第101話『第一回イベント⑦小休止』
お待たせしました!
新たに得た複数の称号を眺めていた私は、最後から二つ目に表示された文言で少しだけ指を止めた。
【仲間なんて必要ない】。
「いや、しょうがないじゃないか……!」
思わず声が漏れた。広いとも狭いとも言いにくい特設領域の部屋に、その呟きが反響する。この部屋を覆う静けさの中で見るには、些か失礼な称号だった。
「一人で潜りたくて潜ったわけじゃないんだけどねえ。パーティ機能を止められて、選択肢が個人参加しかなくなって、その上で攻略したらこれか」
まあなんとも思ってないんだけども。思わず私は肩を竦めた。右腕が無いせいで、そうした仕草も左右の釣り合いを欠いている。
それにしても、仲間なんて必要ない、か。
必要ないと断じられるほど、私個人は殊勝でも万能でもない。ロヨンの知恵と魔法、モリアの安定した火力、ヤトは……まあそれらがあれば、さっきのダンジョン攻略も全く別の形になっていただろう。それを思うと、的外れな称号だなと思わずにはいられないが、所詮は特定の条件を達成した際に得られる記号のようなものだからね。
「……まあ、パーティを組んでいたら得ることの無かった物だし、記念には良いかも」
私は称号一覧を閉じ、次にチャットを開いた。視界に半透明のウィンドウが浮かび、グループ名と知り合いの名前が並ぶ。そこへ、先ほどの星一ダンジョンで得た情報を簡単にまとめて投げておくことにした。
敵の種類、罠の傾向、宝箱、最奥戦、攻略後の表示、ダンジョン名と空間そのものへの簡易鑑定の可能性。細かい戦闘経過を長々と書いても仕方ないので、要点だけを箇条書きのように整え、最後に罠への警戒を強めた方がいい、と付け足した。
送信。
文字列は淡い光を帯びて流れ、グループチャットの履歴へ収まった。すぐ既読が付くかと思ったが、しばらく待っても反応はなかった。私はオブジェの傍に立ったまま、無言で数十秒ほど待つ。
「返事なし、と」
《攻略中である可能性が高いと考えられます》
「だろうね。あの三人なら星一で詰まることはないと思うけど、ロヨンがいるから慎重にはなるか」
ロヨンは頼りになるが、致命傷を受けても蘇る保証はなく、何があっても安全だと決めつけることはできない。ヤトとモリアもそこは分かっているだろうから、私のように一人で突っ込んで一人で首を刎ねて終わり、とはいかないはずだ。
「よし、じゃあ少し覗くか」
《掲示板ですか》
「掲示板だね。こういう時の混沌は、鮮度が大切だからさ」
メニューから掲示板を開く。
瞬間、視界の端から端まで大量の文字列が流れ込んできた。イベント開始直後に見た時も相当だったが、星一攻略者が増え始めた今はさらにひどい。スレッド一覧の更新速度が速すぎて、意識して読もうとしなければタイトルすら流れ去ってしまう。
私は表示を少し絞り、境界迷宮関連のスレッドだけを抽出した。
それでも数は多い。
▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
【第一回イベント】境界迷宮踏破戦 総合 Part23【とりあえず潜れ】
【ダンジョン報告】罠・敵・宝箱・最奥戦まとめスレ【星別】
【考察】境界迷宮とは【神々は性悪】
【難易度相談】☆で帰るか☆☆へ進むか【助言求む】
【最高難易度突入】★★★★★★を選んだら何も分からないまま殺された件【暗転即死?】
【悲報】ポイント交換で武器補充ができる理由、今わかった【簡単に壊される】
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲
「混乱が伝わってくるなあ」
総合スレは流れが速すぎて、まともに追う気になれなかった。水面会場の感想、キョクジツの演出への反応、星一を初見クリアしたという報告、最奥で死んだという悲鳴、パーティメンバーとはぐれた者の相談、報酬交換の話題。全てが同じ場所に投げ込まれ、かき混ぜられている。
ダンジョン報告スレの方は、比較的まともだった。星一ではゴブリン系、獣系、虫系、スライム系など、挑戦者ごとにかなり違う構成が出ているらしい。罠も落とし穴、矢、毒霧、床抜け、偽宝箱と多様で、最奥戦も単体ボスの場合と取り巻き付きの場合があるようだ。これらを思うと、私が引いた【彷徨う醜鬼の腕試し】は、かなり素直な構成だったのかもしれない。あるいはソロだったからだろうか。
考察班は、境界迷宮は単なるイベント用コンテンツではなく、旅人の戦闘傾向、探索傾向、イベント協賛の神への態度、同行している住人への関わり方まで測っているのではないか、などという話が出ている。真偽はともかく、そういう発想は面白いなと思った。
