と一体化するように組み込まれており、力技でどうにかするには状態が良すぎる。それに、壊していいものとも思えなかった。
私は触れない距離で左手を持ち上げる。青い光が、わずかに強くなった。
「……反応してる?」
《生体反応ではなく、機体構成および恩寵情報に対する照合反応の可能性があります》
「恩寵情報?」
その言葉で、私は自分のステータスに表示されている特別な名を思い出す。
機神の寵愛。
正直、今でもその重みを完全に理解しているわけではない。強力な恩寵であることは分かる。私のこの身体に深く関わっていることも、ファブリケーターや吸収同化の根幹にあることも察している。
だが、それがこの施設の扉にまで関係するとは思っていなかった。いや、この施設が機械に関わるものなら、むしろ不自然ではないのかもしれない。
扉の中央を走る青い線が、ゆっくりと形を変えた。
合わせ目の少し上に円形の光が浮かび、そこから細い線が何本も伸びる。淡い光の網は空中へ広がり、私の輪郭をなぞるように滑った。
攻撃ではないように思う。
光は外装を撫で、首の奥、胸部、左腕、脚部へ順番に触れていく。熱はないし、痛みもない。ただ、自分の内部を静かに覗かれているような落ち着かなさがあった。
《照合反応、継続中。当機体に拒絶反応は確認されません》
「拒絶反応があったらどうなっていたんだ?」
《不明です》
「一番怖い返答だよ」
やがて、青い光は私の胸元で一度強く明滅した。
その瞬間、頭の奥に微かな音が響く。明確な音で表現された言葉ではない。ただ意味だけが流れ込んでくるような感覚があった。
資格あり。あるいは、通行を認める、みたいな。
決して私という個人を歓迎しているわけではない。ただ、古い仕組みが私の機体と恩寵の情報を照合し、条件を満たしていると判断した。ただそれだけのように思えた。
青い光が扉全体へ走る。
封じられていた何かが解けるように、中央の合わせ目から細かな粒子が零れた。次いで、重い機械音が地下空間に響く。
左右の扉が、ゆっくりと開いた。
内部から冷たい空気が流れ出してくる。湿った地下の空気ではない。清浄で、乾いていて、わずかに金属と薬品の匂いが混じっていた。
私は開いた扉の向こうを見つめた。
そこには、部屋があった。
広さは教室を二つ繋げたくらいだろうか。思ったよりも単純な構造をしている。迷路のような通路が続くわけでも、巨大な実験場が広がっているわけでもないようだ。
ただ、中央にあるものが圧倒的な存在感を放っていた。
昇降機だ。
大きな円形の床面が、部屋の中央を占めている。縁には分厚い金属枠があり、その周囲を複数の支柱とケーブルが囲んでいた。銀索蜘蛛が五匹乗っても余裕がありそうなほど広い。つまり、この部屋は、その昇降機を中心に設計されている。
床面には青いラインが幾何学的に走り、先程の扉と似た光を微かに宿していた。
周囲には、背の高い制御盤や、透明な管の通った円筒形の機械、歯車と魔法陣を無理やり組み合わせたような演算装置が並んでいた。いくつかは今も低い駆動音を鳴らしている。
私はゆっくりと部屋へ入った。
「……昇降機か。かなり大きいな」
《構造上、大型個体または重量物の垂直搬送を目的とした設備と推測されます》
「銀索蜘蛛が五匹くらい乗れそうだぞ」
《概算では、同規模個体五体以上の積載が可能と判断されます》
人員輸送だけなら過剰すぎる。機材、資材、実験体、あるいは巨大な機械。この施設の地下では、それほど大きなものを移動させる必要があったのだろう。
「下に何があるというのだろうか」
私は昇降機の中央をじっと見た。
今すぐ乗る気にはなれない。途中で止まれば閉じ込められるし、そもそも目的地が安全とも限らない。
まずは情報を集めることからだね。
私は昇降機から距離を取り、部屋の脇へ向かった。
そこには、いくつかの机と本棚が並んでいた。机の上には薄い板状の端末、金属製のペンらしきもの、そして本が残されている。
本。
しかも、状態がいい。
上の階層では何もかも朽ちかけていたのに、ここにある本は手に取っても崩れる気配がなかった。いったいどういった原理で保たれているのだろうか。
私は慎重に一冊を手に取った。
表紙には、見慣れない文字列が刻まれている。読めない。地上で見つけた幾つかの本はしっかりと日本語として理解できたのだが、これは本当に未知の文字を見ているような感覚である。