難易度相談スレでは、星一を一度クリアしたら星二へ進むべきか、星一を周回してポイントと情報を集めるべきかで意見が割れていた。堅実派は星一周回を勧め、突撃派は星二に行かなければイベントが始まらないと煽っている。どちらも正しいよね。
そして、最高難易度突入スレはタイトル通りだった。
どうやら開幕から最高難易度、つまり六つ星を選んだ者がいるらしい。入った瞬間、周囲の景色を認識する前に視界が潰れ、次に気づいた時には死亡演出だったという報告が複数ある。何に殺されたのか、敵がいたのか、罠だったのか、環境そのものが駄目だったのか、誰も分かっていない。
「何も分からないまま死ぬ、か。これも中々潔い難易度だね」
《実力に見合わない難易度への挑戦は非推奨です》
「さすがに今すぐ行く気はないよ。たしかに少し見たい気持ちはあるけど」
最後の武器補充スレは、報酬交換で武器や予備装備を補充できることに気づいた者たちが、その理由についてアレコレと騒いでいる。どうやら報酬の交換に武器があるらしく、中には安価な物が溢れていたようで、その理由が分かったということらしい。
なるほど、そういうことか。
私の骸は今のところ頼りになるが、それでも絶対ではない。機械の身体も、装甲も、強力な敵の攻撃を受け続ければ当然のように壊れる。ダンジョン側が装備破損を当然のギミック要素として組み込んでいるなら、報酬交換に武器や補修材が並んでいるのは、ただの親切ではなくそういうことなのだろう。
「武器を壊してくるから、交換で補充しろと。いい商売をしているよ」
《消費と補給を含めた攻略設計が不可欠のようですね》
私は小さく息を吐き、掲示板を閉じた。
「さて、次は報酬交換かな」
《ダンジョンポイント交換項目を表示しますか》
「お願い」
マリーの補助に合わせるように、視界の中央へ新しいウィンドウが開く。
最初に表示されたのは、現在所持しているダンジョンポイントだった。前回の攻略で得た分が反映され、所持DPは百六。数字だけ見れば悪くない。星一を一度クリアしただけの報酬としては、むしろ十分に見える。目安が分からないけどもね。
しかし、その下に並ぶ交換候補を見た瞬間、私は考えを改めた。
「……いや、多いな」
交換品の一覧は、縦にも横にも終わりが見えなかった。
カテゴリだけでも、消耗品、素材、武器、防具、装飾品、魔道具、拠点用品、製作補助、スキル、特殊スキル、貴重品、その他。そこからさらに細分化され、素材だけでも植物、鉱石、骨、皮、液体、魔石、宝石、機構部品、呪物、食材、分類不能品などが並ぶ。
必要ポイントも極端だった。一DPで交換できる小物がある一方で、数十万、数百万DPを要求するものまで存在している。高額品の中には、名前だけで危険な匂いを漂わせるものもあったが、所持DP百六の私には完全に観賞用だ。
「ソートと検索はある、と。まあ、なかったら暴動ものだね」
《価格、カテゴリ、レアリティ、用途、属性、交換可能等で絞り込み可能のようです》
「それだけ絞れてもなお多いのか……」
試しに価格順で表示すると、一DPの品が大量に並んだ。乾いた葉、割れた石、焦げた紐、薄汚れた布、欠けた木片。素材と呼んでいいのか怪しいものばかりだが、安いなりで何らかの用途があるのだろう。
私はそのまま素材欄を眺め、適当に目についたものを開いていった。
▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
【N】乾いた小枝
┗迷宮内の枯れ木や朽ちた枝から採取される、ごくありふれた木片。火種や簡単な工作には使えるが、素材としての価値は低い。大量に集めれば、緩衝材や燃料代わりにはなるだろう。
必要DP:1
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲
▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
【HN】薄汚れた布切れ
┗迷宮内の敵性存在や古い残骸から得られる粗末な布片。裂け目や汚れが多く、そのまま衣類に使うには不向き。包帯、拭き布、簡易的な詰め物など、使い潰す前提の用途に向いている。
必要DP:3
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲
「一DPは本当に一DPという感じだね」
《文字通り低価格素材です》
そしてHN……ハイノーマルというレアリティも、内容は大して変わらない。多少見栄えが良くなったが、本当にそれだけだ。
続けて五DP前後の素材を開く。
▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
【N】名もなき小骨