不思議な文字の形を目で追っていると、私の体に刻まれた何かが、その文字を照合しようとしているような感覚がある。
「マリー、翻訳できるか?」
《完全翻訳は困難です。ただし、ライブラリとの照合により、一部の語句を推定可能です》
「頼む」
《表題推定。第一地下搬送区画、保守記録。補足として、昇降機の稼働点検記録を含む可能性があります》
「いきなり当たりを引いたかもしれないな」
私は机の上の埃を軽く払い、そこに本を置いた。
表紙を開く。
中には、細かな文字と図面が並んでいた。昇降機の断面図、支柱の配置、エネルギーの供給経路、緊急停止時の機構、そして下層へ続く縦穴の簡易図。
《重要度は高いと判断されます。また、この書に記された幾つかの技術は、この体への応用が可能な技術であると推察できます》
「よし、読める範囲で教えてくれ。それから念の為文字や図表を記録してくれると助かる」
《了解しました。該当箇所の解析を始めます》
マリーの翻訳は断片的だったが、それでもいくつかの情報は拾えた。
この昇降機は、地下深部へ物資と大型機材を運ぶためのもの。
通常時は上位認証を持つ管理者、または特定の機体識別情報を持つ個体のみが起動可能。
緊急時には厳しく封鎖され、外部からの侵入および内部からの逸走を防ぐ。
下層には、研究区画、保管区画、そして何かの中枢区画が存在する。
最後の部分は文字が掠れていて上手く読めない。
「中枢区画……」
嫌な響きだ。こういう施設で中枢と呼ばれる場所には、碌なものが眠っている気がしない。もちろん、とんでもない宝や強化要素がある可能性もある。だが、それと同じくらい、とんでもない危険がある可能性も高いように感じる。
さらにページをめくると、手書きのような追記が残されていた。印刷された文字とは違い、筆跡が乱れている。急いで書かれたものなのか、ところどころ線が震えていた。この文字は私でも読める。
《追記部分を読み上げます》
「頼む」
《……〇〇。外部状況は日が経つにつれて悪化した。〇〇都市サンクティンに対する襲撃は予想を〇〇している。こんなのは〇〇〇〇〇〇の調査結果にはなかったはずだ!防衛線も維持が〇〇であるらしい。怪物共のクソッタレが!上位の者の判断により研究所の〇〇が決定。残存設備の〇〇を開始……》
所々が掠れていたり、そもそも破れていたりで読めなかったが、まあ簡単に、怪物が何者かによる調査結果にないサンクティンに襲来、防衛するのは難しく、この研究所の廃棄?が決定。
「慌てているのか、だいぶ乱れた字だね」
サンクティン。上にある廃れたビルの街。
そこが外から襲撃を受けた。怪物の群れか、何らかの集団か、詳細は分からない。だが、研究所を放棄するほどの事態だったらしい。
《続きます。……ゲート関連の〇〇については、制御不安定につき、移送および解体を断念。無理な〇〇は二次災害を招く〇〇〇が高い。よって当該区画は〇〇。内外双方からの侵入および流出を阻止するため、隔壁の強化を優先する》
このページは比較的綺麗で、全体を通して意味が理解できた。
「ゲート……」
私は本から顔を上げた。
この昇降機の先に、そのゲートとやらがあるのか。それとも、さらに別の区画へ繋がっているだけなのか。
まだ断定はできない。けれど、この施設がただの研究所や搬送設備ではないことは、ほとんど確定したようなものだ。
この施設の放棄理由に関わるもの。サンクティンを襲った外敵とは別に、研究者たちが最後まで気にかけ、しかし触れることを避けたもの。
制御の難しい存在。残されるゲート。頑強な隔壁。機神の寵愛に反応した認証機構。
断片は少しずつ繋がっていく。だが、全体像はまだ見えない。いったい何が眠っているというのか。
机の上にも、本棚にも、状態のいい記録はまだいくつも残されている。
「……昇降機に乗るのは、まだ早いな」
《同意します。現時点では情報不足です》
「まずはここを調べる。動かせるもの、読めるもの、危険そうなもの。全部確認してからだ」
中央の昇降機だけが、眠る獣の心臓のように淡く光っている。廃墟の奥底で、ここだけが取り残されたように綺麗なのは、ある種の不気味さを醸し出している。
私は本棚の前へ移動し、状態の良さそうな一冊を抜き取った。
ルイスくんは、ようやく魔法の使い方を理解しましたね。
さて、多くの評価、ありがとうございます(T_T)
この作品を楽しんでくれる方が沢山増えて、本当に嬉しい限りです。
今後もよろしくお願いしますね!