┗小型の獣か、あるいはそれに似た何かから採取された細い骨。完全に乾燥しており、力を入れれば簡単に折れる。魔力の通りは弱いが、粉砕して混ぜ物にすることで低級素材の繋ぎとして利用できる。
必要DP:5
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲
▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
【HN】錆浮きの鉄鋲
┗古い木箱や壊れた扉から抜き取られた鉄製の鋲。表面には錆が浮き、形も歪んでいるが、溶かして再利用することは可能。低級金属素材として、簡単な補修や粗雑な罠作りに用いられる。
必要DP:6
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲
うーん、パッとしない。NでもHNの物より交換レートが高いものがあるようだが、理由はよく分からない。
そして私が保有ポイント的にギリギリ一つ交換できる百DP帯になると、内容が目に見えて変わった。
▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
【R】映しの小宝石
┗透き通った淡青色の小さな宝石。光にかざすと内部で水面のような揺らぎが生じ、周囲の景色をわずかに歪ませて映す。水属性の道具や装飾品に組み込むことで、魔力の流れを整える効果が期待できる。
必要DP:95
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲
▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
【R】鳴き砂の小瓶
┗踏み締めると不思議な音を立てる白砂を封じた小瓶。瓶を傾けるだけで砂粒同士が擦れ合い、何らかの獣の鳴き声に似た細い音を響かせる。音感知式の罠、幻惑用の道具、簡易的な警報装置などに利用できる。
必要DP:105
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲
「お、急にそれらしい素材だね」
映しの小宝石は、表示されているイメージが普通に綺麗だった。手の中で転がし、実際に透かして眺めてみたい。鳴き砂の小瓶もまた面白いね。使い方次第では、罠にも警報にも使えるそうだ。こういう素材を見ると、ファブリケーターで何が作れるのか試したくなる。
ただ、所持DPは百六。百DP前後の素材を一つ交換すれば、それだけで空になる。今すぐ飛びつくには少し重いなあ。
「百でこれなら、千はどうなるかな」
興味に任せて検索条件を弄る。必要DP千前後の素材、と。いくつか並んだ候補の中から、目についたものを適当に開いた。
▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
【SR】銀露花
┗夜明け前の短い時間にだけ銀色の露を宿すとされる白い花。摘み取られても花弁はすぐには萎れず、微量の魔力を含んだ水分で咲き続ける。薬品、香料、精神安定系の道具、清浄効果を持つ触媒として利用できる。
必要DP:985
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲
▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
【SR】蠢く樹脂塊
┗古い魔樹の傷口から稀に採取される半透明の樹脂。手に取るとごく弱い鼓動のような振動を返す。接着、封止、自己修復系の道具に適性を持つが、熱を加えすぎると暴れるように膨張し、最後には爆発する。
必要DP:1185
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲
「欲しい」
《所持DPが不足しています》
「うぐ」
特に蠢く樹脂塊は気になる。自己修復系の道具に適性があるという説明文が、今の私にはあまりにも魅力的だった。欠けた右腕。すぐに修復されるとはいえ損耗しやすい装甲。ファブリケーターと合わせれば、何かしら面白い補修材に化ける可能性がある。
もちろん、千DPだ。星一を十回近く攻略すれば届く計算だが、実際には難易度や行動評価で変動するだろう。星二以降へ進めば、もう少し効率は上がるかもしれない。
そして、一万DP帯。
表示するだけなら無料だ。私は自分にそう言い聞かせ、さらに条件を変えた。
ウィンドウに並んだ素材名は、どれも見ただけで格が違った。星、虚ろ、竜、神、古代、禁忌。そういう単語が当然のように混ざっている。明らかに、今の私が手を出す領域ではない。それでも、見るだけなら無料だということで、検索。
▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
【SSR】星脈の宝玉
┗深い藍色の内側に、星のような光が幾筋も流れている宝玉。手に取ると一度限りの不思議な幻覚を見る。込められた力故か、周囲の魔力がゆっくりと吸い寄せられていく。高位魔道具、特殊な装備強化、拠点機構の中核素材として利用できる可能性がある。
必要DP:10000
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲
▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
【SSR】黒熱芯鉱
┗一見ただの冷えた黒鉄塊に見える鉱石。表面は煤けているが、内部には消えきらない炉火のような熱が閉じ込められている。大型機構、動力炉、重装備の強化素材として高い適性を持つが、扱いを誤ると周囲の魔力を焼き尽くす。
必要DP:12055
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲
「……うわ」
思わず、そんな声が出た。
一DPの小枝から、一万DPの宝玉や心核まで同じ素材欄に突っ込まれているのがなんとも味わい深いが、これは大きなモチベーションになるなあ。
百六DPを握りしめた状態で一万DPの素材を眺めるのは、なかなか精神に悪い。届かないものほど輝いて見える。しかも、それがただの装飾品ではなく、機体や拠点や魔道具に関わりそうな素材となれば尚更だ。
とはいえ、
「本当に膨大だね、これは」
《現在表示した素材は、交換可能報酬全体のごく一部です》
「だろうね。全部見ようとしたら、イベント時間が終わりそうだよ」
私は検索条件を解除し、報酬交換ウィンドウを閉じた。
今すぐ交換するなら、百DPで交換可能な物が候補になる。実用品としては罠や警報に使えそうな鳴き砂の小瓶は面白いが、所持DPをほぼ使い切る価値があるかは微妙だ。星二で何が出るかも分からない。武器補充や補修材が必要になるなら、軽率に素材へ使うのは危ういかも。
何より、私はまだ星一を一度攻略しただけだ。
「よし、保留だね……はあ」
グループチャットにはまだ返事がない。掲示板は相変わらず騒がしく、報酬交換には目移りするほどの品が眠っている。
星一で得た百六DPは、決して無価値ではないが、世界を変えるほどの額でもない。交換品の桁を見てしまうと、むしろここから先へ進めと背中を押されている気分になる。
私は中央の操作盤へ歩み寄った。
白灰色の表面に左手を置くと、ひやりとした感触が機械の指先へ伝わる。内部に沈んでいた光がゆっくりと浮かび上がり、前回と同じように六つの星が並んだ。ひとつ目は既に見慣れた白い光を放っている。私はその隣、二つ目の星へ視線を移した。
「さて、星二だ」
《難易度を上げますか》
「上げるよ。星一を周回するのも悪くはないけど、さっきの掲示板を見た後だとね」
左手の指先が、二つ目の星に触れる。
すると、表示されたウィンドウは星一の時よりも少しだけ長かった。
▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
【難易度☆☆】
♦推奨:基礎探索を終えた挑戦者、標準パーティ、継続戦闘能力を有する者
♦この難易度では、敵性存在の役割分担、罠の複合配置、宝箱および報酬、全体的な危険度、環境変化の発生頻度が上昇します。
♦必要に応じて、ダンジョンポイント交換による事前準備を推奨します。
♦個人参加で挑戦する場合、生成内容には一定の補正が適用されます。ただし、攻略成功および生還を保証するものではありません。
♦この難易度でインスタントダンジョンを生成しますか?
♦YES/NO
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲
「標準パーティ、ね」
《現在のルイス様は個人参加です》
「知ってるよ」
私は表示された注意書きをもう一度眺めた。
罠の複合配置。環境変化。装備破損。交換による事前準備の推奨。さっき掲示板で見た悲鳴が、そのまま公式の無機質な文面に置き換えられているようだった。星一は腕試し。星二からは、少し本気と言ったところか。
「なんにせよ、行かない選択肢は無いのだけども」
というわけて、私はYESを押した。
この世界の広さを思えば、交換可能な報酬ですらその一端を表しているに過ぎないのかもしれません。多くのプレイヤーが単一の大陸の中で冒険しているに過ぎず、またその冒険も大きな都市の周りに限られますので、まだ見ぬ不思議は各所に眠っているでしょう。




